軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第142話 開発の計画を建てるための準備 7歳 晩夏

「トール、起きなさい!トール!」

「…あれ?」

さっき寝たと思ったのに、起きたら外はすっかり明るかった。

ベッドには父ちゃんも母ちゃんもエリン姉もいたはずなのに、気がつけば僕だけ一人だけ大の字になっている。

「…あれ?みんなは?」

「もうとっくに起きたわよ!ほら、お父さんを見送りに行くわよ!」

「えっ」

慌てて飛び起きると、エリン姉が言うように父ちゃんはすっかり旅支度を終えていて、母ちゃんは父ちゃんに持たせる食事を樺の木の箱に詰めているところだった。

「おっ。バターを塗ったパンにチーズと玉ねぎと冷燻鮭を挟むのか。豪勢だなあ」

「しっかり食べて頑張ってもらわないといけませんからね。トール、一口だけでも朝食を食べなさい」

「う、うん!」

皿に盛られていた麦粥を急いで木匙で掻き込む。

幼い体は寝ぼけた体で食事しても胃もたれなどしないのだ。

「ムニも、行くよ!」

烏のムニにも餌をやり肩に載せる。

置いていくと拗ねるからね。

「レット!行くわよ!」

「レット?」

エリン姉が、馬に手早く鞍を載せて父ちゃんの見送りの準備をしている。

「レットって、馬の名前?決めたの?」

「そう。レットフェティ。風のよう軽く走るから!愛称はレット!トールも今後は、この子はレットって呼ぶのよ!」

「レットか。いい名前だね。父ちゃんと考えたの?」

「そうよ!」

僕はすっかり寝坊したらしい。寝ている間に、馬の名前が決まっていた。

「トール、お父さんが蜂の巣の丸太を朝のうちに社交場の冷燻施設に運んでおいてくれたから、後で燻しておいてね」

「えー?蜂蜜の準備までやってくれたの?」

「3本だけだがな。当面は、それで足りるだろう?」

なんと父ちゃんは早起きして、蜂の巣の丸太まで掘り出して冷燻施設まで運んでおいてくれたという。

「…僕も手伝えるから、興してくれれば良かったのに…」

「何度も起こしたのよ?それで僕は行かないって言うから」

「記憶にございません」

どうやら僕は、よほどに深く眠っていたらしい。

風邪が治ったばかりで体力が消耗していたのと、父ちゃんが帰ってきて安心したからかな。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

家族で見送りの準備を整えて長船が停泊している場所まで歩いていくと、奴隷の人が長船に水樽や食料を積み込んでいるところだった。

村長婦人も、夫と兄を見送るために来ている。

「父ちゃん、早く帰ってきてねー!」

岸を離れ、フィヨルドの奥に消えていく長船に大きく手を振って見送る。

本当に忙しない帰郷だった。

秋までには帰ってきてくれるといいんだけど。

今回は20隻の仲間と一緒に航行するし、基本は沿岸航行だから心配は少ないとは判っているけれども、未来の価値観からすれば喫水の浅い木製の小舟で大海へ乗り出す肉親を見送るのは、いつだって不安になる。

「…これから忙しくなりますよ」

「いつだって忙しいです」

夫と兄を見送るために浜に来ていたシグリズ様が意味ありげに ―― この場合は仕事があるよという意味 ―― 話しかけてきたので、僕はもう目一杯なのでこれ以上働けませんよ、と返答した。

「秋には結婚式を多数取り合わなければなりません」

「結婚式?誰のですか?」

この村では結婚式と言っても、せいぜい宴会に毛の生えた程度の宴席で、若い2人が結婚しました、と発表するぐらいのものだ。

盛大な結婚式を行うのは政治的な意味を伴う貴族に限られている。

そうした貴族は大勢いるわけではないので、多数の結婚式という単語が村長婦人から発せられることは文化習慣的におかしいのだ。

「忘れたのですか?あなたの父が大勢の婿を取る、と村の女達に約したでしょう!」

「えっ。父ちゃんが!?」

そんなことあったっけ?

「トールったら!ほら!例の、お父さんに並ばされてた男の人達がいたでしょう!」

エリン姉に小突かれて思い出した。

婿を取るとか結婚式とか、持って回った言い方をするからわからなかったんだよ。

村の女衆に捕まえられた他の村の戦士達が、持参金を持ってきて結婚する、という話だよね。

「しまったなあ。持参金の貸付制度を整備しておかないと…」

「持参金を村から貸すのですか?」

「ええ。賠償金の返済と同じようにできないかと思っていまして…」

父ちゃんが設定した高額な持参金を全ての男達が秋までに用意できるとは限らない。

かといって、結婚式を先延ばにしたり取り消したりしては、父ちゃんや婿の命が危ない。

そこで持参金を用意できなかった婿のために、10年分割払いで利率が1割という、他の村の賠償の支払いに用いる仕組みを導入するつもりなのである。

「なるほど!では全ての女衆が秋には結婚式を挙げられますね!」

「ええ。資金的には余裕があります」

牛20頭分の資産があれば、返済分ぐらいは増やせるでしょう。

村には貸し付けるのに十分な資産があるし、若い男の労働力は慢性的に不足している。多少の借財がある方が、返済のために熱心に働いてくれるかもしれないし。

村へ来る婿の皆さん方には、村の発展のためにぜひ頑張って頂きたい。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

そうして、村の入婿の持参金貸付けの人数と金額を見積もるために数字を記入しているのだけれど、ついつい溜息をついてしまう。

「うーんアラビア数字を、そろそろ導入しないと不味いなあ…」

村の帳簿を眺めながら、僕は頭を悩ませる。

このところ村の資産が爆発的に増大し、貸し借りの取引関係も増えてきた。

今のヴァイキング式ルーン文字帳簿では、数字を追いかけるのが限界に近づいているんだ。

「完全に、二重帳簿状態だものなあ…」

実はこっそり、僕はアラビア数字で帳簿をつけている。

そちらで検算し、正規のルーン文字帳簿をつくっているわけなのだけれど、それは健全な会計の体制とは言えない。

「北方21星の大結束で交易が盛んになる前に、帳簿とアラビア数字で 標準形式(デファクト・スタンダード) を定めてしまいたいんだよねえ…」

北方21星のどこかの村がアラビア商人と接触して、取引記録とか残していないかなあ。そうした書面がさえ見つかれば、強引に標準形式に定めてしまうのだけど。

なにせ今の中東はアラビア銀貨の精度からわかるように、ローマ文明の残照を受け継いた世界の先進文明の一つだからね。

アラビアで使われている数字です!と言い張れば何とかなる気がする。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「新しい人が増えますから、村人全員を管理する名簿も要りますね」

「それは…そうでしょうね」

長屋敷で、シグリズ様と村の開発計画について相談する際に問題となったのは、そもそも計画の前提となる村の情報が文書化されていない、ということだった。

300人程度の小さい村だし、今は全員の顔と名前が一致するからね。

けれども、今後はそうもいかなくなる。

秋には大勢の婿が入ってくるし、交易のために大勢の商人もやってくる。

建設のために他所から働きに来る人や、クナトルレイク大海の応援へ来る人もいるだろう。

名簿と行政区の整備が必要なのだ。

「行政区ですか…区割りはどうしましょうか?」

「今の子供たちが見回っている区で良いのではないでしょうか?」

「ムニン区、フギン区、ゲリ区、フェンリル区、フレキ区ですか…あれは大人がいない時の警備のために、とりあえずでつけた区ですが…」

「ですが、すっかり定着しているではありませんか。子供戦士団が見回ってくれるおかげで家畜が安全になった、と感謝されていますよ」

父ちゃん達が民会に出かけているときに、人手不足なのでやむを得ず子供まで動員した見回りのための地区割が、そのまま行政区へと昇格することになった。

「うーん…こんな決め方でいいのかなあ…」

「初めてのことばかりですからね。手探りでやって行くしかありません」

とりあえず僕はエリン姉に馬に乗せてもらいつつ、子供戦士団などに聞き取りもしながら、各行政区の名簿を作成していくことになった。

早くルーン文字が書ける文官を増員して欲しい。

5ヶ村の方からも、約束したルーン文字が書ける人を早く送ってほしい!

僕は先方がどんな人材を送ってくるかを知らぬまま、呑気にもそんなことを思っていたのだった。