軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34. 垣間見えた父の過去

青い空、眩しい日差しに、見渡す限りの葡萄園。そこで働くたくさんの人々。

素晴らしい景色のはずなのに、心が重かった。背負うものが大きすぎる。

「……ヌーヌおばさんは、父さんがヴァレーを飛び出した理由を、知っていますか」

ずっと不思議に思っていたけれど、誰にも聞けなかった疑問が口をついて出た。

おじいちゃんもおばあちゃんも、なぜ怒りつつも、あんなに悲しそうだったのだろう。

幼馴染のヌーヌおばさんなら、何か知っているかもしれない。

ヴァレーで生まれ育ち、跡取りだった父さんはずっとこの景色を見ていたはずだ。

学び始めた僕でさえ、正直「責任が重い」と思ったのだ。

このヴァレーから逃げ出した父さんは、何を思い、何に悩んだのだろう。

「……あの頃はあたしらも、うんと青くてね。理想ばかりだったのさ」

ヌーヌおばさんは、遠くを見つめながらぽつりと呟いた。

「もっとヴァレーを盛り上げたい。唸るほど美味しいワインをもっと広めたい。……その気持ちはみんな同じだったはずなのにねえ。あたしら若い世代と親世代の意見が真っ向からぶつかっちまって…。跡取りとして矢面に立つことが多かったマルクは……ぽっきりと根本が折れちまったのさね。……『俺にはもう何も決められない』って、最後に会った時にマルクが言った言葉を、今でも覚えてるよ」

「……」

「マルクを支えるどころか、あたしらが無意識に追い詰めてたんじゃないかと、いなくなってから後悔したけれど。……遅かったねえ」

「ヌーヌおばさん…」

もう、決められない。

きっと板挟みだった父さんは、どれだけの思いで、その言葉を絞り出したんだろう。

僕は、優しかった父さんの顔を思い出す。

去り際の懐かしそうな、悲しそうな顔も。

「……父さん、反省してるって。故郷に帰るのもいいかもしれないって、最期に言ってたんです。そんな風に言って、きっと帰りたがってた…」

「そうかい……」

ヌーヌおばさんはしばらく黙ったあと、日に焼けた顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「随分と脅したみたいで、すまなかったよっ。マルクの二の舞はごめんでねっ。今のヴァレーは大きくなっちまって、一人でなんとかしようなんて、土台無理だってことを伝えたくって。あんたは、無理なものは無理って開き直って、みんなに助けてもらうんだよっ。昔ならいざ知らず、今のあたしらなら、ちったあ役に立つはずだからねっ」

「……はい!」

「そうそう、ほら、あそこにいる赤毛の…アネットー!」

ヌーヌおばさんが突然大きな声をあげるので、びっくりしてしまった。

アネット、と呼ばれた女の子がこちらに気づいて手を振る。

豊かな赤毛の髪に、そばかすが少し浮いた笑顔が健康的で、チャーミングな女の子だ。

「ありゃあ、あたしの娘でねっ。若い頃のあたしそっくりさっ」

「えっ!!?」

かっかっかっと笑うヌーヌおばさんと、女の子とでは似ても似つかない。

いや、赤毛とそばかすはそっくりではあるけれど。

(えええー!?遺伝子どこにいった??いや、もしかして、あの女の子が将来はヌーヌおばさんみたいになるってこと!?)

「アネットはあたし譲りの緑の手の持ち主でねえ。あたしがしっかり葡萄作りをびしっばしっと叩き込んでるからねっ。きっとあんたの代には、この農園でトップに立ってるよっ」

「びしばし…ははは」

冗談なのかわからなくて、引き攣った笑いしかでない。

(レミーといい、ヌーヌおばさんといい、ヴァレーにはスパルタしかいないのかっ!?)

「どうだい。美人でなかなか有望だろう?なんだったら、嫁にもらってってもいいんだよっ」

「えっ!?嫁?いやっ…ちが、あの子がいやってことじゃなくて…まだ早いっていうかっ…」

思ってもみなかった言葉にしどろもどろになる僕を、ヌーヌおばさんはおもしろそうに見ている。

完全に揶揄われている。

「かっかっかっ。まあ、まだ早いか。おいおいだねっ」

「……」

「さあ、次に行くよっ。広いからねっ。急がないと日が暮れちまうよっ」

そういって、ヌーヌおばさんはせかせかと歩き出した。

そうして、葡萄畑を歩きながら、ヌーヌおばさんから栽培について話を聞く。

これからの時期は葉が茂ってくるので、通気を良くするために摘葉で忙しくなること。でも取りすぎても、実が日焼けしてしまってだめなこと。

また、雨が降ってくると今度はカビと虫との戦いがあり、さらに実が揃ってくると摘房…いわゆる間引きに頭を悩ませること。

そんな話を聞くと、どれだけの手間暇をかけて葡萄が作られているのか、頭が下がる思いだった。

(レミーについて、帳簿に載っていたワインの卸し値を初めて見た時は強気だなって思ったけど、これはむしろもっと高くてもいいのでは…?)

そんなことを考えて歩いていると、途中でドニたち自警団が巡回する姿が見れた。

揃いの制服をしっかり着て、帯剣している。

3人は、僕たちを無事に届けたあと、長めの休暇をもらっていたはずだ。

こうして巡回しているということは、休みが明けて復帰したのだろう。

久しぶりの姿に、懐かしさを感じた。

ドニたちも僕に気づいて二指をぴんと立てて、敬礼してくれた。

チボーはウィンクまで飛ばしている。軽い。

(こうしてちゃんと自警団の仕事をしているところを見ると、なんかかっこいいな)

「ドニたちが夏前に帰ってきてくれて助かるよっ。これからが忙しい時期だからねっ」

「?そうなんですか」

「これから実が大きくなるにつれて、鳥やネズミといった小動物に、鹿や猪といった大型の動物たちも葡萄を虎視眈々と狙って来るからねっ。間引きや畑を荒らす獣の討伐は、猟師や自警団ががんばってくれるのさっ」

「ああ。なるほど」

ということは、ドニたちは一番忙しくなる時期に間に合ったのか。

「それにねえ…。秋ごろから新酒を狙って、盗みに入ろうとするやつも多くなる。面倒な話だがねっ。団長のドニは傭兵上がりだから、いるのといないのとじゃ、やっぱり安心感が違うよっ」

「ドニが傭兵…。道理で、腕に覚えがあるわけだ」

これまで、僕はヴァレー家の護衛や町の治安維持が自警団の仕事だと単純に思っていたけれど、違ったのか。

自警団たちも、やはり葡萄とワインのために、重要な役割を担っていた。

遠ざかるドニたちの後ろ姿に敬礼を返す。

少しずつヴァレーのことを知り始めた僕にとっても、その背中は頼もしかった。