軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33. うちの葡萄とワインは一等特別

おじいちゃんが僕につけてくれた世話係のレミーは、男でも思わず見とれてしまうほどの美形だった。

ほりが深く、切れ長の目にかかる長めの髪は緩やかなパーマで、それが恐ろしいほど良く似合っていた。

(モデルか俳優に見間違えるくらいのイケメンだ……爆発しろ……)

そんなレミーはまだ若手だが、地元ヴァレーのワイン商人の息子で、父親の元でワインの販売や会計などを専門的に学んだやり手だ。

なんでも、ヴァレーのワインを愛しすぎて、家にはすでに長兄たちがいるから自分は好きにしてもいいだろうと、商会を辞めてヴァレー家の門戸を叩いた変人らしい。

そして、一見優男で柔らかい敬語口調なのだが、なかなか飴と鞭の使い方がうまく、歯に衣を着せない性分でもあった。

「良いですか、ルイ様。あなたはまだ後継者ではなく、あくまでも候補でしかありません。それでも、事情を知らない町人たちはあなたを後継者として扱うでしょうが、 熱(いき) らず 驕(おご) らず 昂(たかぶ) らずが肝要です」

「はい」

「ふむ。お立場をわかっていらっしゃるようで、安心しました。ルイ様には、成人までに一通りのことを覚えていただきます。私も手を緩めませんので悪しからず」

「望むところです」

レミーはスパルタなので毎日疲労困憊だが、部屋に帰ればかわいいリュカとメロディアが待っている。

リュカにも子守りがつくようになって、日中はおばあちゃんや子守り、時々おじいちゃんとも過ごして、かわいがってもらっている。

それに、毎日美味しいごはんとおやつを満足するまで食べているので、近頃はほっぺがさらにまろやかになった気がする。

見ていると、つんつんしたい衝動を抑えられないくらい魅惑的だ。

「はあ。ぷにぷにだ〜。おもちみたい」

「にいに、やあ〜」

「ククー」

「もうちょっとだけ。お願い、ね」

「くしゅぐったあ〜い」

そうやって、疲れた気持ちを癒してもらいながら、少しずつ学んでいる。

学び始めて、改めて知ったのだが、ヴァレー家はすでに組織化・細分化が進んでいて、思った以上に近代的だった。

仲介との販売契約・関係各所との交渉や、経理・会計などの裏方業務を担うのがヴァレー家。

葡萄の栽培や、畑の管理・維持を担うのが葡萄農園。

ワイン醸造から瓶詰めまでを一手に担い、品質管理に注力するのが 醸造所(ワイナリー) 。

葡萄農園、 醸造所(ワイナリー) はそれぞれヴァレー家が雇った専門家が責任者になっている。

さらにその下の働き手も雇用はヴァレー家が行っており、雇われているのは地元ヴァレーの人間だ。

(ヴァレー家は本当にこの地域の産業を支えているんだな)

「今日は、葡萄農園の見学と責任者であるアヌークさんとの顔合わせです。ルイ様には、そのうち葡萄農園で農作業もしていただく予定です」

「わかりました」

「ああ、働き手の中には、新参者のあなたが後継者ぶってめちゃくちゃなやり方をするのでは、と疑心を持つものもいます。みなが諸手をあげて喜んでいるわけではありません。中には、あなたに直接何かを言ってくる可能性もあります。その際は私におっしゃってください」

「……はい」

レミーは相変わらずド直球なので、少し対応に困る。

(変にひねていたり、隠されるよりは全然いいけれど、もうちょっと優しい言い方をしてくれないかな…)

季節はすっかり初夏だ。日差しが照りつけている。

けれど、前世の日本みたいに湿度が高いわけではなく、吹く風も涼しいので、意外と快適だった。

〜♪〜♪

葡萄畑に近づくにつれ、明るく力強い歌声が聞こえてくる。

梢の頃を過ぎ 白き花咲く

ああ!なんと春は芳しい!

夏の陽を浴びて 葡萄の実がなる

ああ!なんと輝かしい!

ヴァレーの恵み 優しく摘み取る

ああ!ワインが待ち遠しい!

きっと、ヴァレーでは一般的な仕事歌なのだろう。

小作人たちは額に汗をかきながら、声を揃えて歌っていた。

あるものは、水車が汲み上げた水をまきながら。

あるものは、房の手入れをしながら。

老若男女が熱心に葡萄の世話をしている様子を見入っていると、ほっかむり姿の恰幅が良いおばさんが話かけてきた。

「おっと、来てたんだねっ!」

「アヌークさん、今日はよろしくお願いします。ルイ様、この葡萄農園の管理責任者のアヌークさんです」

「初めまして。ルイです」

「ああ、堅っ苦しい挨拶はやめとくれ。あたしのことはヌーヌおばさんで良いよっ。みんなもそう呼んでるからねっ」

「あっ、はい」

「いや〜、それにしても、マルクにそっくりだわっ。あたしはマルクと幼馴染だったんだよっ」

「父さんと…」

「アヌークさん、おしゃべりはそこそこにしておいてくださいね」

「はいはい。いい男なのに、レミーはやたら細かいねえ」

小姑なレミーは仕事があると言って、戻っていった。

僕はヌーヌおばさんに付き添われ、葡萄農園を見学する。

葡萄園はかなりの広さで、1日では到底足りないので、今日はヴァレー・ブランシュができる樹を中心に見て回る。

(広すぎ…!東○ドーム何個分だ。余裕で2桁分以上はありそう…)

「これだけ広いと、世話が大変ですね」

「そうさねえ。人手はどれだけあっても足りないくらいだよっ。うまいこと、魔法も使って人海戦術さ」

「魔法を?どんな風に使ってるんですか」

「春に思いがけず霜が降っちまった時は、 発熱(ヒート) や 発火(ファイア) で焚き火をつけて回ったり、肥料なんかの重たいものは 浮遊(フロート) で運んだりするねえ。ああ、あとは 洗浄(クリーン) や 治癒(ヒール) で病気の手当をすることもあるねっ」

「へえ、そうなんですね」

確かに、これだけの広さを人の手だけで管理するのは無理がある。今世では便利な機械なんてないのだ。

魔法の力を使って、なんとかというところだろう。

「あとは数は少ないけど、土魔法が得意な奴が土壌を調整したり。ああ、あたしは緑の手だからね、葡萄の声を聞いて、必要な対策をしたり人を振り分けたりするのさっ」

「なるほど。だからヌーヌおばさんが責任者なんですね」

「まっ、こう見えて、ヴァレーきっての緑の手だからねっ。ははは」

そんな話をしているうちに、今までの明るい緑色の樹とは違って、濃く深い緑色で枝ぶりががっしりとした樹が並ぶエリアに来た。

「ヌーヌおばさん、これはもしかして葡萄の古樹?」

「そうさねえ。見事なものさ。これであたしの倍以上生きてるのさねっ」

「えっ!そんな長く…」

「あたしら年季の入った小作人は、この古樹の手入れが主でねっ。手入れは大変だし、新樹と比べると収穫量も落ちるけどねえ。一つ一つの実が濃縮された葡萄で作るワインは、そりゃあもうとびきり美味しいのさ。各国の王侯貴族を初め、ワイン好きが目の色変えて金貨を積むほどの価値があるのさねっ」

「そんなに…」

思わず絶句してしまう。このエリアには見渡す限り、古樹が植わっている。

そんなに価値のあるものが、これだけヴァレーにはある。

「古樹がこんなにあるのは…」

「そりゃあ、白の山脈の神々の加護があるからさ。まあ、その加護も万能ではないけどねっ。あたしの親の代には、小さな害虫が大量に流行って、だいぶ樹もやられたと聞いてるよ。他は全滅に近いところもあったから、残っただけはるかにましだがねっ」

「全滅…そんな…。そりゃあ、ワイン好きなら目の色くらい簡単に変わっちゃうよ…」

「ははは。わかったかい。ヴァレーの葡萄とワインが、いかに一等特別か」