作品タイトル不明
第153話 お掃除と収穫祭と白いイタチ 7歳 秋
シグヴァルド様からのお手紙への返信の内容については、村長さんとも相談したみたいなのだけれど、大筋は僕の言った通りになったらしい。
「まあ…あとは兄がうまくやるでしょう」
と、シグリズ様が溜息を吐きながら言ってた。
僕もシグヴァルド様なら上手くやってくれると思う。
王と家臣の間に不和の種を撒くとか、トーレル卿の悪事の歌を暗喩する歌を考えるとか、すごく得意そうだし。
「シグヴァルド様、やりすぎないですかね?」
僕の問いかけに、シグリズ様はそっと目を逸らした。
革命家気質のシグヴァルドさんあたりが本気になって煽ると、噂の火種がすごい勢いで燃え広がりそうな…。
こちらに炎症しない限りは、それもいいかな。
北方21星の大結束陣営としては、時間を稼げば稼いだだけ、加わる村も増えるし相互交易で経済力も高まるのだから、戦略は時間を稼ぐ一択なのだ。
3年も時間を稼げたら戦わずして圧倒できると思うんだよね。
その前に王が気づいて戦力を糾合して決戦に及ぶかどうか。
どれだけの期間、王の関心を他所に向けることができるかが戦争の鍵を握る。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「トール、箒取ってくれ―」
「はーい」
戦争の行方も大事だけれど、村の運営と生活も大事。
今は収穫祭の前に、父ちゃんと一緒に村の施設の大掃除を行っている。
製塩と床暖房と燻製施設を組み合わせた複合熱機関は、熱効率は良いのだけれど初期資本の投下が大きく、メンテナンスが大変という欠点がある。
特に煙を使って熱を伝える煙道トンネルは、きちんと掃除して煤を払っておかないと熱の伝達効率が落ちてしまうし、万が一詰まらせでもしたら加熱して火災の原因にもなりかねない。
なので、冬の本格稼働の前に大掃除をしてひび割れや詰まりがないかのチェックが欠かせないのである。
当然、設計段階で煙道トンネルの各所にメンテナンス用の穴は開けてあるのだけれど、どうしても構造的に掃除が難しい場所は出てきてしまう。
「宿泊所の床暖房、ちょっと掃除が難しいねえ」
「そうだなあ。3本もあるからな」
村長の長屋式の傍に建設された宿泊所の床下には、複雑に曲がりくねる3本の石と漆喰で固められたトンネルが走っている。
製塩所で熱された煙がトンネルを通り、石を温めて床が暖かくなる仕組みだ。
万が一にも煙が床から漏れて一酸化炭素中毒などにならないよう、床は石の板と漆喰で完全に封鎖してあるから、掃除をするには、長い自在ワイヤーとブラシなどで掃除することが望ましい。もちろん、そんな道具は存在しないんだけど。
「動物とかに糸を結んで、ささっと通り抜けてもらえるといいんだけどなあ…」
呼び糸という細い糸を、穴を通り抜ける習性を持つ小動物に結んで、複雑な迷路を通り抜けてもらう。あとは呼び糸に太い縄とブラシを結びつけて片側から引っ張れば中を掃除できる、という方式だ。
たしかロンドンの煙突掃除とかで使われていた手法のような記憶がある。
「ご飯届けにきたわよー」
「あ、エリン姉。ベーグルはどうしてる?」
「朝から皆が騒いでいるから、どっかに隠れてるわよ」
穴を通り抜ける本能を持つ動物、として真っ先に猫であるベーグルを思いついたのだけれど、たぶん駄目だな。
穴に潜るにはベーグルは大きすぎるし、たぶん穴の途中で寝転んでしまうだろう。
長い毛が汚れるのを嫌うから、そもそも入ってくれない気もする。
「ネズミ…も駄目か。ベーグルのやつ、トドメはちゃんと刺してから持ってくるものなあ」
ベーグルは慎重派なので、僕の枕元に狩りの獲物を並べる際には、ちゃんとトドメを刺してから並べるんだ。綺麗に列で並べたいんだろうね。
ネズミを穴に追い立てれば、上手くいくかと思ったんだけど…。
「なあに?ネズミを追い立てたいの?」
「うーん。そんな感じ」
「じゃあアストリちゃんが飼ってるスノウを借りたら?」
「スノウ?」
「うん。白いイタチ飼ってるんだって。すごく可愛いの」
白いイタチ。それってオコジョというやつじゃなかろうか。
とにかくエリン姉にお願いして、アストリちゃんという子と、ペットのスノウを呼んできてもらうことにした。
「あのう…スノウに用があるって」
エリン姉に呼ばれてきた女の子は、5歳ぐらいかな。
僕より年下だ。社交場で人形遊びをしているところを見たことがある。
「うん。実はスノウにお仕事をお願いしたいんだ。体に縄を巻いて、穴を通り抜けて欲しいんだ。ちょっと毛皮は汚れちゃうかも知れない。チーズとナッツと蜂蜜でお礼はするよ」
「ほんと!?」
申し出たお礼に目を輝かせて引き受けてもらえた。
小さい女の子は甘味に弱いものね…。
実際、オコジョのスノウは優秀だった。
釣り糸にも使われる馬の毛を撚り合わせた呼び糸を胴体に巻いて、床下暖房の穴に追い込んだら、あっという間に反対側の穴から出てきてくれた。
それを3回繰り返してもらい、トンネル内を掃除するための縄とブラシを通すことができたのだ。
「いやあ…本当にすごいね!エリン姉、アストリちゃんを家に連れて行って蜂蜜を母ちゃんから貰ってあげてくれる?…うん?どうしたの?」
アストリちゃんが、オコジョのスノウを胸に抱えて、なんだかもじもじしている。
「そのう…ムニちゃんを触ってもいいですか?丸々してて可愛いから…」
なるほど?たしかに餌を貰いまくって丸々と太ったムニは愛嬌だけはあるな。
いいか?と目線で確認すると、特に異論は無さそう。
「首の下か、嘴の付け根を触ってあげると喜ぶよ」
軽くしゃがんで触りやすいようにしてあげると、「わあ…ふわふわ…」と言いながらしばらく羽毛の感触を堪能していた。
小さな子が小動物をペットに飼える、というのも村が豊かになってきた証左の一つと言えるだろう。
オコジョは猫と同じように冬の家でネズミ対策で役立つから飼っている気もするけど、そのうち純粋なペット動物も飼われるようになるのかもしれない。
「役立たずだけど愛嬌で生きていく純粋なペットの動物か…」
「むに?」
ちらり、と肩に乗っている丸々とした黒い鳥に視線が行ってしまう。
いやムニは家族だからね。役に立つとか立たないとかは些細な話だよ。
でもネズミぐらい取ってきてもいいぞ。
「…そういやベーグルに櫛を作ってやってなかったな」
「ふぎん!ふぎん!」
「うーん。まあムニにもなんか作ってやるよ。海鳥の羽で羽ブラシでも造るか?」
ワタリガラスにも換毛ならぬ換羽というやつがあって、春は細かい綿のような毛が舞い散り、夏は短いストローみたいなものに包まれた羽毛が生えてくる。
しょっちょう足で掻いているんだけど、手で触ると怒るんだ。
羽のブラシなら低刺激で良いかも知れない。
秋になれば換羽もすっかり落ち着いて、冬毛を蓄えて丸くなっていく一方なんだけどね。
「うわあ…よく汚れが取れたねえ」
「全くだな。白イタチには来年も仕事を手伝ってもらおう」
呼び糸を使って結んだ太い縄と藁のブラシでゴシゴシと床下暖房の煙道トンネルを掃除したら、びっくりするぐらい煤埃が出てきた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
施設の大掃除を終えたら、村の皆がお待ちかねの収穫祭が行われる。
今年は大麦も野菜もたくさん収穫できたので、村の人達の表情はすごく明るい。
「ねえお母さん、今日はあのパンも食べられるんでしょう?」
「そうねえ。いい子にしていたらね」
「わあっ!楽しみ!」
なんていう会話が至るところで聞かれる。
なんといっても、収穫祭では冬前に屠殺される家畜のお肉、蜂蜜を使った贅沢パン。それに特製の大麦種が振る舞われるからね。
「待ってたぜ…この日をよう」
「ああ。全くだ」
特に大人の男衆には、特製の大麦酒が一番の目玉みたい。
試飲できた幸運な少数を除けば、今日が大々的なお披露目なものだから、期待はいやがおうにも高まっている。
僕の家がいろいろ作っているせいで感覚が麻痺しているけれど、蜂蜜の贅沢パンも特製の大麦種も、普通の暮らしをしている村の人にとってはイベントがなければ飲み食いできない贅沢だものなあ。
贅沢パンがいつでも食べられるつまらない味になるように、頑張らないと。
「ふふふ…やはり特製の大麦酒はいい…」
「父ちゃん…」
でも大麦特製酒の大半は輸出に回します。
お酒は特別な機会に飲んだほうが美味しいからね!