作品タイトル不明
第141話 一時の帰宅 7歳 晩夏
「こちらが、樽の部品となる天板・底板と側板です」
郎党の人に木工職人を長屋式まで呼び出してもらって、規格化された樽の部品を5ヶ村の村長たちに渡していく。
「こちらの部品を正確に同じサイズをの部品を、指定の数だけ納めて下さい。納期は秋の大麦の収穫までです。
寸法については、こちらのエル定規とエル巻き尺を渡しますから、きちんと計測して同じ大きさであることを、くれぐれも確認してくださいね。サイズが著しく異なる場合は、契約違反と見做して受取を拒否します」
樽の部品と一緒に、エル定規とエル巻き尺を渡して、サイズが異なれば契約違反と見なす、と脅しておく。
ちゃんと言っておかないと、これぐらい、とか職人が目分量で作った部品を持ってきかねないし、それを指摘すると不満に思ったり逆ギレすることもあるからね。
こういうことは最初にガツン、と言っておかないと。
「わ、わかりました…」
「これは…定規?長さを測る道具か…」
今回の樽部品の納品については、戦で勝ったうちの村の立場が圧倒的に強いので、村長達も素直に要望を聞き入れてくれた。
それよりも、エル定規やエル巻き尺の方に関心が向いているみたい。
「クナトルレイクの競技場の大きさを測るのにも使えますよ!」
と、活用方法を教えたら食いついてきたので、急遽羊皮紙を用意して、クナトルレイクのコートの大きさをエル単位で記したものを5枚渡してあげたら、物凄く喜んでくれた。
「…シグヴァルド様が仰ったことは事実のようですね」
「なんですか?疑っていたんですか」
アルンビョルンの裁判の前に、シグヴァルド様がクナトルレイク競技総則の羊皮紙を取り出して、北方社会で爆発的に普及し始めている、と僕に言ったことがあった。
その時は、なんとも大げさなことを言う人だな、と思ったものだったけれど、眼の前で5ヶ村の村長達が喜んでいる光景を見れば、それは全く正しい言葉であったのだと頷く他はない。
それに北方21星の大結束 ―― 早くも26星になりそうだけれど ―― においてはクナトルレイク競技とは年に一度の民会と合わせて行われる政治パフォーマンスであると同時に、村同士の係争を最終的に解決する手段ともなることが決定されているわけなので、単なる競技を超えた準軍事的・政治的意味合いを持つことになる。
簡単に言えば、クナトルレイクが強い村は大きな顔が出来るし、得もするのだ。
村長達がクナトルレイクの競技知識を求めるのは当然のことであると言えるだろう。
「父ちゃんが将軍って呼ばれるわけだね…」
「なんだ?なにか言ったか?」
そうした北方の文化的土壌において、無敵のクナトルレイクのチームを率いる父ちゃんが、一軍を率いる将として遇されるのは、ある意味で当然なのかもしれない。
「それから、今回の樽の部品の納入は加入の際に義務付けられている事業出資の前倒し、という位置付けですから、こちらから分割で返済していきます。
10年の分割で最終的には1割の利益が足されます。返済金の受取は、この村で民会の際に行われますから使者をよこして下さい。支払いの手段は、大麦、酒、鱈、羊毛布、銀のうち希望の手段を予め伝えて下さい」
「なに…?返してもらえる…のか?
「銀で受け取れる?」
どうも5ヶ村の村長達は、融資という意味をきちんと理解できていなかったようで、樽の部品は単純に賠償の一環として取られる、という認識だったようだ。
それじゃあ、気まぐれ徴税の王様と一緒じゃないか。
僕達、北方21星の大結束はそういうことしないから!
そうして、これは貸付の一種であるから返済を受け取れるのだ、と根気よく説明したのだけれど、強いものが弱いものとの約束をきちんと守る、という概念に困惑したままで帰っていった。
僕は、強いからこそ約束を守るべきだと思うし、互いが約束を守ることで集団はもっと強くなれると思うのだけれど、北方では、まだまだそうした考え方は一般的じゃないみたいだ。
北方21星の大結束に加わるなら、そこは考えを改めてもらわないと。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「父さん、トール!帰りましょー!」
「あっエリン姉!迎えに来てくれたの?」
長屋式の外に出ると、エリン姉が僕と父ちゃんを迎えるために馬で来ていた。
エリン姉も、今は馬に乗るのが楽しくて仕方ないんだろうね。
村内の伝言の仕事をいろいろ引き受けては、一日中、馬を乗り回している姿を見る。
「すごいなあ、エリン。すっかり貴族のお姫様じゃないか」
「でっしょー!」
「俺も貴族になったことだし、エリンに乗馬を教わらないとなあ」
父ちゃんに乗馬の腕を褒められて、エリン姉も満更でもなさそうだ。
「貴族のお姫様は馬にならないんじゃないかなあ」
「乗るわよ!シグリズ様だって乗ってるじゃない!」
「あれ?そういえばそうだね」
貴族のお姫様と言うと、深窓の令嬢的な箱入り娘を想像するのだけれど、戦いが日常の北方社会においては、貴族令嬢に乗馬スキルは必須なのかもしれない。
「トールも、早く馬に乗れるようにならないとねえ」
「僕はもう乗れるよ!ちょっと鐙まで足が届かないだけだし」
「それは乗ってるんじゃなくて、載せられてるって言うのよ!」
エリン姉に馬の前に載せてもらって、父ちゃんに轡を轢かれながら家に帰る。
父ちゃんにとっては、久しぶりの我が家だ。
北方の夏の陽は長く、太陽が沈んでいく時刻になっても、空が蒼く大地が橙色に染められる時間が続く。青い夕闇、と呼ばれる高緯度地域特有の季節の現象だ。
フィヨルドを吹き渡る冷たく爽やかな風に、シロツメクサの微かな香りが混じる。
ポクポクと馬の蹄が大地を踏みしめる音が、柔らかく耳をくすぐる。
北方の夏は世界で一番美しい季節だと思う。
「おかーさーん!ただいまー!」
エリン姉が、馬上で大きく手を振る。
シロツメクサの満開の花で、白い海に浮かぶ船のようにも見える、夏の家が見えていた。
母ちゃんは家の前で、こちらに気がついて大きく手を降る。
僕と父ちゃんも、大きく手を振った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「えーっ!明日にはまた出ていっちゃうのー!?」
「うむ」
母ちゃんが家の外で三脚炉を組み、大きな鍋を吊るしてスープを作っている。
父ちゃんの久しぶりの帰宅ということもあって、いつもの牛乳だけでなくチーズもたくさん使い肉まで入ったクリームスープだ。
父ちゃんは、肉と白大根がたっぷり入ったクリームスープを、木の皿から木匙で美味そうに掬いながら、明日にはまた発たねばならない、と告げたのだ。
「帰ってきたばっかりなのに…」
「だがなあ、村を襲撃してきた村々への仕置と賠償は早く済まさねばならん」
「それはわかるけどさあ…」
今日、5ヶ村の村長たちに行ったような決定を、残る5つの村に対しても行わなければならないのだ。
どの村においても、敗戦の報を受け取るより前に21隻の艦隊の訪問を受けることになるだろうから、大変に混乱することだろう。反抗する村も出てくるかもしれない。
そうした村々を説得し、きちんと分割で賠償を支払うよう仕向けなければならない。
武装解除された戦士達と、20隻を超える大艦隊という事実を目にすれば大人しく現実を受け入れてくれると思いたいけれども、現場では多くの混乱が発生することだろう。僕としては、なるべく人死が少なく済むことを祈るしかない。
「先行している艦隊に追いつかないとな。被害を受けた我らがいなくては、話が進まないだろう」
食料と水を補給したら、明日の早朝には発つ、と聞いて僕の気分は沈む。
「しかし…今年は交易には行けそうもないなあ」
「だって今年は交易に行く必要なんてないでしょう?」
「ううむ。だが交易にも略奪にも行かない夏、というのは何だか落ち着かなくてなあ」
父ちゃんが、北方戦士らしい感想をもらす。
「父ちゃん。これからは交易に行くんじゃないよ。村に交易の人達が来るんだよ」
「そうなのだろうな。どうも実感がわかなくてなあ」
村には賠償で得たり、出資を受けた資産が積み上がっている。
わざわざ危険を冒して、はるか遠方まで交易に行く必要はないのだ。
「ねえ父ちゃん、ずっと聞きたかったんだけど、どうして父ちゃんは皆から将軍って呼ばれているの?」
僕がずっと気になってたことを聞き出そうとしたら、エリン姉が話に割り込んできた。
「ちょっと!トールばっかりお話してずるい!ねえ、お父さん、お馬の名前を一緒に考えて!あの馬はね、貴族様になったお祝いにって、村長婦人のシグリズ様からいただいたのよ!それでね、冬は馬と一緒に寝るから!」
かと思えば、母ちゃんも父ちゃんに話したいことがいっぱいあったみたいで、エリン姉の話を遮って話し始める。
「あなた。そういえば私達って貴族になってしまったのでしょう?新しく服を作った方がいいのかしら?それに奴隷も雇わないと駄目なの?どう思う?それと、蜂蜜!蜂の巣から蜂蜜をとってきたもらわないと!村のお薬やお酒にたくさん使うみたいで、早くたくさん欲しいって、皆から言われてるのよ」
家族の皆で父ちゃんを取り合いだ。
「おいおい。一斉に言われても何がなんだか…困ったなあ」
父ちゃんは困った、と言葉にしているけれどずっと笑顔で家族の話を嬉しそう目を細めて聞き続けていた。
「…なあ。ちょっと狭くないか?お前たちも大きくなったんだから」
「いいの!」
「狭くない!」
「あらあら」
その夜、僕達家族は一緒に狭いベッドにぎゅうぎゅうに詰めて眠った。
いっぱいに開けた板窓から入ってくる北方の夏の冷たい風が、暑さを少し和らげてくれた。