軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦士 オバサン主婦 フライパンの剣

「……ふう」

中年の女はくたびれた顔で汗を拭い、人の目の少ない建物の影へと移動する。

そして自身が身につけているエプロンのポケットから、傷を治すポーションを取り出すと、未だ血の滲む手のひらへと振りかけた。

「ッ……これ一本で千ネルスね。ボッタクリじゃないのかい?」

女の格好は、見たままを言えば『主婦』だった。

少々太めで恰幅が良く、エプロンを付けているその姿は、まごうことなき何処にでもいる主婦である。

「配達のバイトでもした方がマシだったかね……」

傷の治る反応による、シュウシュウと水蒸気をあげる手のひらをエプロンで拭い、ポーションの水気を取ると辟易した顔で吐き捨てた。

「ふへぇ……この時期に水を触るのは堪えるよ……」

傷を治すポーションとはいえ、水分は水分。寒さが強くなってきたこの季節、野外で手に振りかけるのは厳しい。

冬の厳しさを文字通り身に染みて感じ、顔を歪めた時だった。

後ろから感じた視線に振り返る。

「…………アンタ何だい? アタシに用でもあるのかい?」

「ヒッ、ヒヒッ!」

その男は、挙動不審な態度で、引き攣った顔を口だけ笑顔にしようとしているようだった。

「…………」

「ヒッ……あ、あのっ!」

男の目の下には深いクマが刻まれており、猫背で小物そうな様相からは、コチラに媚びをうるような胡散臭さが滲んでいる。

「……用がないならお邪魔させてもらうよ」

どう見ても詐欺師にしか見えない……。

何の用があるのかは知らないが、とにかく胡散臭くて、自分を騙そうとしているとしか思えない男に、主婦は一刻も早く立ち去ろうとする。

「ほらぁ〜、負け犬ニーサン顔が硬すぎますってぇ。そんなんじゃ相手さん警戒しちゃいますよ?」

「そ、そんな事言われても、何て話しかければいいんだよ……」

不意に聞こえた子供の声に反射的に振り返った。

挙動不審の男の後ろから、ニュンと左右に顔を覗かせたのは、帽子を被った二人の少女……。

「…………」

自分の娘くらいの少女が、親しげに話しかけているのを見て、主婦は少しだけ警戒を緩める。

見た目の怪しさから詐欺師の類だと決めつけたが、少女の態度からして勘違いなのではないのかと……。

「……娘かい?」

「いや、あの……違う……」

仕方なく声を掛けてみれば、男はやはり挙動不審で煮え切らない態度。オドオドとした男に自然とイライラが募る。

そんなイラつきから、もう立ち去ろうとしていた所に、件の帽子を被った少女と目が合う。帽子で隠しているが、長い髪の少女だ。

長い髪の少女は、主婦と目が合うとニッコリと笑みを浮かべる。

どうやら男が詐欺師というのは自分の勘違いらしい。

いくらなんでも子連れで詐欺を働く犯罪者はいないだろう。そもそも、こんな明からさまに怪しい男が、一周回って詐欺など成功するとも思えなかった。

「いやいやいやいや、ちょいと私達の話を聞いて貰えないッスかねぇ? お時間は取らせませんヨォ。少しだけ少しだけ……ほんの少しだけお時間を貰えれば! 損はさせませんし、話を聞いてイヤならいつでも立ち去ってくれても構いませんからぁ。とにかく話を聞いて欲しいッス……ねぇ? ……マダァム」

間違いなく詐欺師だ……。

帽子の少女がペラペラと早口で捲し立て始めた。

自分の娘と変わらないような歳の少女だ。だが、それを認めたくないほどの胡散臭さが彼女にはあった……。

「マダム待ってー! 話を聞いてからにして下さいよぉ! クソッ止まれオラァ! 逃すなっ!」

「……承知!」

一目散に回れ右をして走り去ろうとした主婦の腰に、二人の幼女が纏わりついた。

――――――――――――――――――――――

「……それで……何の用だい?」

主婦っぽいオバハンが、腕を組んでコチラを睨みつける。

どーも私です。

他人の警戒心を解く、パーフェクトスマイルの持ち主である私です。

そんなエンジェルスマイルにすら警戒を滲ませるこのオバハンは、少し人間不信なんじゃないですかね?

「いや〜、このように無害な美少女の話を聞いてくれて助かります」

「……」

なんで警戒心が増してるのかな? ちょっとショックなんだけど……。

「……オバケ姉ちゃん黙って」

戦力外通知を私に突き付けた幼女ちゃんが、私を押し除けてオバハンを見上げる。

「……最近オマエを見ていた」

「マダム待ってー! 一目散に走り去ろうとするのはやめてー!」

ダメだ! コイツも交渉とか向いてなかったわ!

「ま、待ってくれ! アンタの売った魔石の事だ!」

「……魔石? どう言う事だい?」

お、今度は負け犬の出番か……大丈夫か?

自覚があるかどうか知らんけど、お前ってチンケな犯罪に手を染めてそうな顔してるからね。

「売った店……一ヶ所で売るのは駄目だ。店によって買い取り金額が違う。魔物からのドロップも同じ……」

「……どこも一緒じゃないのかい?」

やるじゃん。

警戒をしていたオバハンが、驚いたように聞き返す。

「ち、違う。適切な店で売り歩けば倍は違ってくる」

「……倍ねえ」

あ〜、野菜の特売は知ってても、ダンジョンの売り捌きは専門外って所か。そうね。その部分に関しちゃ私達も、負け犬を認めている。

この負け犬、金勘定に強いんだよ。

「……それで、アンタはアタシに、それをレクチャーでもしてくれんのかい?」

主婦っぽいオバハンは鼻で笑いながらそう返した。

その態度に負け犬はゴクリと唾を飲み込む。対人恐怖症気味の負け犬には、ストレスだろうね。

「アンタを雇いたい。報酬は七千ネルス」

七千ネルス……私の感覚でいうと七万円位。

「拘束時間は半日……今は昼過ぎだから夕方四時まで」

「……信用できないね。アタシに何させようってんだい? まさか薬の運び屋とかだったら警察に突き出すよ……」

「ヒッ、違う! 護衛だ! マンディルのダンジョンで数回戦ってくれたらいい! それだけだ!」

「……」

どうだ? たった数時間で七万円の仕事って破格だと思うんだけど、モンスターと戦うって考えるとどうなんだろう……。

「言っとくけど、アタシはただの主婦だよ。何と戦わせるつもりだい!」

「ひ、ヒィ! 表層の魔物だけだ! 無理だと思ったら断ってもいい!」

「……信用できないね」

う〜む、これって値段が破格過ぎて警戒されている感じか?

「う、受けてくれたら前金で三千ネルス払う。終わったら追加で四千ネルスなら……どうだ」

「……なんでアタシなんだい?」

「それは……」

ふむ、ここだね……。

たぶん負け犬は色々言って誤魔化すつもりだろう。

だから私は口を出す。

「んふふ、マダム? それはね……マダムが切羽詰まってるからだよ……」

「お、オマエ!」

負け犬が焦ってるけど、ここからの交渉は私がしよう。失敗したらゴメンね。

予感だ。

このオバサンは私達を疑っている。ここで取り繕った回答は悪手だ。

「私達はね……余裕のあるヤツを信用できない」

だから半分ほど本音をぶち撒ける。

「臆病なんだよ私達は。お互いを利用できる立場じゃないと、怖くて一緒にいられないんだ」

ホントに幼女ちゃんは何処から、こんなの見つけて来るのかね? 私の見解では、このオバハンはそれほど切羽詰まってるとは思わないけど。

「余裕がないから、裏切るという選択肢を取れない……目先の利益に縋る。余裕があるヤツは怖いよ? 何故なら感情で動く。失敗しても他に選択肢があるから」

「……あ、アンタ」

「分かるッスよぉ? マダムは私達に何の得があるのか分からないから警戒してるんすよね?」

「……」

「私達は詮索してほしくない。利益だけの関係でいたい。……あとは護衛を雇うよりマダムを雇うほうが安いらしいよ」

結局最後の安いってのはそうなんだけどね。

主婦的にはどっちの口説き文句のほうがお好みかな?

「……アンタ……本当に子供かい? ウチの娘と変わらないように見えるんだがねえ。娘がこんな風になったらどうしようかね……」

こんな美少女になるんなら誇ればいいんじゃないッスか?

「……どんな生き方をすればこうなるんだろうね……話を聞こうか」

――――――――――――――――――――――

「一匹……行けるか?」

「アレ位なら問題ないさね。それよりポーション代は別で支給してくれるんだよね?」

「大丈夫だ」

負け犬の言葉に、主婦がダンジョンの角から飛び出す。突如現れた主婦にドーベルマンのようなモンスターが獰猛な顔を向けるが……。

「イタッ! いたたた! 暴れるんじゃないよ!」

主婦はドーベルマンの首を左手で掴んで、床に引き倒す。

「この! この! この!」

そして右手に持ったフライパンを、床に押しつけたドーベルマンの顔面に叩きつける。

「お疲れ様ッス」

「はぁ、はぁ」

消えるドーベルマンを尻目に、妙に泥臭い戦いを制したオバハンは、胡乱げな目で私を見てきた。

「アンタ、アレくらいも倒せないのに、子供をダンジョンに連れて来るなんて何考えたんだい……」

「ヒッ、違う。アイツらが付いてくるだけだ!」

「まぁまぁまぁ、それより魔石拾っときましょ」

それよりオバハンの武器……フライパンなんだ。いや武器っていうか……絶対今朝、自宅のキッチンから持ってきただろ……。

「……これで進める」

「果たして実入りは良くなるのかねぇ」

結果としては、よく分からなかった。

いや、負け犬がホクホクとしてたから多分良いもんが手に入ったんだろうけど……私には判断つかないからね。

「ん〜……あ〜……」

「はいはい、アタシゃ後ろ向いてるよ」

そう言って主婦が後ろを向いている間に、負け犬に目配せをされた幼女ちゃんがクリスタル型宝箱を蹴飛ばして開ける。

中に入っていた何かの鉱石を確認した負け犬は、今度は自分も後ろを向く。

「んふふ、いいっすよ」

「……おう」

「面倒な儀式だね……」

コレはアレよ。

この主婦は言うほど切羽詰まってないって言ってたじゃん。

だから私たちの能力を見せるつもりはない。

だから、宝箱の開錠を幼女ちゃんがやってることを隠すために、主婦のオバハンには後ろを向いて貰ってるんだ。

そして重い鉱石だったから、負け犬は私達から視線を逸らした。これは私の能力を目の前で見せる気がないのを負け犬が分かっているからだ。

どうせ、外に出たら負け犬に渡すしね。

「しかし、宝箱をポンポン開けるなんて採算取れるのかい?」

「……問題ない」

宝箱を開けるのには、専用の使い捨て道具を使うのが一般的らしいからね。こんな浅い所の宝箱に使うのはあんまりやらないらしい。

でもまぁ……幼女開錠ツールで本当はタダだし。

宝箱を無条件で開けられるから、私達は浅瀬のダンジョンでも稼げてるんだよ。

「疲れてないかい? 飴をあげるよ」

「あ、ウィッス。どうも」

「……もらう」

そして主婦なんだけど、しばらくダンジョンで一緒に行動して私達に慣れたらしい。結構お喋りだ。

子供の私達を何かと気にかけてくる。

う〜ん、最初はメッチャ警戒してたのに主婦ってのはパーソナルスペースが広いというか……。

「……めんどうくさい」

うむ、ボソリと呟いた幼女ちゃんに同意してしまう。

「ウチにもアンタ達と同じくらいの娘がいるんだけどさあ……」

本来の肝っ玉母さん的な性格がよく分かる。

敵じゃないんだけど、私たちに深く関わってきそうでちょっとやっかいだね。

あまり信用して欲しくないな。

――――――――――――――――――――――

「売却が終わった」

「色んな店で売り払うなんて細かいねアンタ」

「……あとポーションだ」

「あいよ。確かに護衛代も貰ったよ。終わってみれば結構良かったよ」

コミュ強の主婦は、負け犬すら慣れた様子で話し掛けるようになっていた。

その態度に負け犬もタジタジだ。

分かる。

「明日もやるのかい? だったらココで待ってるよ」

「……助かる」

どうやらしばらくは、このオバサンを利用する事になりそうだ。

「明日もやるんすか?」

「今だけだ。あと数回もしたらもうダンジョンに来ないんだろう?」

「そうだね。この調子ならすぐに貯まりそうだからねえ」

そう言って主婦はホッとした表情をする。

だろうね。このお喋りオバサン。自分が何で金が必要かペラペラ喋るんだもん。

なんでも娘が欲しがってる『人形』が高いらしい……。

「最近流行ってるんだけどねぇ……。三万ネルスもするらしいんだよ……」

三万ネルス! 三十万円?

どんなアンティーク人形だよ……。

「別に旦那の稼ぎも悪くないし、払えない金額でもないんだけどね。流石に子供のオモチャに貯金を切り崩すのはねえ……まぁ、誕生日だしダイエットがてらダンジョンでお金が貯まったら買ってあげようかなってさ」

それで主婦がダンジョンに潜るって……。前の世界にダンジョンなんてなかったから何とも言えないけど、感覚的には山に山菜取りに行くような感覚なのかもね。

今日の主婦の戦いを見るに怪我はするけど、危険なほど苦戦する感じでもないし。ポーションで傷も治るしね。

「しかし、そんな高い人形をねぇ……」

私には分からない感覚だね。

「ああ、ただの人形じゃないよ……ほら、アレさね」

主婦が指を指すと、小さな女の子達が人形を持って遊んでいる光景があった。

なるほど、アレが例の人形か。ちょっとリアル調で確かに高そうな人形だ。

「『ラリアードール』って言うんだけどね……」

『【おはよう。今日もいい天気ね】』

喋った……。なるほど、喋る人形って確かに高いかもね。

「あんな風に色んな言葉を喋るらしいんだよ。アレがいま女の子の間で大人気なんだよ。宣伝もバンバンされてるからよく売れているらしいよ」

「ほ〜……」

「そんじゃあアタシはそろそろ帰って、晩御飯を仕込まなきゃね」

そう言って主婦のオバサンは帰って行った。

程なくして「じゃあな……」と負け犬も帰っていく。

それじゃあ私達も帰ろうかね。帰ってからダンジョンのアップデートもしたいし……。

「幼女ちゃん、そろそろ……」

幼女ちゃんは、広場のテーブルで人形……ラリアードールを突き合わせて遊んでいる女の子達を見ていた。

そうか……。

そうだね。あの子達は幼女ちゃんと変わらないか、それより少し上くらいの年齢に見える。

そうだ。本来なら幼女ちゃんは、人形で遊んでいてもおかしくない年齢なんだよ。

でも……

でも幼女ちゃんにそんな余裕なんてないんだ。

お金の管理は幼女ちゃんに任せている。

ラリアードールとやらも買えるくらいの蓄えは貯まっているはずだ……。

でも、幼女ちゃんはアレを買わない……。

分かっているから。

今は人形を買っている余裕なんてないから……。

だから欲しいなんて口が裂けても言わない。

お母さんに会うまでは言わない。

「……難儀だねぇ……」

子供として人形を欲しがるには、彼女の置かれている状況が許さない。

でもね。私はいいと思うよ。

いいじゃない。欲しいもの買ったってさ。

何とかなるさ。

だから私が言ってやるしかないよね!

「幼女ちゃん……あの人形」

「……うん。お金の匂いがするね。ひともうけできるかも……」

「私、幼子の口からそんな言葉聞きたくなかったかな……」

子供として終わってやがる……。