軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第156話 人に教えるって大変です! 7歳 秋

「トール。あんなやり方はあなたしかできません」

「えー…」

仕事のやり方を丁寧に見せたつもりが、シグリズ様に叱られてしまった。

おかしいな…。

でも僕は学べる7歳なので学習したよ。

丸投げ、良くない。

僕は下手投げで優しくソフトなボールを渡したつもりだったのだけれど、新人の2人のお嬢さんには豪速球の岩石が飛んできたような衝撃を受けたようだ。

反省である。

シグリズ様がそうしているように、船の往来がなくなる冬までは、尖った尻尾と二股に割れた舌先を隠さねばならないよね。

いや僕には割れた舌先とか尖った尻尾は生えてないけど。

「ちょっとやり方を変えます。僕が話すので、メモをお願いしますね」

たぶん仕事というものをしたことがない2人のお嬢さん方に、 仕事(タスク) をまるっと渡すのはダメなんだよね。

まずは 作業(ワーク) を渡して、 仕事の流れ(ワークフロー) に慣れてもらおう。

「さて。ここは何区でしょうか?」

「たぶん…フェンリル区だと思います」

「では、あの家はどなたの家でしょう?名簿を見てください」

2人のお嬢さんたちに名簿を持たせて一緒に歩き周り、村を案内しながら、あの家はどこの区で、誰の家で…と、文字と記憶が一致するように教えていく。

区と区の間の目印になる小川とか岩とか樹木なんかも、メモしてもらう。

どうせだから、あとで地図に起こしてもらうかな。

何がわかっていて何がわかっていないかあ、出力してもらわないと他人の頭の中身なんてわからないものね。

「村の地図、描けそう?」

「こんな感じになりましたが…」

そうして描いてもらい、出来たのは高度な抽象画のような地図。方向とか距離とか大きさとか位置とか全部が間違っている…。

そうだよね…絵も書いたことないだろうし、地図の方角の向きを正しく書こうとか、抽象化して家は全て同じように書いたら見やすいよね、とか、そうした教育は全く受けたことがないんだものね。

「た、大変…人を教えるって大変…」

ちょっと弱音を吐いちゃう。7歳だからね。

でも。後で自分が楽になるため、と言い聞かせて一生懸命に教えてる。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「はい。お二人にプレゼントです」

「これは…?」

「まあ…」

あんまり仕事ばかりでシバいていたら逃げられてしまうので、僕からも歩み寄ることにしたんだ。飴と鞭の飴を多めにしないと。

長屋敷のシグリズ様の私室で、2人のお嬢さん方に贈り物をした。

「乗馬用のズボンです!エリン姉が履いているやつですね。刺繍の糸はお二人の衣装に合わせて、赤と青を使いました」

僕のチート能力。 縫い物が得意(運命の糸の加護) 、を発揮して昨夜のうちに、チクチクっと縫い上げました。ちゃんと紐で腰と裾を絞れるようになっている。

「…あれ?なんか不味かったですか」

「…いえ」

「…その…」

なんだか2人とも顔を真赤にして恥ずかしそうにしている。

嬉しそう、という感じではないね。

はー…、とすっごい音の溜息を吐いてから、シグリズ様が2人の不審な態度の理由を教えてくれた。

「トール。男性が未婚の若い女性に衣装を贈るということは、強い求愛の印なのですよ。通常は婚礼の衣装を贈ります」

「ええっ!?」

僕としては仕事しやすいよう仕事着を支給したつもりだったんだけど。

それは大いなる誤解だ。

「あるいは、勘違い男の倒錯的な贈り物とも受け取れます。普通の貴族女性は乗馬ズボンなど履きませんから」

「ええっ!?ひどい!どちらもでもないですよ!」

なんという誤解。

『僕の考えたコスプレ着てくださいおじさん』の同類じゃないか。

「わかっていますよ。2人とも、悪いように受け取らないで下さいね。トールは頭の出来や発する言葉はともかく、その他のことは本当にただの子供なのです。貴族の常識も大人の常識にも疎い、田舎の素朴な農民の子供なのですよ。その衣装も、本当に単純な善意で贈っているのです」

シグリズ様は貴族らしく、僕を誹謗中傷しながら庇う、という高度なコミュニケーションを発揮してみせた。

ひどい言われようである。

「…僕だって常識ぐらい知ってますよ―」

「おだまり」

小さく口の中で呟いた反論も、即座に否定された。

「せっかくですから、村にいる間に馬に乗れるように練習をしませんか?仕事の気分転換になりますし。馬は可愛いですし、移動の自由は何にも替え難い喜びをもたらすでしょう」

「はいっ」

「はい。是非…」

なんだろう。

贈り物をした僕よりも、シグリズ様の方に2人の人望が集まっている気がする。

あの優しさは犠牲者を逃がすまいとする捕食者の優しさなのになあ。

2人共、シグリズ様の影を見てごらんなさい。

舌先が二股に割れて尖った尻尾が生えているよ。

「なにか?」

「なんでもありません!シグリズ様はいつもお美しいと思います!」

「よろしい」

いや実際、シグリズ様は美人ではあるんだよ。

3人とも綺麗だし美人だとは思うけど、シグリズ様が一段抜けている感じ。

背も高いし、骨格が違うんだよね。

シグリズ様を2人のお嬢さんと同じように色で表すなら、白と金という感じ?

中身はちょっと腹黒いんだけど。

「なにか?」

「なんでもありません!」

そして勘の方も悪魔的に鋭いんだ。

◯ ◯ ◯ ◯

手を動かす作業だけでなく、考える仕事も一緒に参加してもらう。

話し合いに同席して意見を言うことは大事だからね。

「赤ん坊に護符を渡す、かあ…」

赤ん坊に護符を渡すというアイディアは良いと思うんだよね。

「2人とも護符は持ってる?」

「はい」

持ってるのか。僕は持ってないなあ…。

家に帰ったら母ちゃんとエリン姉も持ってるか聞いてみよう。

父ちゃんも母ちゃんに護符を貰っていた気がするなあ。

「それって見せてもらっても良いもの?」

「はい」

アルフヒルドさんの護符は、綺麗な赤い布袋。

「何が入っているの?木の板か石に思えるけど」

「石です。加護のルーン文字が彫ってあるんです」

なるほどねえ。面積が小さそうだからバインドルーンかな。

名前を刻むのは難しそう。

プレス機械で金属をバンバン打ち出せるならともかく、この時代は全て手書きなので作業を楽にするためにも、一定の面積が必要だ。

「素材はどうしよう。青銅、木製、革と爪と木片かあ」

一般的な護符としては、青銅製、木、木製の袋入りの3種類が考えられる。

青銅でトール神のハンマーを象ったTの字の護符は人気があって、父ちゃんはじめ村の男衆も鎖で首やベルトから下げてる人は多い。

木製の護符は素材はブナの木のことが多くて、加護のルーン文字を刻みインクを流し込んで文字を浮き立たせる。鎖や糸を通してベルトや寝台に掛けられていることが多いね。

革と爪と木片というのは、アルフヒルドさんが持っている護符と同じ用に袋入りでクマの爪の破片と短いルーン文字を刻んだ木片が入っているタイプ。女性には人気があるみたいだね。

「素材の入手性や加工の難易度、文字数が必要なこと、なんかを考えると木製かなあ…」

「それで良いと思います。貴族の方は青銅製などを望まれる可能性もありますが」

「それはね。青銅を持ってきてくれるか対価を払ってくれるなら、ありじゃない?」

木製だと偽造が容易かもしれないけれど、そもそも偽造するメリットも少ないし識字率も低いから偽造できる人も限られているだろうね。

年度によって字体や木の種類、インクを変えれば、かなりの程度は偽造対策もできるんじゃないかな。

「名前と生まれを書いて、裏に生命と健康を表すバインドルーンでも刻むかなあ」

赤ん坊が小さいうちは寝台に吊るしてもらおうか。

「となると、木片にルーン文字を刻んでもらうことになりそうなんだけど…できそう?」

「それぐらいでしたら」

「はい」

もともとルーン文字は木片に刻むことを意識されている文字だからね。

彼女たちも木片にルーン文字を刻んで練習してきたんだろう。

「トールは、そういえば拒否しましたね。ナイフで手を切りそうだからイヤです、とか言って。翌日に黒板と貝殻棒を持ってきましたね」

「あはは…昔のことじゃないですか」

そんなこともありましたね。

おかげで今でも木片にルーン文字を刻むのは苦手です。

「農民の子供が…拒否した…?」

「黒板と貝殻棒を…作った…?」

ほのぼのエピソードなのに、2人のお嬢さんは引いてた。

そこは一緒に笑い飛ばして欲しい話題なんだけど。