作品タイトル不明
97. ネージュとの再会(前)
長く降り続いた雪が止み、晴天が見られるようになった冬の終わり頃。僕・リュカ・メロディアは、町の端にある神殿を訪れていた。
新酒祭りの別れ際に約束したとおり、真白き予知の 覡(おかんなぎ) であるネージュから、遊びに来ないかと誘われたのだ。
ネージュ付きの壮年の神職……ノエさんに案内されて応接間に入る。すると、部屋の中でネージュが僕たちを待っていた。
「ねえね!」
「……ルイ、リュカ……ひさしぶり……」
「お誘いありがとう、ネージュ。体調はもう大丈夫なの? あれから、長く寝ついてたって聞いたけれど……」
「……もう……大丈夫……」
リュカは嬉しさのあまり、ネージュに抱きついている。勢い余って押し倒しはしないかとハラハラしたけれど、そこはさすがにネージュも男性なだけある。
少したたらを踏みつつも受け止め、穏やかな顔でリュカの頭を撫でるネージュは、言葉通り今は元気そうだ。
僕たちは応接間でお茶とお菓子をいただきつつ、しばらくおしゃべりに花を咲かせる。
そうして、話が落ち着いてちょうど間ができた頃合いに、それは唐突に始まった。
「こんにちはー! りゅかめろ、ですっ!」
「クククー!」
「ぼくたちの、だいどうげい、たのしんで、みてねっ!」
「クククッ!」
ごそごそと準備を整えたリュカは、四歳の誕生月のお祝いに僕が贈ったミンクリス耳カチューシャと、尻尾付きベルトを身につけていた。
たくさん練習した口上を述べてお辞儀したリュカに合わせて、メロディアもぺこりと頭を下げる。
「……ルイ……これは……」
状況についていけないネージュが、目を 瞬(またた) かせて僕に尋ねた。
「その……、サプライズなんだ。リュカはテイムの才能があって、ずっとメロディアと練習してきた大道芸を、どうしてもネージュに見せたいって。ごめん。迷惑なのは分かってるんだけど、少しだけ付き合ってあげて欲しい」
「大道芸……」
お誘いの手紙を受け取った日から、それはもうリュカが大張り切りだった。
きっと幼心に、ずっと体調を崩していたネージュを元気づけたい、喜ばせたいと思ったのだろう。
僕がどんなに説得しても、「やるの!」の一点張りでほとほと困ってしまった。
「めろちゃん、きをつけー、ぴっ!」
「ククッ」
メロディアができるだけ胴体を長くして、気をつけをする。リュカは背負ったリュックから、小さな輪っかを取り出した。
「めろちゃん、じゃんぷー!」
「ククー!」
ぴょーんと、想像以上の跳躍力でメロディアは輪っかを 潜(くぐ) り抜ける。一メートルは跳んだのではないだろうか。
そのまま行ったり来たり、メロディアは素早く何度も往復して跳んで見せた。
「おおー!」
僕は練習に付き合って散々見たのに、つい感心して声を挙げてしまう。だって、これまでで一番の出来なのだ。
ちらりと正面を見ると、ネージュも口をぱかっと開けて、リュカメロに釘付けだった。
(つかみは問題なし! かな?)
「めろちゃん、いいこ〜いいこ〜」
「ククー!」
リュカはメロディアの頭から背中をわしわしと撫でて、ハイタッチ!
見るからに、メロディアは鼻高々だ。
「つぎはー、たまのり、ですっ!」
「ククククー!」
リュカが次に取り出したのは、革製のボールだった。
ソフトボールより一回り小さなそのボールにメロディアが乗ろうとして、こてんと転がってしまう。もう一度挑戦するけれど、またころん。
ついには自分の小さな手で目を覆い、メロディアは項垂れた姿勢で泣き出してしまった。
「ねえね〜! めろちゃんに、がんばれ〜、ちょーだい!」
メロディアを慰めながら、リュカがネージュに向かって切々と訴える。
ネージュは戸惑いながらも、なんとか小さく声を絞り出した。
「が……がんば、れ……?」
「ククー!」
疑問系の応援でも、メロディアが「了解!」と言うかのようにシュタッと敬礼をする。
先ほどまで泣いていたそぶりなんて、一切なかった。
(さっきの失敗は仕込みだからね。まさか、ミンクリスがあそこまで迫真の演技をするなんて、誰も思わないよね)
「ぼくとー、めろちゃん。ふたりなら、でき〜る!」
「クク〜ク!」
リュカがメロディアの両手をとって、ボールに立たせる。リュカに支えてもらって、今度こそメロディアはころころと玉乗りすることができた。
これは決して、ズルではない。ミンクリスの骨格の構造上、どうしても玉の上でバランスを取るのは難しいことだったのだ。
(それでもリュカもメロディアも諦めてくれなくて、 捻(ひね) り出した妥協案がこれだったんだよなあ)
僕はすっかり、保育士さんが園児の発表会を見守る気持ちだ。よく頑張ってできるようになって、とリュカメロに拍手を送る。
つられて、ネージュもぱちぱちと手を叩いてくれた。
「さいごは、なわとび、ですっ!」
「ククククー!」
ここが一番大事な見せ場だ。成功率がなかなか安定しないところなので、僕は手に汗握る。
跳躍力自慢のメロディアは何も問題ない。問題なのは、やっと連続で縄跳びを跳べるようになったリュカだ。
「……め〜ろちゃん。とっびまっしょぉっ!」
「クククー!」
「いっかい、にーかい、さんかい、よんかい、ごっかい、おっまけで、お〜わ〜りっ!」
「ク〜ク~ク~!」
「「やー! (クー!)」」
もたっと遅い調子ではあるものの、五回+おまけを跳べたリュカメロは、最後にビシッとポーズを決める。
右の拳を空に、左手を腰に当てた揃いのポーズで、やり切った感を 醸(かも) し出していた。
「ありがとー、ございましたっ!」
「クククー!」
「……すごい! リュカメロ、よく頑張った!! 最高〜!!」
五歳のリュカとミンクリスのメロディアが、今できることを最大限出し尽くしたのだ。僕は成長に胸がいっぱいになって、スタンディングオベーションだった。
「ねえね! たのしかった!?」
「クククー!」
感動する僕を尻目に、リュカメロはわくわくとネージュに詰め寄る。家族以外に大道芸を見せるのは、初めてのことだから感想が気になるのだろう。
「……たのしかった……ボク……初めて、小動物の大道芸……見た……」
どこか呆然としたネージュは、リュカの頭をかいぐりかいぐり撫で回している。
「えへへ〜。あのね、おまつりは、も〜っとすごいの!」
「もともと、前々回のお祭りで小動物の大道芸を見て、自分たちもやりたいって言い出したんだ。ねっ、リュカ」
「うん!」
「そっか……」
ネージュにとっては、前回のお祭りが初参加だったのだ。知らないのも無理はない。
(余計なことを言っちゃったかな?)
そう僕が思って話題を変えるよりも先に、リュカが大きな声でネージュに言った。
「つぎのおまつり、だいどうげい、いっしょに、みよ〜ね〜!」
にぱあっと笑って、こともなげに未来の約束をするリュカ。断られるなんて、 微塵(みじん) も考えていない真っ直ぐな瞳だ。
「ぼくねー、おっきくなったら、だいどうげい、する!」
「ははは。お祭りで?」
「そうー! ねえねも、きてね!」
将来の夢を宣言したリュカは、くいっとネージュのローブを引っ張る。その手をネージュは優しく 掬(すく) い上げて、両手で包み込んだ。
「リュカ……ありがとう……本当に、いい子だ……」
そう呟いたネージュの言葉は、少しだけ湿り気を帯びているような気がした。