軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パワーバランス

『はぁ……我が娘ながら恐ろしいものだな……』

頭の痛そうな顔で手で目を覆う仕草をする、お殿様こと、キモノお嬢のお父様。

なるほどこの甚平お父様が、あのバケモンの製造元かぁ。兵器生産工場も真っ青だよ……。

つっても思ったより普通というか……いやまぁマフィアのボスに相応しい風格はあるんだけど。

「キモノお嬢の親族にしては、人間らしい表情してるじゃん」

想像では、胡散臭い笑顔を貼り付けて、ピクリとも表情を変えずに引金を弾く。そんなヤベェ親のイメージだったんだけど。

「どちらかと言えば娘の教育に困った親父って感じ?」

うん、そうだね。

教育に失敗してるかと聞かれたら、一発で失格になるレベルの失敗だね。

娘さんの性格……バネ並みに曲がってますよ。

いや、曲がってるどころかドリルのように高速回転してますね。

ペットの美少女が保証します。

『まあまあボス、自分の娘にそんな事いうもんじゃありやせんよ』

黒服グラサンの言葉に、大きなため息を吐いて答える甚平お父様。

そこのグラサン……キモノお嬢を見た事ないのかな?

悪いけど心情的には、私も甚平お父様と同じくため息を吐きたいんだけど。

アレが家族とか気が狂うわ……。

『お前、自分が関わらねえから言えんだよ。……あれ、マジで化け物だから!』

『ですね。ボス付きで良かったですよ。お嬢付きになるくらいなら辞めますね俺は』

あ、辞めるならペットのポジションとかどうです?

檻から檻へのドアtoドアで優雅な生活ですよ。

『まぁ、ファミリーには滅多なことで手を出すこたぁねえから、まだいいけどよ』

『ボスの娘に言うこっちゃねえですが、なんかそこが怖くないですか? 知性あるモンスターみたいで……』

『わかる……俺の娘に言う事じゃねえけど』

超分かるわぁ……。

まともな感情なんて持ち合わせてなさそうなのに、ちゃんとコッチの心情を読んで追い詰めてくるところとか……。

思わずスキマから飛び出して、会話に混ざりたくなる衝動に駆られていたら、もう一人の黒服グラサンが控えめに手を挙げて、存在を主張してきた。

『あのぉ〜、お嬢ってそんなにヤバいんですか?』

『……ふっ』

『……へへ』

そんな素朴な疑問に、甚平お父様と黒服は顔を見合わせて『なんか言ってますよ奥さん』とばかりに同時に肩をすくめる。仲良いなお前ら……。

『お前は見たことねえんだったな。いい機会だから教えてやる……』

甚平お父様は軽く背筋を伸ばして目をつぶる。

『この【クロックシティー】に関してだ。この街についてどう思う?』

『そうですね。歴史ある街かと……観光客も多いですし』

キモノお嬢の話をしていたはずなのに、真っ先に街の名前が出てきて少々面食らう黒服グラサン……と私。

その話長くなりますかね?

『そうだな、表を見ればそうだ。だが、裏を知っている人間からすると、少々物々しくなる。俺から言わせると『滅びていないのが不思議』なくらいだ』

『……』

え? 今すぐ脱出した方がいいですかね?

あ、まだ逃げらんねぇんだった。

『普通なら巨大な街一つあれば充分支配してしまえる【勢力】があったとしよう。このクロックシティーにはその勢力が多すぎるんだ』

『……えぇ〜、じゃあその勢力同士がぶつかったら』

『まず間違いなく街はとんでもないことになるな……』

『ヤバいじゃないですか……もちろん温和な勢力ばかりじゃないんでしょ? なんで滅びてないんですか……』

『ふむ……』

甚平お父様は片目をクイっと上げて、しみじみと呟いた。

『なぜか……と問われれば、勢力が【多い】からとなるな』

『……お互いが牽制しあってる……とか?』

『近いところまではきている。まず原因の一つが、それぞれの勢力が畑違いなところだな。本来なら諍いを起こすほど関わりがない。もう一つは、この街が広いことだ』

『……棲み分けができているってことですかね?』

『そうだ。いわば縄張りだな。俺たちマフィアには馴染み深い言葉だろう。それを拡大しただけだ。クロックシティーの区域でソレをやっているんだ。ここでいうとオクトー区域だな』

『それでも血の気の多い勢力なんかは、お構いなしで問題起こしそうですけど……』

『そう、だが区域ごとにいる勢力がソレを許さない。つまりパワーバランスが崩れない限り、その勢力との衝突は滅多なことで起こらないんだ』

『なるほど……オクトー区域におけるパワーバランスの一角が【 バイラールファミリー(ウチ) 】というワケですね』

『……そういうことに……なってるな』

んお? どうした浮かない顔して。

ウチのマフィアはスゲーんだぜ! って言いたいんじゃないの?

『オクトー区域におけるパワーバランスの勢力は二つある……一つは教会と呼ばれる勢力。とにかく数が多く、人材も豊富だ。そしてもう一つはバイラールファミリー……なんだが……』

ここで甚平お父様は、姿勢を崩して足を投げ出し、お手上げのポーズを取った。

『オクトー区域にあるマフィア全部を合わせても、パワーバランスの一角なんて届かんわ』

『はぁ?』

『このオクトー区域には、現在37のマフィアが存在しているが……』

『あ、この間お嬢に潰されて35になりました』

『なにしてんのウチの娘』

『安心してください。吸収されました』

『……ま、まあいい。とにかく勢力同士が衝突するだけで街を滅ぼすような力だぞ? 確かにマフィアは巨大な組織そのものだが、パワーバランスの一角はレベルが違うんだ』

その宣言に静寂が部屋を包み込む。

『じゃあなんで、ウチが勢力の一つだって言われてるんですか?』

『いるだろウチに……バケモノが……』

『え? 嘘でしょ?』

『俺の娘こそが、オクトー区域におけるパワーバランスの一角……』

『勢力の話ですよね!?』

『いるんだよ……この世にはな。単独で勢力と同格に扱われる存在が。エルテは個人で勢力だと判断されてるんだ』

『……』

『もっとも、エルテ自身はそんなものに興味がないのか、バイラールファミリーとして行動しているけどな。大人しくしているだけで、本来ならマフィアなんぞに手に負える存在じゃねえんだ』

言われた黒服グラサンは、無言で考えこんでいたが、イマイチ信用しきれていないのか微妙な表情だった。

――――――――――――――――――――――

所々に灯りがある長い廊下。

その廊下を、色鮮やかな着物を着た女が、足音もなく歩く。

キモノお嬢こと、マフィアの娘であるエルテ バイラール。

個人でありながら、オクトー区域のパワーバランスの一角と称される彼女。その顔に浮かぶのは、張り付いたような笑顔。細められた糸目からは感情が読めず、見るものに不安を感じさせる。

その後ろを、二人のメイドが付き従うように、ついて来る。

「……ッ」

不意に後ろを歩くメイドが、自身の着物のスソで口を覆いながら、青い顔で庭園を見た。

「どうしたの?」

「お、お嬢様……あれを……」

キモノお嬢の言葉に、メイドは庭園を指さして異常を伝える。

「あぁ……最近話題になってるアレね。初めて見たわ」

庭園をユラユラと漂う、淡く、暗い炎。

発火物などないはずなのに燃え続けるソレは、確かな意思を持って、迷子のように移動する。

「ふぅん……」

キモノお嬢はバッと扇子を開くと、ゆっくりと踊るようにソレを頭上へと掲げる。

そして……

「実態は……なさそうね?」

メイドの目には、いつの間にか目の前から消え、庭園を闊歩する炎の背後で、扇子を振り抜いているキモノお嬢の姿があった。

キモノお嬢に斬られたであろう炎は、その形を真っ二つに切り裂かれ、その衝撃でスゥ……と掻き消えた。

「熱もないみたいだし、何かしらねこれ? 自然現象かしら?」

本来、動くものから遠ざかるように設定された炎。

それを事もなく近寄り切り裂いた彼女は、興味深いものを見たとばかりに、張り付いた笑顔の糸目を怪しく細めた。

――――――――――――――――――――――

「シュタッとな」

スキマから飛び出した私は、甚平お父様の出て行った部屋に着地しながら辺りを見渡す。

「ふむ、結局たいした情報はなかったかな?」

分かったことと言えば、『キモノお嬢ヤベェな』という分かりきった事だけ。んなもん知ってるつーの。

「あとは……」

座布団の飾りに混ぜられたアタッシュケース……。

中身はキモノお嬢が持ち帰ってきた『天然コア』と呼ばれる存在。

「とはいえ……別段なにも感じないね」

もしかしてダンジョンの収穫物になるかなと思ったんだけど、そんな感じもない。

「幼女ちゃんから見たらどうかね?」

お土産に持って帰りたい気持ちもあるけど、流石にこれが無くなると洒落にならん騒ぎになりそう。

「……それに」

アタッシュケースの入ったガラスケースを、ジェットブーツでガンガン蹴ってみるがビクともしない。

「ふむ……普通のガラスケースじゃない? というかコレ、幼女ちゃん案件かな」

つまり魔術関連の施錠なんじゃねぇかな? 大事なもんなら管理が厳重になるだろうし。

こうなると私じゃ開ける事はできない。

「まぁいいか、別に欲しくもないし……」

そんなんで探索に戻ろうかね。甚平お父様が部屋に入って来たせいで時間くっちまった。

ジェットブーツを使いながら屋敷の中を探索を継続。

そして、屋敷の外側を探索していて見つけたソレ。

「ん〜……なんだろ、神社に続く階段みたい?」

山肌に作られた石の階段。

このマフィアの本部は、山間部に作られているからね。起伏が多いんだけど、ソレに沿って作られた、灯りが等間隔に備え付けられている階段を発見した。

「せっかくだから行ってみるか」

ちょいと階段の段数が多そうだから、斜めになった縁石をジェットブーツで滑走。

あっという間に一番上まで辿り着いた。

「へ〜綺麗じゃん」

階段の上は、神社の境内を広くしたような見通しのよい敷地が広がっていた。

石畳が直線に伸び、その向こうに屋敷がみえる。

そして、それに続く脇道には花びら舞い散る木々がライトアップされていた。

散りやすい花びらなのか、ハラハラと舞い落ちるソレは風に吹かれ、石畳に花びらの絨毯を作っている。

「似てるけど、桜の花びらって訳じゃなさそうね……」

飛んできた花びらを一つ掴んで観察してみるが、桜の花びらにしては形が違う。まぁ異世界だからね。

「しかし……妙に鮮やかな所だなぁ」

下の屋敷は言わば『質実剛健』。

対してここは見栄えが良すぎるというか……。

なんというか、イヤな予感がする。

「一応、領域畑にしとくか……」

前方に見える屋敷に向かって、領域畑を広げる。

そして屋敷の廊下を進みながら、角を曲がろうとした時……。

「……ッ!!」

私は慌てて口を塞いで、角に引っ込む……。

そして気づいた。

なんで、ここがこんなに鮮やかな場所だったのか……。

いったい誰の趣味なのか……。

角を曲がった時、一瞬だけ後ろ姿が見えてしまったのだ……。

遠くの角を曲がって行った、鮮やかな着物姿の後姿を……。

や、や、ヤベェーーー!!

ここ、キモノお嬢の私邸じゃねぇか!?

軽い気持ちでとんでもない所に迷い込んじまった!

あかんあかん。

こんな所一秒でも長く居られるか!

私は安全な檻に戻らせてもらう!

幸い、私が見たのは角を曲がって向こう側に去っていく、キモノお嬢の後姿だけ……。

見られていなかったのは不幸中の幸いだね。

もうこんな所、二度と来ねぇよ。

来た道を引き返すため踵を返す。

「あらあら……おかしいわねぇ……」

目の前に艶やかな壁があった。

私はゆっくりと視線を上げる……。

「ケージに入れておいた猫が……逃げ出してるように見えるのだけど?」

顔に影をさした、笑顔の糸目が、私を見下ろしていた。

「に、にゃおぉ……」

ホギャャァァアアアアアーーーーーー!!

見つかったーーーーーーー!!!