作品タイトル不明
102. キャベツと鱒のシュモン村(後)
翌朝は、視察を兼ねて村を見て回る。
僕たちヴァレー家とテオドア様、その従者のラウフ、それと紋章官さまの七人だ。騎士も数人、護衛についている。
早く王都に行かなくて良いのかと思うけれど、その土地土地でお金を落とすのも、貴族の大事な務めなのだそうだ。
村は事前に観光業に力を入れていると聞いていた割に、まるきり農村に見えた。
唯一、Ωの形のような馬車道が通っていて、街道から入って出るのが便利だなと思ったくらいだ。
道沿いには点々と土壁と 茅葺(かやぶ) き屋根の家があるだけで、あとは青々としたキャベツ畑が広がっている。
(まさにこれぞ田舎! って感じだけど……?)
村長の息子という青年が案内してくれているけれど、正直そんなものいらないくらいに思う。
一番奥まったところに建つコテージから出発して、三十分もあれば一周して戻ってこられるような村だった。
「……とまぁ、村の中はこんな感じやけど、実は目玉があるんよ」
へへっと鼻を 擦(こす) って、案内人が宿の隣の脇道へと僕たちを 誘(いざな) う。
左右を林に囲まれた一本道を数分ほど歩くと、突然、口をぽっかりと開けた岩壁が見えてきた。
「これがこの村の目玉、『魔女の地底湖』なんじゃ」
「魔女の地底湖……?」
外からだと、全くわからない。良くて真っ暗な岩穴だ。
「にいに〜。こわい〜」
「ククク〜」
リュカとメロディアはすっかり怯えて、僕の背中にしがみついている。ちらっと見ると、目をしっかりとつむっていた。
「魔女が出そうじゃけぇっていう由来じゃけど、本当には出んけぇ、安心しんさい」
案内人はそう 呵呵(かか) と笑って、さっさと穴の中に入ってしまう。
困惑する僕たちも意を決して入ってみると、中はゆるやかな階段になっていた。これなら、足の悪いおばあちゃんでも、手を借りながら上り下りできる。
「おおー。綺麗〜」
階段を下りた先は 洞窟(どうくつ) で、確かに地底湖が広がっていた。数隻の小舟が浮かび、船頭の男たちが数人いる。
地底湖の水は恐ろしいほど青く透きとおって、数十メートル先まで底が見通せた。
天井や壁には光る苔がまだらに生えていて、蛍光緑とまではいかないけれど、薄緑に光っている。暗い 洞窟(どうくつ) 内では十分な光源だ。
「ほら、リュカ。目を開けてごらん。全然、怖くないよ。むしろ、すっごく綺麗だよ」
「う”〜〜〜」
リュカは 唸(うな) りつつ、何度か促すと渋々目を開けた。自分の青い瞳と同じくらい、青い地底湖を見て、目を輝かせている。
「わあ〜。きれ〜!」
「クククー!」
子どもの高い声が、 洞窟(どうくつ) 内をぐわんと反響する。
そのことに驚いたらしい 蝙蝠(こうもり) が、キーキーと微かな声をあげて飛び去っていった。
「この舟で地底湖をぐるっと案内するけぇ、三〜四人ずつに分かれて乗ってつかぁさい」
(わあー! 舟があるから、まさかとは思っていたけど、地底湖ツアーだ!)
つい、僕はわくわくとしてしまう。
子どもは先頭をどうぞと譲られて、リュカと騎士と一緒に案内人が船頭を務める舟に乗った。万が一、リュカが舟から落ちないように、背後からしっかり捕獲しておく。
ゆっくりと舟を漕ぎ出すと、水の底に魚の影が寄ってきた。
「魚? もしかして 鱒(ます) ?」
「おお。坊ちゃん、正解じゃ。 鱒(ます) はこの地底湖で養殖しとるんよ」
見るからに丸々と太った 鱒(ます) が、何匹も悠々と地底湖を泳いでいる。
「おさかな……ます……」
「ククク……」
リュカとメロディアが水族館の魚を見て「美味しそう」と言う人と同じようになっている気がするけれど、残念ながら顔が見えないので確かめられない。
「養殖しているとは、なぜですか? 見るに水の純度が高すぎて、養殖には不向きのように思えるのですが」
後ろの舟に乗った紋章官さまから、鋭い質問が飛んだ。
「なぜって、そりゃあ少しでも腹の足しにするためじゃけぇ。豊作なのはありがたいが、年々村のキャベツは売れんようになっとるけぇな」
案内人が言うに、ここは元々、村の人間は怖がって近づかない場所だったのだそうだ。……やんちゃな子どもたちを除けば。
そのやんちゃな子どもだった案内人は、キャベツが売れずけれど税は払わねばならず、村が次第に貧しくなっていくことに胸を痛めたのだそうだ。
そうして一念発起し、やんちゃ仲間と一緒に近くの川から 稚魚(ちぎょ) を獲ってきてこの地底湖に放ち、育て始めたという。
「餌は売れんキャベツやそこらの虫をあげときゃ、勝手に育つんよ。 鱒(ます) は食べてもええし、売ってもええ。そんな魚がいつでも獲れるんは、村のためになるんじゃ。まぁ、ここまで育つのに二〜三年はかかったけどな」
「なるほど……。このことは国に報告は?」
「しとらん。うちらの村をどうこうするのに、国は関係なかろうが?」
「そんなこともないのですが……」
薄暗くて、紋章官さまの顔はよく見えない。でも、 思案(しあん) していそうな雰囲気が伝わってきた。
(……ヴァレーに来る旅の最中に、この国は作物が採れすぎるのが問題になってるって、そういえばドニから聞いたんだっけ)
案内人が話す口ぶりからは、悲壮感は一切ない。むしろ、手柄を立てたことを褒めて欲しい子どもみたいに誇らしげだ。
「うまい 鱒(ます) とキャベツ料理。この地底湖は美しゅうて、見応えは十分じゃ。あとは立派な宿さえこしらえれば、外からひとを呼べる思うて、気張ってコテージを建てて……。最近じゃあ商人たちに好評で、そのうえあんたたちお貴族様まで! 箔(はく) がつくわ」
へへっと笑った案内人の顔は、未来への希望が溢れているような気がした。
(この村はたまたま色んな条件が重なって、うまくいっているけれど……)
いい話だなと単純に思いたいけれど、豊作貧乏の影響が考えていた以上にあったことに、僕はこのとき一抹の不安を覚えたのだ。