軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

負け犬

「……俺……どうなっちまうんだろうな……」

街の喧騒から少し離れた路地裏。

古いビルとビルの間で、人目を避けるように座り込む一人の男がいた。

男の状態を一言で言い表すならば、まさに【ドン底】だろう。

目の下にある、マジックで書いたかのような隈が、男の精神が限界に近づいていることを表していた。

死んだ魚のような目を虚にしている男。

そんな彼を見た人が思う、彼の評価といえば【小悪党】だろう。

どう頑張ってみても善人には見えない。むしろ喜んで他人を騙し、姑息に陥れることを生業とする人種。

顔で判断してはいけないというが、彼の場合は生来の意地の悪さが顔に出てしまっているタイプだ。

「…………寒い」

路地裏に座り込み、下を向く男の手の甲にハラリと一粒、雪が落ち……溶ける。

百人中、百人が彼を小悪党だと断じるだろう。

彼を見た他者は、騙されることに警戒するだろう。

「……もう、限界だ……」

だが……しかし、この男は既に折れていた……。

既に挫け、他者を貶める余裕は全くない。

言うならば彼は一つの物語の終わりで、エンディング後の悪役だ。ひとり侘しく、ドブネズミのように隠れ住むのがお似合いの結末。

残骸なのだ。

そんな終わった男の前に、小さな人影が現れた。

「うぃ〜ッス。ど〜も〜、お兄さんお金もってなぁい?」

「……ッ!! ヒィ!!」

突然話しかけられた事に、小悪党の男はビクリと大袈裟に震え、壁を背にして、それ以上さがれもしないのに後退りをする。

自分を狙う追手か……はたまた小金目的に弱者を狙うチンピラか……。

どちらにせよ今の自分に話しかける存在など、ロクな者ではない。

しかし、怯えた視線で声のした方へ、卑屈そうな目を向けて見れば……。

「おほっ、期待通りの反応ッスねぇ」

「……おあつらえ」

そこには二人の小さな幼女……。

「……ッ!! あ……」

どうやら追手でも、チンピラでもなさそうだ。

その事に、ホッと息を吐く。

しかし、自分に話しかけるなど普通ではない。

改めて目の前の幼女たちを見てみれば、一人はニヤニヤと笑みを浮かべながらコチラを値踏みするように観察し、もう一人の白髪幼女は横目で興味のなさそうに見ている。

なぜ自分に話しかけてきたのか、それは分からない。

ただの二人組の子供に見えるが、ソレが分からなくて疑念と警戒を含ませた視線を向ける。

「にゅふふふふ、いいッスよぉ。その『負け犬』のような顔……」

「……ちょうどいい」

少なくとも……ロクでもないのは間違いないようだ。

――――――――――――――――――――――

どーも私です。

「ちょっとお兄さん、お話いかが?」

現在、まさに『負け犬』といった様相の男に話しかけております。

おお? なるほどなるほど、こんな子供に対してすら怯えと警戒を滲ませてくるか……幼女ちゃんの言った通りだね。

「な、なんだッ! いったい俺に何の用なんだッ!」

負け犬のオッサンは、精一杯の虚勢を張っているのか、睨みつけてくる。

ふふ、そんなに威嚇しても動揺と困惑、そして怖がってるのが丸わかりだよ。

そんなに遠吠えすんなよ、負け犬らしさが際立つよ。

「まぁまぁ、そんなに怯えないで……お兄さんにも悪い話じゃないからさぁ」

とは言っても、このままじゃ話にならないからね。

いったん落ち着こ?

ほら幼女ちゃんも落ち着かせて、キミが見つけてきた獲物だよ。

「……さいきん……オマエを観察していた……」

「ヒィ!」

「オッケー幼女ちゃん。しばらく口を開くな」

キミに期待した私が馬鹿だったよ。

なんだよオマエヲミテイタって……。

拗れるだろうが!

まぁ、いいや。

どちらにせよやる事は変わらん。

「負け犬のお兄さんさぁ……もしかしなくても『逃亡者』だよねぇ?」

「ッ!! な、なにを! お前らもしかして!」

「あ〜ストップストップ。私たちはお兄さんの事は何も知らないし、……知るつもりもない。オッケー?」

つーか、余計な事情を話して私たちを巻き込むなよ。

うむ、怪訝な表情をしているけど、一応は納得したようだね。

でも、この負け犬……一瞬だけ険呑な目をしたな。もしかして私たちを殺すかどうか迷ったか?

ふむ……ますますおあつらえ向きだ。

仮に襲いかかってきても、すぐそこにスキマ作ってるから簡単に逃げれるしね。

つまり、自分を知る人間を作りたくなかった……子供なら、人知れず殺して目撃されたことを無かったことに出来る。……とか考えたかな。

まあ、一瞬よぎった程度のモンだろうけどね。

なぜならリスクのほうがデカいから。

つまりは、この負け犬……目立つのはマズいんだ。

「負け犬のお兄さんお金持ってる? だったら買ってもらいたいモンがあるんすよね」

「……」

「無言ってことは話を聞く気があるってことで……コレなんだけどさぁ」

そう言って私はポケットから宝石を一個取り出して、負け犬の前の地面に置いてやる。

なんか、野良犬にエサ与えてるみてぇだな……。

負け犬は地面に置いた宝石と私を交互に見比べて、精一杯睨みつけてくる。

「……なんの……つもりだ」

「説明一回で理解できませんでした? 買って欲しいんですよね」

「なんで、俺なんだよ……」

「へへへ、お兄さん。後が無い感じでしょ? 目立ちたくないし、人と関わり合いになりたくない」

ニッコリ笑って伝える。

何も言わないけど、まぁ合ってんだろ。

「奇遇ですね! 実は私たちも同じ穴のムジナでして、目立つのはマズイし……はい、逃げてます。同じような境遇と見ましたけど、どないでしょ?」

幼女ちゃんと別行動をとるようになって数日。

彼女が見つけてきたのが、この負け犬なんだよね。

幼女ちゃんいわく、周りに怯えている。

常に人目を避けている。後ろ暗そう。

『何かから逃げている』

うん、逃亡者のシンパシーと言うべきか……その警戒具合が自分たちの行動に似通ってると判断したんだよ。

つまりは……コイツとは交渉できる……と思ったワケだ。

人との関わりに怯えている。

ってことは、私たちを売る下地もない。

大っぴらに動けないし、目立つ事もできない。

後がないから、私たちの交渉にも乗るかも知れない。

余裕のあるヤツが、こんな怪しい交渉に乗るハズないからね。

この負け犬……私たちにとっては、危険度の低い相手と言える。

「……」

負け犬は、恐る恐る宝石に手を伸ばして観察する。

別に噛みつきゃしねぇよ……。

「……ッ!」

「おっと、売りもんなんスから丁寧に扱って貰いたいですね」

負け犬は、宝石を観察していたかと思えば、急に火傷でもしたかのように宝石を放り投げた。

「お、オマエッ! そ、それ何処から盗んできた!」

「………………………………………………………………おや」

オマエ盗品だって良く分かったね。

「ふ、ふざけるなッ! 子供が持ってていい宝石じゃねえだろッ! ひ、貴族だ……寄るな! その宝石を近づけるな!」

「……ふむ、合ってる。確かにこの宝石は貴族から盗んだモンですね」

「消えろ! 俺は金を持ってない!」

「代わりに換金するだけでいいんですよ? なにぶん見ての通り子供なモンで、売る事ができないんすよね」

マージンはたっぷり払うからさぁ。

「ひ、ヤメロヤメロ! 貴族の盗品なんて売ったらどうなると思ってるんだ!」

う〜ん……交渉ミスったな。

たいした金を持ってねぇだろうな、とは思ってたんだけど、本命はこの男に換金をさせることだったんだ。

最初に貴族の盗品なのを隠したことが、警戒心を深めちゃったか……。

仕方ない……出直すか。

「幼女ちゃん、仕方ないから……」

「……うん、金を出せ」

「ヒィ!」

「違う違う! 出直そうって言ってんの! 仕方ないから『強盗しようぜ!』って言ってるワケじゃねぇのよ!」

「……?」

「え? こわい……」

倫理観、どこに捨ててきた?

ごめんゴミ箱だ。

う、うん。

必要なんだよね。幼女ちゃんが生き抜くために世紀末な思想になっちゃっうのも仕方ない。

「恨みを買うのは最終手段だからね」

「……分かってる」

「ま、また来ま〜す」

「……首を洗って待っていろ」

オメー本当に分かってんのか!

ねぇ、白髪ママさんに会ったら本当に戻るんだよね……これ。

私知らんぞ……。

――――――――――――――――――――――

ザッザッザッ……

負け犬の男が人通りの少ない道歩く。

ペタペタペタ……

その足音に合わせて、後ろから軽い足音が重なる。

「……なんの用だよ。宝石は買い取らないぞ」

「お、ちょっとは落ち着いたみたいッスね」

後ろを振り返れば、昨夜の幼女二人組。

昨晩はいきなりでパニックを起こしていたが、一晩落ち着いて考えてみれば、そんなに警戒をする相手じゃないと気づいた。

どう見ても、自分を狙う追手ではないし、そもそも襲われても子供二人なら何とでもなる。

コイツらは自分を利用しようとしているだけだ。

なるほど、髪の長い胡散臭い少女の言う通りなのだろう。

『逃亡者』……お互い追われている身だからこそ、こっちの事情に縁遠く、関わりがない。

まともに人と関われない事情があるからこそ、ある意味、安全な相手だ。

「いや〜、宝石のことはもういいんですよ。きっぱり諦めました」

「……ならなんで」

「負け犬のお兄さん……後ろ盾がなくても生きていける方法知ってますよね?」

「……」

「だって負け犬お兄さん……薄汚れ方からしても、最近浮浪者になったワケじゃない。……でも痩せてないし、持ち物は最近買い揃えたものも持ってる」

合っている。

確かに後ろ盾も、個人情報も使わずに稼ぐ方法はある。

なるほど逃亡者だ。

生きるために、観察をすることを知っているタイプの逃亡者だ。

「ちょいとソレを私たちにもご教授願えませんかね?」

「俺にメリットがない」

「はっはぁ、それは分かりませんよ?」

「……残飯でも漁っていろ。俺に関わるな」

「なるほど、いい残飯捨ててる場所でも教えて頂けるんですかね?」

「帰れ……」

無視して歩き始めるが、二人の幼女は気にも止めずついてくる。大声で脅すか?

そう思った所で、髪の長い少女は自分の前に立ち、人差し指を立ててきた。

「メリット提示、負け犬ニーサンが逃げてる相手って子連れを探してなくない?」

「……」

「結局人探しってさ、探してる本人かどうかって人間が判断するワケッスよ。私たちと行動すれば、少なくとも子連れって情報はジャミングになるよね」

たしかに……。まさか逃亡中の自分が、子供を連れているとは思いもよらないはず。

「あぁ、今回は情報の後出しはしませんよ。私たちのメリットは後ろ盾がなくても稼ぐ方法……そして、『二人組の美少女』という情報から『親子連れの子供』という見た目に変えること……動きやすくなるでしょ?」

「……」

「なにもずっと付いて回るワケじゃないっすよ。少しの間だけ……私たちを利用しません?」

「……」

最近誰とも会話をしていなかったせいで、喋るのが億劫になってきた。

「あれ、なんか言って下さいよ。何処に行くんですかね?」

だからだろう。

もう、どうでもいいかな……と感じてしまい、答えてしまった。

「…………ダンジョンだ」