作品タイトル不明
第150話 フィヨルドの秋。収穫の秋 7歳 秋
フィヨルドに秋が訪れる。
山肌の森の木々は燃えるような赤色と輝く黄色に色づき、モミの緑がアクセントを加える。落ち葉が川面を経て海岸に流れ着き、赤と黄色に海辺を染める。
森の動物たちは冬ごもりの準備に忙しい。
リスはトウヒやマツの球果をせっせと巣穴に運びこみ、トナカイは脂肪を蓄え、キツネの毛皮は冬毛に生え変わり始める。
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「おー。レットもずいぶんと毛が伸びてきたねえ」
馬のレットも、だいぶ毛がふさふさとしてきた。
夏の間に懸命に食べた牧草の栄養が全て毛に行ってしまったのではないか?と思うぐらいに豊かな毛なのである。
おかげで、朝の見回りで乗っているときに足の内側にあたる感触が、まるで上等な絨毯に触れているようで心地よい。
「あっ。また草を…!まあ、いいけど」
食欲の秋、というけれどそれは馬も同じようで。見回りの際に残り少ない青い草を見つけると、エリン姉の指示を無視してむしゃむしゃと食むのに夢中になる。
干し草もいっぱい上げてるんだけどね。
「むに!むに!」
「あら、ムニちゃんじゃない。はい、どうぞ」
「むに!」
道端で餌をもらう術では、烏のムニも負けていない。
ムニが、すれ違った村の女性に挨拶をして、餌を貰い上機嫌になる。
僕がいつもズボンのポケットからナッツやベリーをあげていたからか、衣服にポケットがある人は餌を持っている、と学習してしまったらしく。
道行く人、すれ違う人を素早く観察しては、ポケットのある人には愛想よく挨拶をして餌をせしめることを憶えたのだ。
「ムニよ、ちゃんと餌はあげてるだろう?自力で飛ばずに餌ばかり貰っていたら、そのうち飛べない烏になっちゃうよ?」
「ふぎん!ふぎん!」
おかげで、だいぶ重くなってきた。羽の色艶もかなり脂がのって綺麗だ。
ときどき、釣りをしている男の子から小さい魚を貰ったりもしているらしいし。
あんまり遠くまで飛んでいかないのは安全だからいいんだけど、野生の鳥類の誇りはないのか。
「むに?」
「…なさそうだね」
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朝の見回りが終われば、農作業の最大イベントである収穫が待っている。
天気は晴れ。まさに収穫日和。
「今年は広めに大麦を作付けしたからな。頑張って刈るぞ!」
「「はーい」」
今年は父ちゃんがいるから、奴隷の手は借りずに収穫作業をする。
うちの村で植えている大麦は背が高くて、僕よりも高くエリン姉と同じくらいある。
未来の大麦よりもだいぶ背が高いんじゃないかな。
機械で刈るなら長い茎はじゃまになるのだろうけれど、手作業で刈るなら長い茎はわらとして使い出があるし便利だから、そこまで問題になったりしないのだ。
「よいしょ」
僕は立ったまま左手で麦の下の方を何本かぐいっと掴むと、右手の鉄の鎌でノコギリを引くようにして、ザクザクっと刈る。
ぐいっと掴んで、ザクザクっと刈る。ぐいっ。ザクザク。ぐいっ。ざくざく。
「やっぱり鉄の鎌は楽だねえ」
「そうだな。思い切って、農具は鉄に入替えてしまって良かったな」
襲撃犯たちが村にもたらした大量の剣、斧、鎧、盾。
それらに使われていた大量の鉄。
その一部は、こうして農具に打ち直されて村の生産力の向上に役立っている。
貴族で富農の我が家はもちろん農具をほとんど全て鉄に入替えたし、自作農の家はかなりの割合でそうしたんじゃないかな。
錆びないよう管理したり、ある程度使ったら刃を研がないといけないけれど、やっぱり鉄の農具はいいよね。
だから普段遣いのナイフも骨じゃなくて鉄のやつを持たして欲しいんだけど、子供だからまだ許可が出ない。
「うーん腰いたーい!」
「そうねえ」
大麦で遮られた視界の向こうから、エリン姉と母ちゃんが腰の傷みを訴える。
背が低い僕は立ったままで刈れるけれど、背が高くなると腰や膝を曲げて刈らないといけなくなるものね。
とにかく手作業での収穫というのは大変で、朝から晩までずっと刈り取り作業をしたとしても、大麦の畑全体を刈り取るには5日から1週間ぐらいかかる。
「ちと張り切って作付けしすぎたかなあ…」
「僕達が食べるぶんだけならね。でも今年の冬は 馬(レット) もいるし…」
今年の大麦の収穫はかなり良さそう。粒が大きくて詰まってるし、よく垂れ下がってる。
「収穫が終わるまで、雨が降らないといいねえ」
「そうだなあ」
僕は空を見上げる。
フィヨルドの秋、空はひときわ高く、冷たい青が無限に広がっていた。
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大麦は刈って終わり、というわけじゃない。
長い茎と穂がついたままの大麦を何本か束ねて、杭などに立てかけて穂が上になるようにして円形に積んでいく。コルンスタウルとかショックとか言われる形だね。
乾燥させている間に雨が降ったら、大急ぎで脂で防水した布をかけるんだ。
濡れて腐ってしまったりしたら、1年間の収穫が台無しになるからね。
秋は収穫の喜びの季節でもあるけれど、ちょっとした失敗で成果がゼロになる緊張感と隣り合わせの季節もである。
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「たー!」
「やー!」
ようやく乾いたら脱穀だ。
脱穀には、フレイルという大きなヌンチャクのような棒を使う。
大麦は米なんかと違って、叩けば簡単に穂が落ちるからね。
自給中心の農業である僕の村では、今のところ脱穀機のニーズはあんまりない。
大きな平地で奴隷を使った大規模農場でなら、千歯扱き的な道具も喜ばれるんだろうけどね…。
エリン姉と一緒に棒を振り回すのはけっこう楽しい。
大麦の収穫と並行して、秋の野菜の収穫もしないといけない。
かぶ、白大根、キャベツ、そら豆、エンドウ豆、玉ねぎ、リーキ…。
冬のビタミンのために、片端から収穫して、保存のために乾燥させたり、塩漬けにしたり。
「最近は塩がたくさん使えるから、本当に楽ねえ」
と母ちゃんは言う。
僕が生まれた頃は塩があんまり使えないから、乾燥と発酵が中心だったそうだ。
今でもキャベツはわりと発酵させて保存するけれど、塩がたくさん使えるので失敗も少なくなったとか。
「あれはなあ…すっぱかった」
父ちゃんも、不味かったとは言わず苦笑い。
味よりも栄養が最優先の時代だったんだね。
それが今では塩もたくさん使えるし、蜂蜜だってたっぷり使えるんだ。
母ちゃんがこっそり、ベリーの蜂蜜漬けを作っていることを僕は知っている。
ああ。いいなあ。やっぱり父ちゃんがいると仕事も楽だし家族も明るい。
家族はやっぱり揃って暮らさないと。
収穫の時期は、さすがの村長婦人も空気を読んで仕事を言いつけにこない。
たぶん村長宅でも収穫作業と奴隷への指示などでてんやわんやなのだろう。
農民主体の軍が秋に軍事行動できない理由がよくわかる
他所に奪いに行くよりもまず自分のとこの畑の面倒をみないとならないものね。
このまま何事もなく季節が過ぎていけばいいのに…。
僕は収穫作業が終わった後に待ち構えているであろう膨大な仕事から現実逃避するように、空を見上げた。