軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第151話 僕は平和を望んでいるというのに 7歳 秋

「アーシルド様。こちらをお納めください」

「あら。まあ、こんなにたくさんの!では、こちらも少し色をつけさせていただいて…」

「まあ、こんなにも!ありがとうございます」

「言うまでもありませんが…」

「ええ。夫と子供には内緒に…」

母ちゃんが、村の女衆と悪い代官と悪徳商人の闇取引ごっこみたいなことをしてる。

実際にやってるのは、《《秘蜜》》取引なんだけど。

母ちゃんは両手に抱えた黄金色の束を、家畜小屋の隅に積み上げた。

「大麦の藁も、これだけいただけると助かるわあ」

「 馬((レット) のやつ、本当に大食いだものねえ」

干し草は人の手も借りて夏の間にだいぶ作ったけれど、冬の間に馬房に敷き詰める寝藁や、干し草に整腸のために刻んで混ぜ込んだりと、大麦の藁はいくら合っても足りない。

不足分の大麦の藁については、母ちゃんが村の女衆から蜂蜜との交換で仕入れているのだ。

いつもの年は塩と交換にしているのだけれど、だいぶ使ってしまったからね。

今年は母ちゃんが主催した贅沢大麦パンの蜂蜜絞り昼食会の影響もあって、村のご婦人方に需要が急増した蜂蜜が、闇の大麦藁取引の通貨になっている。

恐るべし甘味の威力。

もっとも、大麦の藁が村に全体的に余っているので我が家が引き取っている、という側面もある。

「今年は、どこの家も大麦をたくさん作付けしたみたいだね。うちぐらい豊作だったのかなあ」

「そうね。天気も良かったし…」

農業統計をとっているわけではないから正確なことはわからないけれど、今年の収穫量の多さは、天気の良さだけでは説明できない気がする。

大麦だけではなく、他の野菜も豊富にとれているらしい。

村全体でシロツメクサを植えるブームが起きたことで土壌の改良が進んだのだろうか。そうだったらいいなあ。

今年の収穫祭は、だいぶ明るい雰囲気で迎えられそうだ。

「なあ、トール。そろそろじゃないか?な?」

「うーん…そうだねえ…」

母ちゃんの耳に入らないよう、小さな声で父ちゃんが囁く。

収穫祭といえば、必須のものがあるよね。

そう。大麦酒だ。

アストリッド、ラグンヒルド、イングリッドの酒造り三人衆は、特製の大麦酒造りに懸命に取り組んでくれて、村の男衆達も大満足で味に太鼓判を押す、北方一の特製大麦酒を造り出してくれた。

今は、その味を繰り返し、しかも大量に再現できるように生産体制や要員の教育訓練体制を整えつつ、また大麦酒の保存期間を長くできるか試験中なのだけれど。

「試飲なら任せておけ!父ちゃんは酒の味には一家言あるぞ!」

「でもね、父ちゃん。試飲に立候補する人がすごく多くてね…」

味に満足し過ぎた村の男衆が、我こそは。と試飲の任に殺到しているのだ。

僕としては、衛生管理体制をできる限り整えた大麦酒がどのぐらいの期間、飲んだ人を満足させるだけの味を保てるかの試験がしたくて試飲会を定期的に開いているのだけれど、大麦酒に飢えた村の飲兵衛たちは『美味い。もっとくれ』しか言わないので、今のところちゃんとした試験になっていないのだよね…。

専用サウナの建設まではできていないけれど、酒造専門の工房、液体石鹸による手足の洗浄の義務付け。ジュニパーと焼き石を使った水の殺菌。蜂蜜を使った高いアルコール濃度の醸造。低温環境での保存と蜜蝋で空気を遮断。と、できるかぎりの手をうった結果、大麦種としては考えられないほどの長期間の味の保持に成功しているのは確かなんだ。

冬の雑菌の少ない時期に作ったなら、春になっても飲めるかも知れない。

あるいは冬の寒さを利用して水分だけを凍らせれば、もう少しアルコール濃度を高めることができて、ストロングエールとかウイスキーに近い飲み物にできるかもしれない。

そうすれば保存期間をさらに伸ばすことができるから、別の種類のお酒として輸出品の目玉になるかもしれない。

このように北方一の大麦酒を造る、という商品開発については大変順調に進んでいると言えるのだけれど。

「…どうかしたか?」

「ううん。試飲の件はアストリッドさんに頼んでみるよ」

「そうかそうか!」

目を輝かせてお酒に夢中な父ちゃんを見ていると、このお酒は村で大量に流通させては駄目だ、必ず輸出に回そう。と、改めて思うのだった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「トールさんはいますか?シグリズ様が呼んでいます」

「はーい」

家まで呼び出しに来たのは、郎党の人でなく村の農民の男の子だ。

エリン姉より少し年上のはず。

全力で走ってきたのか少し息を弾ませていたのだけれど、僕に要件を伝えるとそのまま走って長屋敷の方へと戻って行った。元気だなあ。

「なあに?シグリズ様に呼ばれたの?」

「そう。エリン姉。悪いんだけど、 馬(レット) の用意してくれる?」

シグリズ様は、最近になって村の平民の子供たちを数人、常に手元において雑用をさせたり文字を教えたりし始めた。

今、僕を呼び出しに来た子も、その一人だろう。

子供たちは固定メンバーではなくて、数日とか1週間ぐらいで入れ替えがある。

たぶん、いろいろな仕事をやらせてみて、資質を見ているんだろう。

当の子供はと言えば、そん思惑は気にしていなくて、単にお菓子がもらえるから喜んでお手伝い感覚で参加しているみたいだけれど。

今のところは、誰を贔屓にしているとかは全然なくて、順番に手が空いている子を雇用しているように見えているしね。

「シグリズ様も、いろいろと手をうっているんだなあ…」

将来的な文官候補を村の子供たちの中から見いだせないか、という打ち手の一つだろう。村の外から文官を受け入れるのも良いけれど、それがシグヴァルド様みたいな人ばかりだったら、村の実権を握られちゃうからね。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「トール。家の仕事の方は落ち着きましたか?」

「一応、収穫作業の方はなんとか…」

村長の畑も今年は収穫が多くて大変だったみたいだ。

長屋敷の各所に大麦を詰めた樽や袋が山と積み上げられていたし、普段は風乾鱈が吊り下げられている天井棚にも、代わりに干した玉ねぎやニンニクがたくさん吊り下げられていた。

村長婦人の私室には流石に野菜のたぐいは置かれていなかったけれど、壁の大きな黒板には何度も書いては消された計算の跡が残っている。

「兄から手紙が来ました。水車については、職人を送ってくれるそうです」

「それは良かった!助かります!」

来年の村の主要事業となる大麦酒の大量生産と来客用の大麦贅沢パンの量産。

どちらにも、大麦を効率的に製粉するための水車動力は欠かせない。

村長婦人の兄が水車技術の職人を送ってくれるというのなら、一安心だ。

村の職人たちに技術を吸収させれば、増設も出来るだろう。

豊富な回転動力が使えるようになれば、人手不足の解消にも目処がつく。

「もう一点。確認を取りたいと言ってきています」

「なんでしょう?」

あの独断専行が大好きそうなシグヴァルド様が、わざわざ確認を取るだなんて。

なんだか嫌な予感がする。

「我々、北方21星の大結束に所属する村々は、今年の王の徴税を拒否する。先の王の家臣トーレル卿による違法な徴税行為に対する抗議である。トーレル卿への処罰が行われない限り、税は納めない。という方向で意見を調整している。賛成してもらいたい、と」

「それは、また…」

王権に対する、全面対決のお知らせじゃないですか。