作品タイトル不明
白魔導師、お願いする
「ユイ、少し待ってくれないか?」
走っている途中で、俺はユイを呼び止める。
「えっ、いいけど……」
ユイがゆっくりと速度を落とし、立ち止まる。
何故、こんなところで足を止めるのかと、疑問に思うのは無理ない。
確かに今は、イシュタルへと急ぎがなければならない。
しかし、その前にやらなければならないことがあった。
追っ手が来ていないことを確認し、俺は獣人の女の下ろす。
「あの……」
ここに置いていかれると思っているのだろうか。
女性が不安そうな表情でこちらを見ている。
勿論、置いて行く気など、まったく無いんだが……
「いや、回復魔法をかけようと思ってな。それじゃ、痛いだろ」
俺はそう言い、女の腕に触れた。
そして、回復魔法の呪文を唱える。
唱えるのは、あえて何の魔法かを詠唱することで伝えることにより、警戒を和らげるためだ。
「ヒール」
詠唱と同時に、女の身体が淡い緑色の光に包まれる。
身体中にある傷やアザがゆっくりと消えていく。
「凄いわ……これがヒールなの?」
獣人の女が回復してく様子を見ていたユイが、目を丸くしながら言う。
ユイのいう通り、普通のヒールにここまでの回復力はない。
だか、それは普通のヒールの場合の話である。
「このヒールは改良されたものだ。まぁ、俺が改良したんじゃなくて、師匠に教えて貰った奴なんだが。普通にヒールを使うより、効果がよく魔力の消費量も抑えられる」
魔法の改良じゃ、師匠の方が何倍も上だ。
俺が改良するよりも、遥かに良いものを作り出す。
このヒールだってそうだ。
それでも回復系最上位職とも呼ばれる『聖女』にはかなわないため、勇者パーティーにいたときは使う機会がなかったが......
「もう大丈夫か?」
「はい、その……ありがとうございます」
獣人の女が頭を下げる。
よし、怪我の方は大丈夫だそうだ。
だが……
「立てないか……」
「はい、すみません」
長い間、監禁されていたのだろう。
足だけでなく、全身の筋肉がかなり衰えている。身体強化をかけたとて、まともに走れはしないだろう。
歩くことも無理そうだな……。
これは歩けるようになるまで、かなりの時間がかかるかもしれない。
「なぁ、魔法は使えるのか?」
「ひぃっ……」
女が座ったまま後ずさる。
怯えた目をしており、身体がビクビクと震えていた。
おそらくだが、自分の魔法を利用するために、先の魔族のように酷いことをすると思ったのだろう。普通、そんなことをするように見えるだろうかと疑問に思うところだが。
そんな悪い考えが頭を過ぎるのも、彼女の置かれていた環境を考えれば無理はない。
「すまなかった……そういうことじゃないんだ。俺はあんたを、奴等のように利用しようなんて微塵も思ってない。ただ、そのモンスターを操る魔法の力を借りたいだけだ」
ユイは俺の唐突に発したセリフに驚きこそすれども、口を挟んではこなかった。
また、それを伝えると、女は何かを察したらしい。何が起こっているのかさえ、察したようで暗い表情で俯いた。
やはり、関係あるみたいだ。
俺は今、森で起こっていることを話した。
そして何故、彼女の魔法が必要なのかも説明する。
「そうなんですか……魔族は、私の魔法でそんなことを」
女が悲しそうな顔をしながら俯く。
反応から察するに、モンスターを操っていたのは彼女の魔法だったんだろう。
「やっぱり、あんたの魔法だったのか……」
彼女からあの黒い石と同じ魔力を感じられた時点で、確信は持っていた。
おそらく魔族らは、無理やり魔法を使わせ、何らかの手段であの石に魔法を付与させていたのだろう。
俺は収納魔法で小屋からくすねてきた杖を取り出した。
あの黒い石が先端につけられた杖だ。
「あっ、それって魔族たちの」
「あぁ……逃げる時にくすねてきた。あと大量にあったマナポーションもな」
マナポーションもこの黒い石も、微小ながら魔力を発している。
そのため、煙幕の中でも回収することが出来たのだ。
俺は手に取った杖を地面へと投げる。
「ユイ、この石を壊せるか?」
「うん。ロイドの強化魔法があればいけるわ」
「そうか……それじゃ頼む」
俺はユイと武器に強化魔法をかけた。
剣を振り下ろし、ユイが黒い石を粉々に砕く。
これでモンスターたちにかけられた魔法は解けたはずだ。
だが、これでイシュタルが救えたわけではない。
あくまでも、モンスターにかけられた魔法を解いただけに過ぎない。
「名前は何て言うんだ?」
獣人の女に尋ねる。
すると彼女は、ほんの一瞬だけ躊躇う様子を見せた後で、俺の問いに答えてくれた。
「えーと、その……私は、クレハっていいます」
「そうか。それじゃクレハ。早速ですまない、お願いしたいことがあるんだが……」