作品タイトル不明
仕掛けの糸
は? と、間の抜けた声が漏れそうになるのをどうにか抑え、一応は周りに気を使い、平静を装って小さく返す。
「意味がわからねぇ」
「わかりませんか? 本当に?」
ユノはそんなはずがないと言わんばかりに俺へ問い直す。
だが、そう言われたところで。教会が自分から敵を増やすような真似をする意味はわからねぇ。
ガルバリオ皇国の国民は現在の一部を除いて、全員が加護信仰の信徒だと言っていい。
国家宗教。つまるところの国教とまではいかないが、建国からこっち。加護信仰に対抗する宗教は現れず。その結果、国民は教会に異を唱えることはなかった。
潜在的な不満。本当に神など存在しているのか? しているとして、自分達になにを与えてくれるのか? 今、自分達が不幸なのは神のせいなのか? そういうものを抱えながらも、改宗という選択を与えずに来た。
それを今頃になって。しかもよりにもよって、対抗となる望福教への勧誘。
意味をわかれっつー方がどうかしてるだろう。
それに。
「勧誘してどうする気だ? つーか、勧誘したところでどうやって望福教へ引き渡す?」
教会と望福教の間に繋がりがねぇんだから、勧誘自体が無意味じゃねぇか。
「やっぱりお気づきじゃないですか! そこが肝だとお爺様もおっしゃっていましたよ?」
「爺が・・・?」
正直、なんにも気付いちゃねぇが、肝だっつーんならなにかしらがあるんだろう。
教会にとっての不利益は、信徒の減少による勢力の衰退。並びに、対抗勢力の拡大。
その対策が対抗勢力への勧誘。
こんなおかしな話はねぇ。
そもそも2つの勢力は完全に独立してて繋がりはねぇはず。だから勧誘なんて・・・と思ったが、そうか。
勧誘ってのが嘘だったとしたら、どうだ?
教会の体制は今さら変えられない。だから潜在的な不満は解消できない。
そこに付け入って勢力を伸ばしつつあるのが対抗勢力たる望福教。
当然、教会としてはその流れを止めたい。
そこで取った行動が嘘の勧誘。
不満は解消できないが、聞いてやれないわけじゃない。
否定せず、肯定して、こう切り返す。
『だったら望福教という宗教があるよ』と。
不満を引きずり出すと同時に肯定し、紹介されれば相手も話ぐらいは効くだろう。
そこで、望福教と同じ名前を使って。
ただし、教会にとって都合がいいように改変した偽物を作る。
内容はなんでもいい。神を信じなくてもいいが、それ以外も信じない宗教。あるいは、神を信じながらも、それ以外も信じる宗教。
神を排し、人を主に置かなければ、それだけで別物になるからだ。
そうすることで、本物の望福教への信徒の流入を防げ。さらには、教会内に特別区のような形で偽物を置いてれば、外から見た分には教会の勢力は衰えてねぇように見せかけることが出来る。
だがしかし、実しやかに噂は流れるだろう。
望福教という加護信仰とは異なる信仰があり、そこを紹介してくれる店がある、と。
加護信仰に不満を持つ皇都民に対しては甘い誘惑に過ぎないが、本物の望福教信徒に取っては覚えのない話だ。
不審に思えば調べにも来るだろう。そこで、この事実を知ればどうなるか。
名を語られ、教義を歪められ、信徒を奪われる。
相手にとってこれほど嫌なことはない。
それこそ、即座に行動に移すぐらいには。
「なるほど。釣りか・・・」
つまり、この店は陽動。本物の望福教信徒を誘い出すための罠だ。
「流石はゼネス様ですね!」
ご褒美とばかりにくっついてくるユノ。
それにしても、だ。
「お前がここにいる理由は?」
この店と教会の関係はわかった。
だが、こいつがここにいる理由にはならねぇ。
「他の宗教に勧誘するようなお店にいる聖女は、傍から見たらどう見えるでしょうか?」
「教会側の監視か・・・裏切者、だろうな」
周りの視線を集めてねぇんだから、内通者ってことなんだろうが。
「適任とは思えねぇな? さっきの兵士も、お前を聖女とは知らなかったようだしな」
「それは・・・そうかもしれませんね。なったばかりというのもありますが、あまり公のお仕事をお受けしてませんでしたから。ですが・・・意味ならあるのです」
俯くユノに、俺は声をかけずに待った。
国民に対してじゃねぇんだとすれば。自然と、意味のある対象は相手側の望福教信徒ってことになる。
「望福教には。私の両親も参加しているそうです」
ユノはずっと抱いていた俺の腕から離れ、姿勢を正してそういった。