軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第154話 文官のお手伝いがやって来た! 7歳 秋

収穫祭の翌日。

いつものように朝の見回りに出たエリン姉と僕の眼前には、村には酔っ払ったまま寝てしまった男たちが広場や浜の各所に木杯を手に持ったまま転がるという、悪夢のような光景が広がっていたわけでして。

「うーん‥特製大麦酒の酒精が強すぎたかなあ…」

「お父さんは、ちゃんと家に帰ってきたわよ」

「そりゃあ貴族になったもの。ちゃんと気を使ったんじゃないかなあ」

実際には、僕が父ちゃんが母ちゃんに怒られないよう『家にも特製大麦酒があるから』と酔っ払った父ちゃんの手を曳いて連れ帰ったんだけどね。

保存期間が長くなるよう、蜂蜜で糖度と酒精を上げた特製大麦酒は一般の村人には刺激が強すぎたみたい。

普通の栄養ドリンク的に飲んでいる大麦酒のつもりでガバガバ飲んだら、こうもなるよね。

「やっぱり特製大麦酒は輸出に回さないとなあ…」

好きなだけ特製大麦酒を飲める環境は、村の家庭と労働環境にとって良くなさそう。

資源算出で急速に豊かになってしまった国家によくある、国は豊かになりましたが父や夫は仕事をせず飲んだくれになりました、なってことになっては本末転倒だからね。

美味すぎる酒は敵対国家にばら撒いて銀を吸い上げるのに使われるべきだね。

「あら?船が見えるわよ。なにかしら」

「ほんとだ… 長船(ロングシップ) じゃないね。 輸送船(クナール) かな」

長船は輸送船と戦闘艦を兼ねるため戦闘員と漕ぎ手を兼ねる多くの船員が乗っているので、舷側に多くの丸盾が掛けられているので見分けやすい。

一方で輸送船は多くの樽を積み主動力は帆であり船員は少ない。

今、村に向かいフィヨルドを航海してくるのは後者の輸送船に見える。

村の見張りは角笛を鳴らして知らせているみたいだけれど、緊急事態を知らせるものではないせいか、寝転がっている男たちは動く様子がない。

「いち、にい…5隻もいるわよ」

5隻か。その数には覚えがある。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

浜につくと、5隻の船は揚陸を始めているところだった。

船員たちが上陸し、輸送船に縄をかけて丸太を敷き引っ張り上げている。

船長たちは一足先に上陸して船員たちに指示すると共に、迎えに出た村長夫妻にしきりに頭を下げていた。

「変わったものを下ろしているわね。木の板?」

「ああ、やっぱり」

5隻という数。荷下ろしされている大量の木の板。

村の襲撃の際に途中で逃げ出した ―― 正義に立ち戻ったんだっけ? ――5つの村から酒造事業への出資品だね。規格化された樽の部品だ。

来年、村へ大勢の客を歓迎するのに必要な大量の酒を用意する。

製造の一番のボトルネックは、樽を大量に用意すること。

そこで北方21星の大結束に加わる条件の一つである事業出資の一環として、5つの村には樽の製造のための側板と天板・底板を部品として秋に納品することを求めたのだよね。

「おい!こいつは見本と全然長さが違うじゃねえか!」

「ああ?なんだって」

「手前らがいい加減な仕事されると、こっちが死んじまうんだよ!」

木工職人のおじさんが、さっそく検品して文句を言ってる。

「死んじまうとか大げさなやつだな。その程度の違いぐらい、削って使えばいいじゃねえか」

「なんだとう!手前、俺らの仕事量をわかって言ってんのか!うちの工房で仕事して行くか!?」

なんだか殺気立ってるなあ。

木工職人の人達も真剣に取り組んでいるみたいだし、検品は任せても大丈夫そうだ。

5つの村からは樽の部品の納品の他に、期待していることもある。

「ねえトール、女の人が乗ってるわよ」

「ほんとだ」

あれ?おかしいな。文官候補生を送ってくれるよう頼んだはずなんだけど。

赤っぽい人と青っぽい人。色鮮やかでキラキラと装飾品を輝かせた女性が、揚陸された輸送船から降り立ち、村長夫妻の方へと向かっていった。

「誰かのお嫁さんかしら…?」

「いやあ…そんな話は聞いてないけど…?」

村中の戸籍を作る際に婚姻関係についても聞き取った僕が言うのだから間違いない。

娘さんたちの格好の豪華さからしても、嫁入り先は少なくとも村の有力者のはず。

そして村の有力者には、ここ最近は結婚の予定はなかったはず。

村の人達からも『貴族の娘さんの嫁入りかな』という声が上がってる。

「エリン、トール。いちおう挨拶にいくぞ」

「あっ。父ちゃん、起きたの?」

「ああ。アーシルドが貴族の義務を果たせ、というのでな」

父ちゃんが一応服装を整えて浜まで降りてきていた。

僕とエリン姉は見回りようの庶民っぽい格好だけど、まあいいか。

赤い人と青い人の2人は村長夫妻と並んで話しをしていたのだけれど、こちら見つけたのか挨拶のために向かってきたので、僕は慌てて背筋を伸ばした。

「まあ。貴方様がトールステイン様ですか?なんとお勇ましい!」

「これはトールステイン様。はしたないと思わないでくださいまし。稀代の英雄にお目にかかれて光栄でございます!」

おおう。なんという媚び媚びな声と挨拶だ。愛想も過ぎるとちょっと怖いぞ。

問題は、その挨拶が父ちゃんに向けられているわけで。

「い、いや…俺はトールステインではないが」

父ちゃんも若い娘さん2人に詰め寄られて引いてるし。

僕は父ちゃんに無断でお触りしようとする若い娘さん2人間に、両手を広げて割り込んだ。

「僕がトールステインです!おふた方のお名前をお伺いしても?」

家庭の平和は僕が守る!父ちゃんに不倫とか許しません!

「あら?」

「えっ?」

赤い人と青い人は戸惑ったように、父ちゃんと僕を見比べてから目をパチパチと瞬いた。

「失礼いたしました。わたくしはアルフヒルドと申します」

「わたしはエリスです」

名乗りを受けて僕は改めて2人の娘さんを見る。どちらも10代後半ぐらいかな。

ただ共通するのは年齢ぐらいで、見た目はかなり違う。

アルフヒルドと名乗った娘さんは、髪型は複雑に編み込まれた蜂蜜色のブロンズ。鮮やかな茜色のエプロンドレスをまとい、ドレスには金糸で海や精霊などの刺繍がされている。それを大きな金色に輝き琥珀で装飾されたブローチで留めている。首からは琥珀のネックレスを下げ、腕には青銅の腕輪をいくつもしている。

もっとも、詳細はエリン姉が教えてくれたから後で知ったもので、僕の印象としては赤くて金色にキラキラしている、というものだったけど。

一方でエリスと名乗った娘さんの方は、滑らかに整えられた黒い髪で銀色のヘアピンをしている。深い夜空のように濃紺なウールのエプロンドレスは銀糸で装飾が施され、水晶や銀の鎖が下げられた銀の小さめで神話の意匠が彫り込まれた円盤型ブローチで留めている。首からは水晶のネックレスを下げて、腕には銀色の腕輪をいくつかしている。

これもまあ、詳細はエリン姉に教えてもらったんだけど。

とにかく青っぽくて銀色の格好だった。

2人とも、村では見たことないぐらい気合の入った金のかかった衣装をまとっていて、僕を含めた村人達が嫁入りの婚姻の衣装かな、と勘違いしてしまったのだけれど。

「1年間の文官修行ということで派遣されて参りました」

「よろしくお願い致します」

と、挨拶されたことで僕は我に返った。

文官!念願の字が読み書きできる人!

「よろしくお願いします!一緒に頑張りましょうね!」

僕は途端に威嚇から熱烈歓迎へと態度を変えて、2人の娘さんの手を握り挨拶に代えたのだった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「こちらです!ご案内します!」

僕は張り切って赤い人と青い人の長屋敷への案内を買って出た。

これから一緒に働く人だからね。

背後では『まあかわいらしい』とかくすくすと笑っているのが聞こえる。

うーん。新鮮な反応だ。

やっぱり、年下の男の子を見る女の人は、こうあるべきだよね。

長屋敷のシグリズ様の資質区画へ案内して椅子に座わっていただく。

侍女の人が薬草茶を銀器で淹れてくれた。

シグリズ様、来ないなあ。

なんか挨拶とか検品とかに立ち会ってるかな。

仕方ないので、先に進めてしまおうか。

「トールステインです!いやあ助かります!お二人にお願いしたい仕事は山ほどあるんです!でもいきなり仕事は大変でしょうから…そうだなあ…簡単な補助からお願いしようと思ってます。それでお仕事に慣れて頂けたら。

ええと、お二方ともルーン文字の読み書きはお出来になりますよね?」

2人ともが頷いてくれた。

「素晴らしい!まずはですね、村の名簿の更新をお願いしたいんです。原本は夏に僕が作りました。ただ、村で何軒も家を建てているのを海上からご覧になったかと思うのですけど、婿に来てくださる方が何人もいらっしゃるのですよ。

この村は5つの行政区に別れていまして、フェンリル区とゲリ区の方に8人のお婿さんが住まれる予定です。そちらの家庭を訪問して8人の方のお名前と年齢を聞き取って名簿に書き加えて下さい」

「行政区…?」

「名簿…?その方達は貴族ではないのですよね?」

不思議そうにしている2人に、僕は説明を続ける。

「はい。この村では全員分の名簿を作っているんです。それでですね。更新が大変なんです。お二人には相談して、村の人達が赤ん坊が生まれたりご老人が亡くなったときに、名簿が更新されるように村の人達から教えてくれる仕組みも考えて欲しいです。僕は誕生のお祝いとか亡くなった一のお悔やみに何らかの品を出したらいいと思うのですけど、具体的に何を渡したら喜ばれるのかはよく分からなくて…。それらを考えて聞き取って欲しいんです。費用についてはあまり高くならなければ問題ありません」

「はい…?」

「あのう…」

僕はシグリズ様と僕で書いた羊皮紙の名簿をバサリと渡す。

「こちらが名簿の原本です。いきなり書き込むのが不安でしたら、黒板と貝殻棒もお貸ししますね。こちらは書いて消せます」

「あの…こちらの束の文字、見慣れないものがあるのですけど」

「この記号は…?」

質問がでるのはやる気のある証拠!とてもありがたい。

「これはシグリズ様が考えられた装飾文字です。記号の方は僕が少し考えて足しました。大丈夫。そんなに難しいものではありませんから」

僕は2人の力強い援軍の手を握り、精一杯の笑顔で励ました。

「僕はお二人を歓迎します!一緒に頑張りましょうね!」

不思議なことに娘さんたちの握手の感触は、なぜかぎこちなくひやりとした汗で濡れていた気がした。