軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第148話 村の開発計画を立てよう! 7歳 晩夏

大結束の旗印が花で描かれた斜面から村を見下ろしていると、少し離れた場所で斜面を登ってくる人達が見えた。

特製大麦酒を大量醸造するために、大量に買い付ける予定の大麦を低温貯蔵する横穴を掘る仕事を請けた人達だ。

本格的な酒造りは、大麦の収穫と購入と集積が終わった冬から始めることになるだろう。村に鱈漁以外の冬の仕事が用意できるし、雑菌の繁殖が抑えられるという観点からも冬の酒造りは良い。

「特製大麦種のアルコール濃度をもっと上げられれば、長期間の保存に耐えられるんだけどなあ…」

蒸留したり凍らせたりすればアルコール濃度は上げられるだろうけれど、お酒の味がそれで良くなるかどうかは酒飲みじゃないからよく分からない。

僕はお酒の物流やコスト削減で効率を上げる方法は考えられるけれど、味がどうなるかは全然わからない。お酒が好きな人達に任せるのがいいだろう。

大麦の貯蔵庫の建設だけでなく、外から多くの婿を迎えるための新居の建設も急がれている。

村が北方21星の大結束の中心地としての機能を果たすために、村は生まれ変わろうとしているのだ。

「パン焼き釜の施設は、あの辺りにするかなあ…」

旗印の斜面からはフィヨルド全体がよく見えるので、村の開発計画を練るのにはちょうど良い。

「トール、お母さんがご飯にしましょう、って」

エリン姉が、 馬(レット) に乗って夕飯の迎えに来た。

もうそんな時間か。

「もうちょっと待って―」

僕は首からかけた小さな黒板と、貝殻棒をズボンのポケットに仕舞う。

「トールは、ここでなにしてたの?」

エリン姉が黒板に書かれた村の地図に好奇心を刺激されたのか、聞いてくる。

「村にいっぱい施設を作るから、何処に建てたらいいのか考えてたの」

これまでの村には、居住・漁業・農業・畜産の機能しかなかった。

ごく普通の、北方のどこにでもある自給自足の小さな漁村だった。

ところが、北方21星の大結束の中心地となることで新たに、貿易・酒造・商業・倉庫・スポーツ興業の機能が必要になる。

それだけの建設計画と、それらを統合する地域開発計画が必要となるわけだ。

「村の区割りを5区画に分けたのは、エリン姉も憶えてるでしょ?」

「うん。毎日の朝と夕に、男の子達が盾を叩いて歌いながら回ってるよね。

『おーれたちは フギン隊! フギン隊!

盾を叩け!敵を追い払え!

フギン!フギン!

村を守る 戦士だ! 戦士だ!』って。

だから、私達の家はフギン区なんでしょう?

いつも歌ってるから憶えちゃった」

エリン姉は少し眉をしかめて評するのだけれど、家畜を守るために村の見回りを行う少年戦士団に対する村人の評判は非常に良い。

小さな男の子たちも、大きくなったら僕も入りたいと希望者は多いのだとか。

そして少年戦士団が自分の地区の名を隊につけた思わぬ副産物として、村の人々に自分の住所を知らしめるという効果があった。

今では村人も自分の家の場所や住所を説明する際に「ムニン区のゲルダさんのところで…」などと住所+名前を使うようになっている。

やっぱり住所があると便利だものね。

「じゃあ5つの区の名前も憶えてる?」

「それぐらい知ってるわよ!ムニン区、フギン区、ゲリ区、フェンリル区、フレキ区、でしょう?」

「おー」

ぱちぱちと小さく拍手すると、エリン姉は胸を張った。

「僕達の家があるのがフギン区、村長さんの長屋敷があるのはゲリ区。それで、少し寂しい感じなのが対岸のフェンリル区とフレキ区なんだけど…」

フギン区には僕達が建てた製塩所と託児所と社交場と燻製の複合施設があるからね。

村の経済圏は今のところフギン区を中心に回っている。

その構造も開発計画に合わせて見直さなければならない。

「来年からは大きな船が沢山くるでしょ?だから港は2つに分けた方がいいと思うんだ。僕達がふだん使う港と、貿易に来る大きな船が出入りする港にね」

漁港と貿易港。内港と外港。小津と大津。

様々な言い方があるけれど、用途別に港湾機能を分けるのは、ごく普通の考え方のはずなので、うちのフィヨルドもそれに倣おう。

漁港は村の人達が優先して使う港。鱈漁の水揚げも、この港から行うことになるね。

貿易港には長船や輸送船が出入りする。降ろされた荷物は倉庫に一時保管された後、用途に応じて配送される。

船員たちは下船と同時にサウナで消毒された後に酒場に放り込まれ、宿屋で寝る。

貿易港は治安や流行病を管理する観点からも、出来れば一つの区画で完結させたい。

「でも、絶対に貿易港は拡大するよねえ…」

5つの区画で分けるのは、開発計画としては大雑把すぎるのかもしれない。

「海と山で分けようかな」

ムニン山区、ムニン海区、のように5区をさらに海区と山区に分けて開発計画の区割りをする。

すると貿易港の計画地は、現在はやや開発が遅れているフェンリル区とフレキ区の海区となる。フェンリル海区とフレキ海区には、パン釜とサウナと乾燥室と燻製の複合施設と酒場と宿屋が設置されることになるね。

建設工事や用地移転や買収などで、両地区に住んでいる人達の懐も暖かくなるはずだ。山区側に引っ越して農業や家畜を中心に海区へ販売して生計を建てても良いし、元の家や農地は売って対岸のムニン区やフギン区に家を建てて引っ越してきても良い。

貿易港の開発計画予定地については、なんとかなりそうな気がしてきた。

「問題は、民会とクナトルレイク大会だよなあ…」

「そうねえ…じゃなかった!トール、お家に帰るわよ!」

僕はエリン姉に力づくで 馬(レット) に乗せられて、家路へとつくのだった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「うーん…」

「なあに?トールったら、まだ唸ってるの?」

母ちゃんに遅い帰宅を怒られて、食事を終えた後でも僕は黒板に描いたフィヨルドの地図を前に悩んでいた。

「民会とクナトルレイク大会の間は、とってもたくさんの人が来るでしょ?どうしようかと思って…」

「たくさんの人って、どのくらい?」

エリン姉に聞かれて、僕は簡単に人数の目星をつける。

延べ人数なら簡単に計算できるからね。

「どれだけ分散できるかはまだ解らないけれど、全部の人数を数えたら、村に襲撃の後で村に来てくれた援軍と同じか、それ以上の数が来るかも」

「…本当にそんなに大勢が来るの?」

「うん。それも毎年来る」

「毎年…!」

人口がせいぜい300人程度の村に、毎年の行事で数千人が来訪するようになる、という事態の想像がつかないのだろう。

エリン姉は口を開けたまま絶句してしまった。

実際、なんの対策も打たなければ、村を訪れる大勢の貴族や商人、クナトルレイク関係者や観光客のせいで地元の人々の生活がままならなくなってしまうだろう。

この時代にスポーツ・オーバーツーリズムなどを起こしたくない。

「年間カレンダーを調整すれば何とかなるか…?」

民会は夏に行われるので、漁港の使用は最小限になる。

港湾機能を一時的にムニン区かフレキ区の山側を開放して、山区をテント村にするししかないか。年に1度のイベントのために恒久的な建物は建てられない。

公衆衛生や火事を防ぐ観点から、野外トイレやキッチンも整備したほうが良いか。

「貴族様達はゲリ区の村長長屋敷側で引き受けてもらうことにして。民会用の迎賓館も要るかな…」

夏なので防寒機能を気にする必要はないし。帆布を利用した大きなテントを建てられるように支えの高い柱などを用意すればいいかな。

「僕は村の人達に安全に良い暮らしをして欲しかっただけなんだけどなあ…」

今までの村は、春の雪解けと夏の交易と秋の収穫と冬の鱈漁を中心に動いていたのだけれど、今後は民会とクナトルレイク競技と貿易を中心としたカレンダーで動いていくことになるだろう。

本当に家族や村のみんなの暮らしを、こんな風に飼えてしまって良かったのだろうか?

僕は、ときどき恐ろしくなる。

だけど村の女衆も子供たちだって冬でもお腹を空かせることはなくなったし、エリン姉は馬に乗れて毎日嬉しそうだし、父ちゃんが危険な略奪に出かけないから母ちゃんも嬉しそうだし、父ちゃんはクナトルレイクで食べていけそうで嬉しい。

だから、これでいいんだ。

僕は無理やり自分を納得させる。

「ねえトール!お父さん帰ってきたよ!」

エリン姉の声で、夏の家の外へ走り出る。

すると、夏の夜特有の明るく青いフィヨルドの海面を滑るようにして、フギンの紋章の象られた長船がやってくるのが見えたんだ。

「父ちゃーん!」

ここから声が届くわけはないのだけれど、大きな声で手を振って叫ぶ。

「あれ?船の数、多くない?」

「そうだね…」

問題は、村の長船に数隻の長船が続いていたことで。

もうこの展開には慣れたよ。

きっと北方21星の大結束に加わりたいって言うんでしょ?

来年とか再来年になったら、いったいどのくらい増えるんだろうか?

ひょっとして僕の建てている村の開発計画は、もっと規模を大きくしないといけないの?

僕は溜息をつき、小さな黒板に描いていた村の開発計画に大きくバツ印をつけると、父ちゃんを迎えるために浜へ駆け下りて行くのだった。

9章 終わり

明日はトールステイン大王伝記の回です。