軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101. キャベツと鱒のシュモン村(前)

最初の宿泊地は、ニュアージュ山を山越えする道の一歩手前にある、シュモン村だ。

だいたい五十戸ほどの小さな農村で、いつもなら素通りしてしまう土地らしい。けれど、ここ最近は観光業に力を入れていて、新しい特産もできたのだそうだ。

宿はつい最近完成したばかりだという、コテージを 一棟(ひとむね) 丸々貸し切る。

「ほわぁ〜〜〜! きのにお〜い!」

「クククー!」

本当に出来立てほやほやのコテージらしい。木の良い匂いが、室内いっぱいに漂っている。

使われている木材の木目は美しく、扉を入ってすぐ、広々とした吹き抜けのリビング・ダイニングの柱は、まるごとの丸太だ。

「いない、いな〜い……ばあ!」

「ククー!」

リュカもメロディアも、だぁーっと部屋を走り回り、柱に隠れてははしゃいでいる。

この村に到着したのは、夕暮れ時。所々に置かれたテーブルランプの炎が揺らめいて、なんとも 風情(ふぜい) があった。

「にいにー! たんけん、したい!」

「くくくー!」

小さい頃から、リュカのきらっきらの青い目でおねだりされてしまうと、ぼくは断れない。

「……しょうがないなあ」

「やったー!」

「クックー!」

廊下を出ると寝室が二つ。

このコテージ唯一の難点は階段が 急勾配(きゅうこうばい) なことで、一階の寝室の片方はおじいちゃんとおばあちゃんが、もう片方はテオドアさまのお部屋となっている。

廊下の奥は、調理場だ。

料理は用意すると村の案内人が言っていたのだけど、地元で 鱒(ます) が獲れると聞いたグルマンドが、調理助手と一緒に張り切って夕食を作っている。

「むふふっ。目玉が透きとおって、つやつや。お腹もふっくらしていますね〜。むふっ。まるでわたくしのようですっ」

「にいに〜。なんか、くちゃい……」

「ククク……」

質の良い 鱒(ます) にグルマンド節が炸裂している後ろで、魚を 捌(さば) く独特の匂いに、リュカもメロディアも鼻を押さえていた。

敵前逃亡……ならぬ気を取り直して。

リュカを先に行かせて階段をえっちらおっちらと上ると、二階の半分は吹き抜けになっていて、もう半分に寝室が二つ。僕たち兄弟と紋章官さまの部屋だ。

ちらっと僕たちが使う予定の部屋をのぞいたら、シングルサイズのベッドが二つ置かれたシンプルな内装だった。

そして、三階は屋根裏部屋だ。ホールを 隔(へだ) てて二つ区切られている。懐に余裕のないものや、僕たちみたいに貴族の家人たちが男女に分かれて雑魚寝ができるように、だろう。

「わあー! すっごい!」

「クククー!」

僕は腰を屈めながら、歩く。男部屋は薄い敷布団が敷かれて足の踏み場もない。

だけど、屋根の片面は大きな窓になっていて、開放的な秘密基地感がある。たぶん、男の子は好きなやつだ。

「……ぼく、ここでねる!」

「ククー!」

「えっ!? さすがにここはもういっぱいだから、無理だよ」

「やだ! ねるの!」

長年、兄をやっているとわかる。もうこうなったリュカは、がんとして譲らないのだ。

(家人しかも野郎ばかりに囲まれて寝る趣味は、僕にはないし……。どうしよう)

僕が迷っていると、テオドアさまの従者のラウフから助け舟があった。

「リュカ坊っちゃまだけなら、夜の間、私がお預かりしましょうか?」

「やったー! ぼく、らうとねる!」

「クククー!」

リュカとメロディアはすっかりその気だけど、本当に大丈夫だろうか。

「にいには一緒じゃないけど、大丈夫?」

「だいじょうぶ〜! ぼく、ひとりでねんね、できるもん!」

「ククー!」

(もう五歳だし、本人がそういうなら……)

「わかったよ。それじゃあ、ラウフ。リュカをお願いね」

「かしこまりました」

(……本当に大丈夫かな?)

その日の夕飯は、グルマンドが作った素朴な、けれど地の物を使った料理を 堪能(たんのう) した。

キャベツが特産なのか、コールスロー風のサラダ・スープ・にんにくソテーと、甘い春キャベツがふんだんに使われている。

もう一つの特産である脂の乗った 鱒(ます) は、シンプルに塩焼きにしてレモンをきゅっと絞ったものと、焦がしバターが堪らないムニエルが頬が落ちそうなほど、美味しかった。

付け合わせのザワークラウトが、 鱒(ます) の脂をさっぱり洗い流してくれるのも良い。

「おさかな、ふわっふわ〜! おいし!」

捌(さば) く時は生臭さに 嫌厭(けんえん) していたリュカも、料理になってしまえば関係ない。滅多に食べれない白身魚を、ばくばくと食べていた。

夕食を食べてしまえば、あとは 洗浄(クリーン) をかけて寝るだけだ。

窓の外はすっかり真っ暗で、騎士団が外で野営している焚き火の炎だけが見える。

寝衣に着替えたリュカをラウフに引き渡し、僕は久しぶりに一人寝を楽しんだ。

……はずだった。夜も更けた頃、コンコンと部屋の扉を遠慮がちにノックする音で、僕は起きる。

(こんな時間に、誰だろう?)

不審者が侵入する隙はないはずなので、家族か家人しかいない。けれど、念の為、警戒しつつ扉をうっすらと開けた。

「ルイ様、私です。ラウフです」

「? ラウフ?」

ほんの一瞬、 夜這(よば) いかとびっくりしたけれど、隙間からうっすらと見えたラウフは、リュカを抱っこしていた。

(あー……。なるほど、わかったぞ)

「どうしたの、こんな時間に」

「リュカ坊ちゃんが、『にいにのおへやにかえる!』と言われまして……」

「にいにぃ……」

いまにも泣きそうなリュカが、ラウフの腕の中から僕に向かって手を伸ばす。抱っこをかわると、ぎゅっと僕にしがみついてきた。

「ラウフ、ありがとうね」

「いえ」

みんなすっかり寝ている時間なので、ひそひそと短く言葉を交わして、リュカと一緒に部屋に戻る。

隣のベッドにリュカを寝かすと、安心したかのようにすやぁとすぐ寝てしまった。

(プチ一人お泊まりチャレンジ失敗、かな)

初めての挑戦は失敗に終わったけれど、二回三回と続けるうちに、きっとリュカは僕が一緒じゃなくても寝られるようになるだろう。

成長を嬉しく思うとともに、ほんの少し寂しくて、僕はさっそく掛け布団を蹴飛ばしたリュカの右足を布団に戻した。