作品タイトル不明
第155話 怒られたので自重しますよ 秋 7歳
赤いドレスで金髪のアルフヒルドさんと、青いドレスで黒髪のエリスさん。
他の村から1年間の文官修行に来てくれた2人のお嬢さんとの有意義なお話が出来てまったりしているところへ、シグリズ様がやって来た。
「アルフヒルドさん、エリスさん。今夜から過ごしていただく宿所と食事の方は手配しておきました。
食事は長屋敷の方で私どもと一緒にお願い致します。宿泊については長屋敷の中でも、宿泊所でもどちらか好きな方を選んでください。お荷物の方はお付きの方に宿泊所の方に運ばせてあります。
どうか我が家と思って心安らかにお過ごし下さい…あら?」
シグリズ様は言葉をきって、まったりとリラックスしている僕とは対象的に、なんだか緊張して怯えた様子の2人の令嬢を見比べた。
卓に広げられた羊皮紙や黒板と長年の経験から何が起きたのかを察したらしい。
「トール。こちらにいらっしゃい」
僕はシグリズ様に私室を区切る衝立の向こう側へ連行されて尋問を受けた。
「トール。何をしたのですか?また無茶なことを言ったのでしょう?」
「ええ?そんなことしてませんよ。ちょっと一緒に村の名簿を作りましょう、って言っただけで…」
僕の言い訳をシグリズ様は言下に切り捨てた。
「嘘おっしゃい!何をしたのかはわかりませんが、そんなことであんなに怯えるものですか!ちゃんと謝罪するのですよ」
「えー。貴族の男は簡単に謝るな、って教わりましたー」
「だまらっしゃい!」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
結局、僕はこめかみの痛みに屈して、シグリズ様と一緒に2人の令嬢に謝罪する仕儀となってしまった。
「おほほほ。どうも、トールは貴族に成ったばかりなので貴族のお嬢様達への接し方に不慣れな点がありましたようで。本人が謝罪したいと申しております。ほら。トール?」
シグリズ様に促されて、僕はしぶしぶ謝罪した。
「申し訳ありません。僕に押しつけられた沢山の仕事を一緒にこなしてくれる仕事仲間ができたと思って、ついついはしゃいでしまいました。お二人に謝罪します…いててっ」
思い切りお尻をつねられたぞ。
「おほほほ。トールは冗談が過ぎますわ」
「あははは。そうですね。冗談ですよ」
僕達の漫才に、なぜか2人のお嬢様方は引いていらっしゃる。
シグリズ様が身を低めて、素早く小声で僕にだけ聞こえるよう耳打ちした。
「トール。仕事を本格的に振り分けるのは、もうすこし待ちなさい。秋はまだ村から船が出ています。冬になれば船の往復もなくなりますし。どこにも逃げられませんから」
なるほど!さすがシグリズ様、腹黒い。
「あのう…お二人はとても仲がよろしいのですね。まるでおや…姉弟のように」
言いかけて空気を読んだのか、言葉を瞬時に切り替えたエリスさん。
なかなか頭の回転が早い。文官に向いているね。
シグリズ様は、空気を変えるようにパンパンと手を叩き侍女を呼んだ。
「ささやかではありますが、私達で歓迎の宴をしましょう」
シグリズ様の合図で、侍女の人か大きな木の盆と銀の器に盛り付けられたパンとお茶を改めて運んできた。
言うまでもないけれど、パンは収穫祭でも焼いたバターを練り込みベリーとナッツを散らした贅沢大麦パン。それが銀の皿に綺麗に盛り付けされている。
蜂蜜を注ぐ小さな杯とナイフまで銀製だ。
「こちらの蜂蜜は村で採れたものですの」
見本をみせるように、シグリズ様が自分の皿に取り分けられた贅沢大麦パンにたっぷりと蜂蜜をかける。
それを見て、2人のお嬢さん方も自分のパンに蜂蜜をおずおずとかけていく。
「なんて贅沢…それにこのパン!この味は初めて食べますわ」
「ええ。蜂蜜をこんなに使うなんて…それに大麦パンの味は…?」
2人とも贅沢大麦パンの味に目を白黒させている。
北方社会ではカロリーこそ正義だからね。
甘味とバターのハイカロリー大麦パンの味は、かなりの衝撃だったみたい。
「こちらの大麦パンには、たっぷりのバターを練り込んで焼いてありますの。新鮮なベリーとナッツも練り込んで味と食感に変化をつけております。
シロツメクサの爽やかな香りの蜂蜜をお好きなだけかけてお召し上がりください」
味の紹介もそこそこに、夢中になって贅沢大麦パン頬張る2人の娘さんを優しげに見守るシグリズ様。
一見、とても微笑ましく美しい光景に見えるよね。
だけど僕は知っている。
あの目は 獲物(ぎせいしゃ) を逃がすまいとする 捕食者(プレデター) の目だ。
僕は狡猾なヘビが頭をもたげて、何も知らぬ雛鳥が歩いてくるのを待ち受ける様子を幻視した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ささやかな歓迎会の翌朝。
僕は長屋敷の前で、2人の文官候補の令嬢を迎えた。
2人とも昨日の嫁入りっぽい衣装はやめて装飾品もブローチと腕輪ぐらいに減らし、簡易なドレスに着替えていた。
赤や青の刺繍が基調の衣服だったので、単純にその色が好みらしい。
そして自分の村から連れてきた侍女と郎党の人達が一緒だった。
貴族の娘さんだものね。そりゃあ1人で来るわけはないか。
僕はシグリズ様のアドバイスを受け入れて、秋の間は大人しく仕事は控えめに振ることにした。
今朝は仕事のやり方をみせるために、一緒に訪問とヒアリングに行くのだ。
「では行きましょうか。あれ?お二人とも、乗馬の方は?」
シグリズ様は自分の馬に乗り、僕はエリン姉に乗せてもらう。
2人の令嬢にも馬で移動してもらった方が良かろうと聞いてみたのだけれど。
「できませんわよ」
「私達の村では女衆は馬に乗りません」
という答えが返ってきた。
あれ?シグリズ様?貴族女性は馬に乗るのが当然です、とか言ってたような。
僕が視線を向けると、シグリズ様は露骨に視線を逸らした。
まあいいか。
「ではゆっくりと行きましょうか。馬には乗れたほうが便利ですよ。そうだ、お二人には姉が履いている乗馬用ズボンを贈らせていただきましょうか。僕、縫い物が得意なんですよ」
「そうねえ。馬には乗れたほうがいいわねえ」
「エリン姉!僕は馬には乗れてるから!」
ちょっと鐙まで足が届かないから意思疎通ができないだけだし。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あのう…このフェンリル区とかフレキ区とかいうのは、どうやって区別するのですか?」
歩きながら質問を受ける。行政区という概念に馴染みがないのかな。
もっとも、村では分かりやすく区別がつく。
「子供たちが歌ってます」
「歌っている…?」
ほら。聞こえてきた。
「おーれたちは フェンリル隊!フェンリル隊!
盾を叩け!敵を追い払え!
フェンリル!フェンリル!
村を守る 戦士だ! 戦士だ!
フェンリル!フェンリル!…」
ガンガンと盾を叩き、勇ましく謳う子供たちの声が、朝のフィヨルドにこだまする。
「…あれは?」
「村の子供たちが地区別に戦士隊を組織して、朝と夕に回ってるんです。家畜を守ったりとか警備のためにね。はぐれ狼ぐらいなら追い返してますよ」
「あんな小さい子たちが…」
「クナトルレイクで鍛えてますから」
集団で盾をかざして身を守れるし、棒を使い強い威力の石も投げられる。
いざとなれば角笛で大人達も呼べるしね。
僕達は見回りの子供戦士隊の声を後にして、目当ての家を訪ねる。
「おはようございまーす!」
「あらトールちゃん。と…シグリズ様。この方達は…?」
訪問の人数が多いので、対応してくれた御婦人を驚かせてしまったみたい。
僕、エリン姉、シグリズ様、2人のお嬢さん、付き人と郎党が4人だものね。
シグリズ様が安心させるように大人数での訪問の理由を説明する。
「これから1年間、こちらの2人が村の仕事を手伝ってもらうため滞在することになったので、顔見せと紹介に回ってるのです」
「それはご丁寧に…」
一通り紹介が終わったところで、必要な情報をヒアリングする。
「それでね、今日は新しく来るお婿さんのことを教えてほしくて…ええと、ホバさんだっけ?」
昨日のうちに、村に来る婿の名前を父ちゃんから聞いておいたのだ。
父ちゃんは約束を反故にしたら本気で持参金の取り立てにいくつもりだったので、ちゃんと名前を憶えてたよ。
「そうそう。うちの娘にも良い人が来てくれることになってねえ。今は急いで冬の家を建て増ししているのよ」
見れば冬の家を延長する形で柱が建てられている。
泥と藁で壁を建てて屋根を拭いて新婚家族のため部屋を増やすみたいだね。
「なるほど。ええと、ホバさんの出身の村はヒグネでしたっけ?」
これも父ちゃん情報。訪問には村の情報も必要だからね。
「ホバさんの年齢はわかりますか?娘さんのいくつ上とか下とか」
「たしか3つ上、と言ってたかしらねえ」
「それはお似合いですね!となると21歳、かなあ」
名簿に、ホバ(仮21)と書き込む。
「そうだ。だいぶ気の早い話だとは思うのですけど、赤ん坊が生まれたら村の方から何か記念品とか援助とかを差し上げたいと思っているんです。どんな者があったら助かるとか、嬉しいとかありますか?」
「やだねえ。まだ子供が生まれるどころか結婚もしてないのに。そうねえ…ナナ!子供が生まれたら何か欲しいものがある?」
「えー!いやだあ…」
ホバさんと結婚する予定のナナさんは恥ずかしがって頬を染めていたけれど、いくつかの希望を出してくれた。
「そうねえ…。おむつとか肌着はいくらあっても嬉しいわ。でもそれは母さんや親戚の人達からも助けてもらえるし。あとは…赤ん坊が健康に育つように 護符(アミュレット) が欲しいわ」
護符か。北方社会ではまだまだ赤ん坊が育つ確率は低い。
低温。病気。栄養不足。怪我。本当にちょっとしたことで死ぬ。
護符には、少しでも赤ん坊に健康に育って欲しい、という母の願いが込められている。
「護符。それはいいですね!いや参考になりました。ありがとうございました!」
僕は挨拶をして、家を辞した。
少し距離が離れてから、一緒に来ている2人のお嬢さんたちを振り返る。
「こんな感じで聞き込みをしてみて下さい。ね?思ったより簡単でしょう?」
質問のやり方の見本もみせたし、ちょっと愛想よくしてお喋りをすればいいこともわかってもらえたと思う。
それなのに、2人には無言で首を左右に降られた。
シグリズ様とエリン姉も、うんうんと2人に同調するように頷いている。
僕には味方がいないようだ。
えー?簡単じゃない?どこか難しいところあった?