作品タイトル不明
第140話 賠償と融資と戦の予感 7歳 晩夏
「加入条件が整理できたことであるし、そろそろ5つの村の代表も呼ぶことにしようか。彼らも船上でだいぶ 焦(じ) れていることであろうしな」
シグヴァルド様が、議論をまとめにかかる。
「結局、我らは宴席で潰した家畜だけを要求することになるのでしょうか?5つの村で分割しては、あまりに賠償が少ない気がしますが…?」
村長が賠償額の少なさについて口にした。
たしかに実際に出資した側としては、罰の少なさに言いたいこともあるだろう。
ある程度は上乗せして分捕って来なければ、村の他の有力者に示しがつかない、と考えているのかもしれない。
「たしかに。あまりに負担が少なければ、他の村から襲撃参加の件を軽く見る者が出てくるかもしれんな」
見せしめの効果という点からも、シグヴァルド様が同意した。
「ですが、あまり多くの家畜をもらっても、村の牧草地では維持できませんし…」
今は夏だからいいよ。牛もフィヨルドの短い夏を満喫して、緑の濃い草をお腹一杯に食めるだろう。けれども、冬が来たら家畜は家に入れないと凍死してしまうし、冬の間の干し草も夏のうちに準備しないといけない。
はっきり言って、それだけの人手はうちの村にはない。
「ですから、別の形ではどうでしょうか?例えば、村で計画しているお酒の事業に融資してもらうとか」
「賠償を増やすのではなく、加盟に先立って融資の条件を満たしておく、という話か。その方が話としては受け入れやすいかもしれんな」
北方21星の大結束に加盟する条件の一つとして事業への融資がある。
いずれ加入するという見込みの元で、先に融資をしておくという話であれば、5ヶ村の村長達も村に戻ったあとで村人達に説明がしやすいかもしれない。
融資は翌年から返済され始めるわけだしね。
「なるほど…ところで、いま酒の事業といったか?」
「はい」
そういえば村長婦人以外には説明してなかったなあ。
村長も父ちゃんも、ずっと村にいなかったからね。
「簡単に言うとですね。長期間腐らなくて、しかも味の良い北方一の大麦酒を大量に造ろう、という計画をシグリズ様が中心となって立てています。そのための職人は確保しました。お酒の試作にも入っています」
シグリズ様が中心となって、という部分を強調したら、じろりと隣から強い視線を感じた。いやだって、酒造なんて巨大利権を新参貴族の僕の家が押さえるわけにはいかないじゃないですか。
「ほう!ほほう!うむ。結構。大変結構!ところで…その…な?試飲はいつ頃から出来そうなのだ?やはり村の長として、村の将来を決する酒の味を確かめないわけにはいかぬのでな」
「全くです。北方一の大麦酒となれば、やはりその味に嘘がないものか。試しが必要というもの」
酒と聞いて、たちまち前のめりになる村長と父ちゃん。
「ご心配なく。酒の事業は私が管轄します」
それに対し、ぴしゃりとシグリズ様が言い渡す。
うーん。やはり村の男達に酒の事業を管理させるのは危険だ。
「味はもちろん重要ですが、重視しているのは大量のお酒を供給できるようになることです。来年以降、民会やクナトルレイク大会で村を訪れる人達は激増します。
来賓の戦士達に、村の大麦酒を提供できないようでは北方21星の大結束の沽券に関わるではありませんか?」
シグリズ様の言葉に、村長が大きく頷いた。
「うむ。確かに。客に十分な量の大麦酒を飲ませることができないようでは、結束に罅が入りかねん」
たかが酒。されど酒、ということだろうか。
北方社会では歓迎の酒席で酒が不味いだけで喧嘩になりそうだものなあ。
まして酒が出せない、なんてことになれば暴動から大結束にも罅が入りかねない、ということも現実にあるかもしれない。
逆に言えば、美味い酒を出せれば大結束の中でも顔が効くようになったり政治力が高まるのかも。
「それで、大量の大麦を買い付けること、仕込みに必要な大量の樽を造ることが課題になっています。
買いつける資金はありますが、腐った大麦を納品したり資金を持ち逃げしない信用できる商人を知りません。できれば紹介をいただきたいところです。
また樽については、うちの村だけでは造れそうにありません。ですから、今回の融資の一環として樽を作って納めて欲しいのです」
「樽か…村で広まっている大きさの揃った樽を、ということだな」
「そうです」
村長の質問に答えてから、ふと思いついて付け加えた。
「樽は完成品でなくてもいいんです。こちらで見本を渡しますから、同じ寸法の側板と底板を大量に生産して持ってきてもらえれば。樽の組み立てと水密の検査はうちの村の職人がやります。板の方が生産も輸送もしやすいでしょうし」
樽製造の分業と外注はあってもいいと思うんだよね。
そうして製造効率と生産性を上げていかなければ、今後増えていくと予測される注文の量に到底応えることはできないだろう。
「部品だけを取り寄せる、か。変わった方法ではあるな…?いや、粉挽きの石臼だけを外の職人に注文するのと変わらないのか?」
部品ごとの外注という概念を、シグヴァルド様が何とか飲み込もうとしている。
北方社会は基本的に自給自足だったものね。
ローマ帝国の時代であれば自然に行われていた分業だと思うんだけど。
「しっかりとした貿易用の樽となれば牛一頭程度の価値はある。だが板だけとなるとな…。製造と輸送の簡便さを考えれば半額から3分の1程度の見なすことがでようか?」
樽製造の原価計算なんて、北方社会で誰も考えたりやったこともないのだろう。
シグヴァルド様も、樽の部品の提供をどの程度の額の融資と見なすのか苦労しているみたいだ。
「5ヶ村からの融資を各牛10頭とする。となれば、樽の部品で30樽分。総計で150樽となるが…。これだけの樽が本当に必要となるのか?」
「必要です!ありがたく融資を受けます!あ、シグリズ様。ぜひ受けましょうよ!」
「トール…。そうですね。その条件でよろしいかと思います」
お酒の事業を管轄するシグリズ様の了承を得て、5ヶ村に対する処置は決定となる。
「あのうシグヴァルド様。それで、ご相談があるのですが…」
「なんでしょう?」
僕は宴席への保証でも融資でもない条件について、シグヴァルド様に持ちかける。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
長屋敷の広間は、普段は謁見の間として機能する。
正面には村長が座る背もたれの大きな椅子があり、壁際には他の貴族や有力者が座るベンチがある。
謁見する者達は、村長と貴族に囲まれる形で広間の中央に立つことになる。
今、その場所には5人の村長が立っていた。
「なんかずいぶん疲れているみたいだね」
「数日の間、当てもなく海を彷徨っていたのだ。疲れもするだろう」
僕は貴族ベンチの端に座り、父ちゃんと小声で話していた。
村長の椅子の脇にはシグヴァルド様が立って、疲労の隠せない5人の村長たちに話をする。
村長が直接に話をしないのは、北方21星の大結束の見解を示す場だからだろうね。
さっきまで相談して決めた宴席の代金の補償の話や、樽の融資の話。それに大結束への加入の条件について、シグヴァルド様が要領よく説明している。
「…以上だ。これらの条件が満たされた時、そなたらの希望する大結束への加入は叶うことになろう。何か聞きたいことはあるか?」
5ヶ村の村長達は顔を見合わせた。
「…特に異論はありません。寛大な扱いに感謝します」
「厳しい…。いや妥当な条件ではあるかと思います」
条件については概ね首肯したところで、一人の村長が尋ねた。
「ところで。加入の条件に戦での活躍、とありますが。次の戦があるとお思いで?」
戦に参加し、勇敢に戦うこと。が北方21星の大結束への加入条件の一つである。
当然ながら、戦争が起きなければ活躍のしようもない。
「こちらが求めるものではないが、いずれ近いうちに機会は来る」
シグヴァルド様の回答に、5ヶ村の村長達は納得したように頷いた。
そもそも北方21星の大結束は、王の気まぐれな徴税に対抗する防衛軍事協定の性格を持っている。
手駒のアルンビョルンを殺された王の家臣トーレル卿も、黙ってはいないだろう。
戦争は、いずれ起きる。
この場にいる全員が、そう確信している。
ああ。嫌だなあ。本当に戦争は嫌だ。
父ちゃんを戦争なんかに送り出したくないんだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
賠償などの納期についても調整したところで謁見が終わり、5ヶ村の村長が長船に知らせを持ち帰ろうとしたタイミングで、シグヴァルド様が思いつきのように尋ねた。
「ところで、村にルーン文字を書ける者はいるか?この村に派遣をすれば修行にもなると思うが?」
シグヴァルド様が、僕がお願いした人員派遣について尋ねてくれた。
だけどその言い方だと、どう考えても人質を出せ、という風に聞こえるよね?
問われた方の村長達もそう受け取って、どう回答したものか戸惑っているみたい。
「いえ、人質とかじゃありません!仕事を手伝って欲しいだけです!ちゃんと1年で帰しますから!客人として遇します!」
僕は慌ててベンチの末席からフォローする。
文官、とにかく文官が足りないんだ。
文字を書ける人材の獲得のためには、なりふりは構っていられない。
僕の必死な様子に毒気を抜かれたのか、数人の村長が派遣を検討する旨を約束してくれた…のだけれど。
後日、ルーン文字が書ける人材として送られてきた2名が、有力者の血縁かつ若い見目麗しい女性、ということで頭を抱えることになる。
そういう意味の人材を求めているんじゃないったら!