作品タイトル不明
第147話 蜂蜜かけ贅沢パンの試食会 7歳 晩夏
ぐるぐるぐる……。僕は、一心不乱に蜂蜜遠心分離機のハンドルを回す。
木桶が動かないように両膝で挟み、左手で蓋を押さえて、右腕を時計回りに動かす。
そうして疲れてきたら、今度は左腕で反時計回りにハンドルを動かし、右手は蓋を押さえる役に交代させる。
「…ふうっ」
「どうだ?だいぶ回転が軽くなったろう?」
鍛冶屋のおじさんが僕の反応を見てニンマリと髭面に笑みを浮かべた。
「たしかに大分軽くなりましたね。どこを改良したんですか?」
「接触面の金具を見てみい。輝きが違うと思わんか?」
促されてハンドルと蓋が接触する面の金具を見た。
「…金色だ。まさか青銅を使ってるの?」
「そうよ。今は鉄の方が手に入りやすいんだかな。青銅は何しろ高級品に使う代物だが、火が弱くても加工しやすい」
北方社会で豊富に産する沼鉄鉱と異なり、青銅は基本的に交易か略奪でしか手に入らない貴重品だ。鉄よりも錆びにくく臭いも移りにくいので、蜂蜜のような高級食品を扱う道具に採用する、という理屈はわかる。
「青銅なんて、よく手に入りましたね」
「なあに。村長婦人から許可を得たのでな。襲撃してきた連中の偉そうな兜に使われていた青銅の飾りを、ちょいと頂いたわけだ」
うーん。シグリズ様が完全に蜂蜜に目が眩んでいる…。
「なあ。他に何か思いつく工夫はねえか?」
「そうですねえ…器械が大型化してしまうから悩むところですが、ハンドルを回すときに桶が動かないように固定したいですね」
「ふうむ。だが桶は傾けたり洗ったりする必要はあるんだろう?」
「ええ。ですから桶の底に突起をつけて、卓にはめ込むような感じにするとか」
「家の柱をはめ込むような感じか」
北方社会の建築技術にも、木組みの技術自体はある。長屋敷や宿泊所の基本構造の丸太は木組みを縄で縛って固定してあるわけだし。
「あとは…皮ベルトで回転を楽にできたらいいなあ」
「ベルト?どういうことだ?」
僕は小さな黒板に貝殻棒を使い、絵を描いて説明をする。
「小さい車輪と大きい車輪を用意してね。2つをベルドでしっかり固定するの。片方が回ればもう片方が回るようにね」
「ふむ」
「例えば、大きい車輪が1回転する間に小さい車輪が3回転したら、すごく速く回せるでしょ?小さい車輪が蜂蜜分離機のハンドルの代わりについてたら、とっても楽じゃない?」
「ほほう!いや確かに。これは…すごいな。だが儂一人では無理だな。木工職人のところに持っていけば…なるほど。いやいい話を聞いた。この絵は借りていっていいか?」
「ええ。どうぞ」
鍛冶屋の人があんまりにも改良に熱心なものだから、僕もついつい口を出してしまう。なんだか村の工業技術が妙な方向に進みそうな気配がするけれど、人の好奇心や行動は抑えられないからね。
そのうちに良い成果も出てくるだろう、と放置して見守ることにしたんだ。
◯ ◯ ◯
ぐるぐるぐる…
ぐるぐるぐる…
ぐるぐるぐる…
「遠心分離機、増えすぎじゃない?」
夏だから薪の暖房はつけていないというのに、社交所には村のご婦人方が集まって、卓上に置かれた蜂蜜遠心分離機を交互に回している。
一人が疲れたら交代し、疲れたらまた交代という感じでグルグルと回していて、残りの人達はお喋りを楽しみつつ糸を紡いだり幼い子どもの面倒をみたり。
母ちゃんが主催した村の女衆向けの、たっぷり蜂蜜かけの贅沢パンの試食会の一幕である。
バターを練り込んだ大麦粉の生地は母ちゃんが用意するので、試食会に参加するご婦人方はナッツやベリーなど好みのトッピングを持ち寄り、練り込んだ上で一緒に大麦パンを焼き、蜂蜜をかけて食べようという催しだ。
試食会の一番の目玉は、やはり採れたて搾りたての蜂蜜である。
そして抽出のために必要な卓上用の蜂蜜遠心分離機は、我が家には売るほどに転がっていたりする。
なにしろ鍛冶屋が木工職人の尻を叩いて改良品を作り続けるせいで、我が家には蜂蜜遠心分離機の改良版が次々と届くのだ。酷い日には、1日に3基届いたこともある。
「やっぱり、作るのが簡単だから?」
「安いのは確かだね。金具を除けば、木桶と籠と棒で出来るから…」
エリン姉の疑問に、僕は答えた。
我が家に何基もあっても仕方がないので、今日の催しを開いたという面もある。
村の男衆がいない間に負担する仕事で溜まったストレスを解消し、少し羽を伸ばしてもらおうという配慮もあるみたい。
母ちゃんの気の回しようも、すっかり貴族だなあ。
「まあ!本当に金色だわ!」
「なんて美味しそうな色なの!もう食べちゃいたいわ!」
「待って待って。ちゃんとパンにかけた方が美味しいに違いないわ。それにお茶も用意しないと」
ご婦人方が、遠心分離機の木桶の栓を抜いて、とろりと流れ落ちてくる新鮮な蜂蜜を見てはしゃいでいる。
西風炉から、パターと大麦が焦げる贅沢大麦パンが焼ける良い匂いが漂ってきた。
「あっ!またベーグルがパンを狙ってる!」
「むに!むに!」
「ムニにはナッツあげるからねー」
猫のベーグルを捕まえようと走り去るエリン姉を見送り、僕は肩に止まっているムニにポケットから取り出したナッツを食べさせる。
今は僕の傍から離れようとしないから必要ないけれど、飛んでいって迷子になったときのために革の足輪でもつけた方が良いかなあ。ムニは気に入らなかったら嘴で外しちゃいそうなんだよね。
「わあっ!本当にいい香り!」
「こんな贅沢をしてしまっていいのかしら…?」
「いいのよ!男衆はいっつもお酒を飲んでいるんだから!」
「蜂蜜をかけちゃいましょう!たっぷりね!」
焼けた贅沢パンが供された卓の方から、ご婦人方の歓声が上がっている。
村の女衆には、これからも色々と苦労をかけるだろうからね。
母ちゃんが嫌味無く村の女衆の人心掌握をしてくれるのは、本当に助かってるんだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
試食会の後、いくつかの余った蜂蜜遠心分離機は村のご婦人方の元へと貰われていき…あるものは豆や白大根を洗って水切りをするのに使われ、あるものは小さな布類の洗濯と脱水に使われることになった。
「人間って、時代や場所を変えてもだいたい考えることは同じなんだなあ…」
と、正しい用途で使われている道具を見ながら僕は頷くことになる。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
加工だけでなく、蜂蜜の生産の方も順調だ。
去年、父ちゃんが設置した100本近い丸太の巣箱は北方の蜜蜂たちの越冬に大きく貢献したらしく、シロツメクサの白い花畑を多くの蜜蜂が飛び回っている。
大きな丸太巣箱を10本だけ選んで蜜を採る。できるだけ蜂を殺さずに燻して逃がす、という方針で採蜜しているのも良い方向働くかもしれない。
それと、これも去年から設置している、我が家の敷地のシロツメクサの種を拾ったら10分の1を入れといてね!とルーン文字で書いた箱にも、溢れんばかりに種が入っている。
夏の村には、至るところで白いシロツメクサの花が咲き誇り、微かな爽やかな花の香りが漂う。
北方の夏の 太陽(ソール) の恵み。シロツメクサの花の恵み。蜜蜂の恵み。
僕達の村は、多くの恵みに生かされている。
「恵みの神フレイよ、感謝します」
僕は村を見下ろす位置に作られた、北方21星の大結束を表す杭と縄の斜面に立ってアスガルドの神々に祈りを捧げる。
杭と縄に沿って撒かれたシロツメクサの種は白い花を咲かせており、緑の斜面にくっきりと大結束の白い旗印を浮かび上がらせるようになっていた。
僕達の村は団結し、豊かさと繁栄の 階(きざはし) を登りつつある。
けれども、現王と家臣はその共同と繁栄を喜んではいないだろう。
シロツメクサの花で描かれた旗が、いつかは血と炎に 塗(まみ) れる日がやってくる。
迫りくる戦と衝突の予感に僕はただただ気が滅入り、少しばかり身震いした。