作品タイトル不明
98. ネージュとの再会(後)
後ろを向いて目頭を抑えるネージュを、僕はしばらく見ないふりする。
「リュカ、メロディア。片付けをしっかりやるところまでが、大道芸だよ。はい、よーいどーん!」
僕が声をかけると、リュカは床に転がっている小道具を集める。メロディアも、しっかりとお手伝いしていた。
保育園でよく言うから、口癖になっているのかもしれない。リュカが「ないなーい!」と一つ一つ呟きながらリュックにしまっていくのは、かわいかった。
「にいにー! おかたじゅ……づ、け、できたー!」
「よくできました」
「えへへ〜」
リュカの頭を撫でて褒めているうちに、ネージュも落ち着いたのだろう。くるり、と僕たちの方を向くとかすかに微笑んだ。
「リュカ、ルイ……お礼に……良いところに……案内するよ……」
「「いいところ?」」
「クククー?」
リュカとメロディアは、ぴったり同じタイミング・同じ方向に、こてんと首を傾げる。あまりにもシンクロし過ぎていて、さすがにちょっぴり笑ってしまった。
「こっち……」
ネージュに案内されてたどり着いた場所は、ロの字の回廊に囲まれた中庭だった。
外部から完全に切り離されたそこは、ぽっかりと開いた頭上から、光が差し込んでいる。
(わあー……。教会の中にこんな場所があるなんて、知らなかった……)
扉近くに立てかけてあった日傘をパッと開いてから、ネージュは中庭の小道をゆっくりと歩いていく。
「ちょうど……今朝…… 待雪草(スノードロップ) が……咲いたんだ……」
中庭では、まだ所々雪が残る土を押し退けて、鈴蘭に似た小さな白い花々が咲き誇っていた。
風にそよぐその姿は、りーんりーんと綺麗な音が聞こえてきそうな雰囲気だ。
「うっわあー。すっごく、綺麗だね……」
「かわいい、おはな〜」
「ククク〜」
僕はここだけ、別世界に迷い込んだかのような、切り取られた空間に思えた。
『目には見えないけれど、妖精がいるんだよ』と言われたら、信じてしまいそうなほど。
「ボクの……大好きな……花なんだ……」
「ああ、わかるよ。白い雪の雫みたいで、ネージュにぴったりだ」
「そんなこと……初めて……言われた……。 待雪草(スノードロップ) は……春を告げる花……。雪の……冷たさの中でも……逞しく咲く……。憧れ、だ……」
リュカとメロディアは座り込んで、 待雪草(スノードロップ) をつんつんと指でつついたり、なんとか花の匂いを 嗅(か) ごうと悪戦苦闘している。
僕とネージュは中央の噴水の縁に座りながら、そんな一人と一匹をのんびりと眺めていた。
「……リュカは……テイムの才能が……あるって……」
「ん? うん、そうみたいだよ。まだスキルもないのに、不思議だよね」
ははと僕は笑って軽く答えたけれど、ネージュの表情が少し堅くなったような気がした。
「……何か……ひとと比べて……違ったり……変わっていること……ない?」
「違ったり、変わっていること……?」
僕は質問の意図がよくわからなかった。でも、ネージュは真剣そのもので、冗談で聞いているわけではないようだ。
(うーん。少し言葉の発達が遅いかなとは思ったけれど、今はすっかり喋れるようになったし。ほかはやっぱり……)
「とにかくよく食べる、かな。あの小さな体のどこに入っているのかわからないくらい、本当に食べるんだ。最近は特に」
「そっか……」
そう言ったきり、ネージュは少し俯いて何かを考えていたけれど、意を決したように話し始めた。
ネージュの薄い灰青の視線が、僕の顔辺りを 彷徨(さまよ) う。
「……人の身に余る……大きな力。幼い才能の…… 発露(はつろ) 。……それには……代償が……伴う……」
何を言われているのか、理解ができない。
「な、にを……?」
心臓が脈を打ち、鼓膜に跳ね返る。浅く早い呼吸が苦しかった。
「……成長が……極端に遅い。感情希薄……。ほかにもある、けれど……。ひときわ…… 顕著(けんちょ) に現れやすいのが……人として……根元的な『欲』……」
「ちょっと、待って……。代償って、何? え、それが、リュカにも当てはまるって……?」
否定をして欲しい。そう祈って、ネージュに問いかける。けれど……。
「……おそらく。リュカは……食欲……」
「そんな……」
思っても見なかった話だけれど、なぜだか 腑(ふ) に落ちた。
おじいちゃんとおばあちゃんも、年齢にしては 健啖家(けんたんか) だ。だから、遺伝なのかと思っていたけれど、それにしても五歳の食べる量を 逸脱(いつだつ) していた。
幼いうちにテイムの才能を現したがために、もし必要な 何か(・・) を食欲で補っているのだとしたら。……そう、納得ができてしまった。
「リュカは……どうなるんだろう。このままで大丈夫なのかな……?」
メロディアを肩に乗せて、無邪気に花と 戯(たわむ) れるリュカ。僕の世界でたった一人の、かわいい弟。
ただ願うのは、このまま何事もなく、すくすくとまっすぐに成長してほしい。それだけなのだ。
「……わからない。食べる量が……ただ多いだけ……かもしれない。でも……あの、ミンクリス……」
「メロディアが何?」
「一匹だけなら……二匹、三匹と……増えるほど……必要な代償は……増える、かも……しれない……」
「そっか……」
元々、リュカが幼いうちはこれ以上家族を増やすつもりはなかったけれど、これで 増やせない(・・・・・) 理由ができてしまった。
「……十歳で……スキルを得れば……落ち着く……。成人までには……体が馴染む、はず……」
「ネージュ……。教えてくれて、ありがとう。信じるよ」
なぜそんなことをネージュが知っているのか。『真白き予知の 覡(おかんなぎ) 』、その異名から、自ずとわかるような気がした。
リュカを見つめる、儚げなネージュの横顔に僕は問いかける。
「……ネージュは、なんだったの」
答えを期待したわけではない。どこまで僕が踏み込んで良いのか、距離感を見誤っていないか、不安だった。
でも、この初めての友人のことを知りたい。僕で何か力になれることがあれば、助けになりたい。そう思ったのだ。
「……ボクは……睡眠……」
ぽつりと返ってきた答えに、得心する。
予知は、まさに人の身に余る大きな力だろう。もしその力のせいで、ネージュが子ども時代を寝て過ごしていたのだとしたら。
「にいにー! おなか、すいたー!」
「クククー!」
とつげき〜! と抱きついてきたリュカを抱き止める。このところ 収納(ストレージ) に食品をストックしておくこともなかったので、慌てて何かないか探す。
すると、調理長のグルマンドが「お夜食にと」作ってくれた、残り少ない秘蔵のアップルパイを見つけて……僕は涙を飲んでリュカに手渡した。
「おいしい〜。りんご、とろっとろ〜」
「ククク〜!」
スティック状のアップルパイを手に持って、ざくざくと豪快に音を立てて食べるリュカ。
砂糖を使わず、ほんの少しのはちみつでりんご本来の旨みを引き出しているのだ。さぞや美味しいだろう。
りんごを少しだけ分けてもらったメロディアも、気に入ったようだ。
(これからは、 収納(ストレージ) のストックを切らさないようにしなきゃ)
現状、僕にできることは、「食べたい」というリュカに、存分に食べさせてあげることしかない。ダイエットのために、リュカには運動させた方が良いかと思っていたけれど、それも取りやめだ。
一人と一匹の気持ち良い食べっぷりを眺めながら、僕は内心そう思ったのだった。