作品タイトル不明
白魔導師、の妙縁①
真っ赤な髪に、くっきりとした黒縁の眼鏡……キリッとした顔立ちに、女性としては高めの身長。
あまり外出しないのか肌は白く、手足は健康的な範囲で細い。そんなクールな印象な彼女は俺たちを一瞥すると、直様こちらの事情を理解する。
「ダンジョンの挑戦者の方ですか?」
「えっ、何でわかったの!?」
ユイが驚きの声を上げる。俺たちも声にこそ出さないが、多少は驚いていた。ルシカや馬車のおじさんにはそんな話をしたが、伝わるにしては早すぎる。いや、あり得ないと言っていい。俺たちはここまでほぼ一直線で来たのだから。田舎では噂がすぐに広がると聞くが、そんなレベルじゃない。
「こんな田舎に 冒(・) 険(・) 者(・) が来る理由なんて、それくらいです」
確かに、冒険者が来る理由はそれくらいかもしれない。この周辺に、割りの良い仕事や依頼があるとも聞かないし、ここに来るまでの労力も馬鹿にならない。時間も旅費もかかる。
それでいて、この辺り一帯には、冒険者目線では本当にダンジョンくらいしか、特出した箇所はない。
だが、俺たちはまだ冒険者とは名乗っていない。
俺たちの格好は行商人の類とは思えないが、しかし、冒険者と断言するには足りない。装備も大抵は収納魔法でしまっているため、一見するとただ、動きやすい格好をした集団だ。
「立ち方、筋肉のつき方……それに、人によっては中々の魔力をお持ちのようです」
あたかも俺たちの心中を読んだかのように彼女はそう言い、スッと右手首に嵌めたブレスレットをなぞった。ブレスレットには彼女の髪色と近い真紅の宝石が一粒、埋め込まれている。
「宿泊の対価については、すでに聞いていますか?」
「はい、旅の話ですよね」
「すでに存じているようですね」
シリカの言葉に、静かに頷く。
「では……どうぞ、中へ。私の名前はニヴィアです。以後、お見知り置きを」
底の知れない奇妙な雰囲気を漂わせながら、ニヴィアはついてくるよう言い、屋内へと進んでいった。
一般の家屋にしては長い廊下を、ニヴィアの背中を追いかけるように歩く。
ニヴィアらの家族の居住区は、この図書館の一階に併設されているらしい。
歩く間、その辺りの事情を軽くだが話してくれた。
昔は広めのキッチンやリビングが一階にあり、その他の生活スペースは二階だったそうだ。と言うのも、キッチンや広めのリビングは図書館の来館者や、時折村のイベント、定例会などで使われてるそう。
子供達にお菓子を振る舞ったり、祝い事で使用されてきた。
だからこそ、昔からずっと、アクセスのいい一階にあるらしい。
そして、そのほかは完全にプライベートな部屋になるため、あえて一階に置く理由がなかった。むしろ、アクセスの悪い位置にあるのが好ましい。
しかし、ニヴィアの姉が産まれてから数年後の増築のタイミングで全てを一階に持ってきたそうだ。
ニヴィアの姉は、自らでは歩くこともできない。
たかが二階。それでも、歩くことの出来ない姉には結構な重労働である。子供の頃ならまだ、両親が抱き抱えるなりで上がることもできるが、大きくなればそうはいかなくなる。
そんな理由で増築の際、移設された居住区。
全体を改築しているわけではなく、あくまでの部屋を付け足しているため、その結果今は、当時使っていた部屋が、空室として残っている。俺たちは、そこを使わせていただけるとのことだ。
これと言って荷物を持っていないことを確認すると、ニヴィアは真っ直ぐ一階のリビングへと通した。
リビングにあるテーブルにつくと、冷えたお茶が振る舞われた。
「ありがとうございます」
このお茶も、この集落で栽培され、作られているもののようで、近くの街でも売られているらしい。そしてかなり好評とのこと。売り出されると、その日のうちに売り切れるほど人気だそうだ。それがこの集落では当たり前のように、振る舞われる。
「美味しい」
シリカの感嘆の声を聞き、ニヴィアは「ここにいる間は好きなだけどうぞ」と言葉を返す。
確かに美味しい。そして、飲んだことがあるような気がする。
まぁ、きっと気のせいだろう。そこまで味覚が繊細なわけでもないし。
そんな様子でお茶を頂いている間に、ニヴィアは無詠唱の収納魔法で村の地図を取り出し、テーブルに広げた。追加でペンとインクを取り出し、幾つかの場所に印を付けていく。
「これは?」
ユイが地図を覗き込みながら尋ねる。
「ここに滞在する上で知っておいた方が良いと思う場所に印をつけておきました。ここが銭湯で、ここが雑貨屋です。そしてここが村唯一の鍛冶屋……狩りで扱う道具もここで生産、手入れされています。あとは」
淡々と、村のどこに何があるかをざっくりと説明していく。
そうして一通り説明を終えると、印のついた地図を無料でくれた。
「何から何まで、あいがとうございます」
「いえ……」
それから、一旦銭湯で汚れを流してから、という流れになり、俺たちは図書館を出た。と言ってもまだ、図書室と呼べる部屋は見れていないのだが。
俺やシリカはルシカが凄いと絶賛する図書室を見るのも楽しみにしていたりする。期待しすぎも良くない気がするが、帝都に住まうルシカが言うのだから、期待せずにはいられない。
ここに来るまでにも見た、美しい緑を眺めながらぼんやりと歩いていると、図書館から少し離れたあたりで、ユイが足を止め、こちらを見た。
「ねぇ、ロイドは気がついた?」
「ん? 何がだ?」
周囲をくるりと見回すが、特に気になるものはない。
相変わらず、美しい緑と調和した家屋が立ち並ぶのみ。それ以前となると、初対面の際にニヴィアという女性は、ブレスレットを用いてなんらかの魔法を使っていたことくらいだろうか? 珍しいが、アイラも指輪も用いて魔法を使っていたし、改めてどうということはない気がする。なんなら、ユイだって剣を用いて魔力を用いた奇妙な技を使っていたし。
「それじゃ、ロイド以外は?」
「あのお姉さん、無詠唱で収納魔法を使ってた……ってことだろ?」
クロスはそうユイの問いに答え、ユイは正解だと頷いた。
シリカたちもそのことに、何か思うところがあるらしい。
「でもまぁ、そういうこともあるんじゃないか? 無詠唱くらい」
「そのくらいってどうかと思うけど……でも、確かに。無詠唱はぶっちゃけオマケね。それより驚いたのは収納魔法」
「収納魔法?」
それこそ、特別難しい魔法ではない。
ユイたちだって、そこまで時間をかけずに習得していたし、今となってはそこそこの量を異空間へ収納できるようになっている。
「ロイドさんの言う師匠やそのご友人は平然と使うと聞いていますが、私たちはロイドさんと出会ったあの日より以前、あの魔法を目にしたことはありませんでた」
シリカの言葉を受け、記憶を遡ってみる。
「そうか……言われて見れば、そうだな」
それこそ師匠やその友人は当たり前のように使っていたし、俺もその利便性の高さから、習って以降ずっと愛用させてもらっている。だから、気づきに遅れたが……改めて思い返してみても、俺は師匠関係の人間以外で、あの魔法を使う人をあまり見た記憶がない。
俺の姉であり、マキナという未だ謎大き人物の部下でもあるアイラや、魔王軍四天王のクラウンという、例外もなくはないが。
「どこであの魔法を知り、会得したのか……聞く気にはなりませんでしたが、気にはなります」
Sランク冒険であるシリカでさえ、知らなかった魔法。
「でも、そういうこともあるんじゃないか? 師匠が知ってて、使えるくらいだし」
他にも知っている人がいたとしても、俺は納得できる。
しかし、四人はそう言うわけでもないようで。
「まぁ、それはそうかも知れないわ。おかしくはない。でも、只者でないと判断するには十分だと思わない?」
ユイの言葉を受け、今一度深く考える。
収納魔法は便利な反面、存在そのものが危険でもある。あの魔法の有無で、出来ることは一気に増える。それは良い意味でも、悪い意味でもだ。例えば、武器の持ち込みが厳重に禁じられた場所に、こっそり武器を持ち込むことができる。毒物を持ち運ぶのも容易だ。どれだけしっかりと持ち物検査をしようと、意味のないのだから。対策するには、アイラが捕まっていた時のように、魔力を常にすっからかんにしておくか、あるいは魔法そのものの使用を阻害し続けるかしかない。
そう言う意味では、収納魔法の使い手は警戒すべき対象といえよう。
なるほど。そう言うことが言いたいのか。
「そうだな。一応、警戒しておこう」
そんな俺の言葉は、しかし、不思議なことに四人にスルーされてしまった。
◇
銭湯から戻ると、ニヴィアは淡々と夕飯の準備を進めていた。パチパチと油が跳ねる音と、肉となんらかの調味料の混ざった香ばしい香りが漂ってくる。それと並行し、なれた手つきで野菜をカットしていく音が、一定のリズムで聞こえてくる。
どうやら、俺たち五人の分も用意してくれているらしい。
それはとてもありがたいが、ここまでしてもらうと流石に申し訳なさを強く抱かずにはいられない。
だから、何か手伝えることはないかと聞くと、色々と些細なことを頼まれた。
シリカとクロスは、今度子供達を呼んで行われる行事の準備を、ダッガスは重たい荷物の倉庫からの出し入れと配置を。
そんな中、俺とユイは姉の手伝いを頼まれる。
というか、ユイが俺について来て欲しいと懇願してきた。本来、ユイとシリカの組み合わせが最適な気がするが……きっと、ユイはまだ諦めていないのだろう。
本当に、できることなんてないと思うが。
姉の部屋の扉をノックすると「どうぞ」と、か細い声が返ってくる。「失礼します」と言いながら開けると、部屋には車椅子に腰掛け、本を読むニヴィアの姉の姿があった。
名前はエレイン。妹のニヴィアの髪を少し脱色したような桃色に近い髪は、短めに整えられており、顔つきもクールな印象のニヴィアと違い、柔らかく優しげで、同時に儚げな印象を覚えるものだった。妹と同様に、眼鏡もしているが趣味趣向の違いか、存在感がやたらない縁をした、いかにも軽そうなものをしている。
姉妹なのだろうが、言われなければまず気づくまい。それくらい、二人の雰囲気は大きく違う。
「お話に聞いています。ユイさんとロイドさんですよね。すみません。探し物を頼みたいのです」
図書館の中から、指定の二十五冊の本を探し出す。それが俺たちの頼まれ事だった。二十五冊……車椅子から降りれないエレインには結構な重労働だ。だから、手を借りれるうちに、まとめて探しておきたいと。
その分、冊数は多いが、俺とユイならば十数分もあれば十分だろう。
それならば別に問題ない、などと思ったが。
図書館に足を踏み入れ、しばらく言葉を失った。
「……これは、確かに骨が折れそうね」
目の前にずらりと並んだ、俺の背丈の倍近くある高さの本棚を見て、そんな言葉をこぼす。民営の、それも一家の運営する図書館。確かに外から見た際、家は『屋敷』と呼べるほどに広かったが、それでも多少舐めていた。
イシュタル辺りの規模感の街にある公営の図書館と、なんら大差ないではないか。しかも、ぎゅっと棚が詰め込まれている分、さらに多く目に映る。
認識の甘さを痛感する。
「この中から探すのか」
「はい。見ての通り、私には上の方にある本は目視することも難しくて」
敷き詰められた本棚と本棚の間は狭く、車椅子が辛うじて通れるレベル。車椅子に座ったままに、上の方の棚を見るのは角度的にも困難を極める。しっかりと固定されてるため、棚が倒れることはなさそうだが、にしても随分高い棚だ。
だからだろう。至る所に運べる台が置かれている。
「ちなみに、本がある部屋はここだけでじゃなくて……一階に過去の増築分の部屋が二つと、二階にも……」
十数分……じゃ無理だな。
「シリカたちも、用事が終わったら頼むか」
「そ、そうね」
「すみません」
まるで迷路のように思える本棚の隙間を歩き、目当ての本を探していく。しっかりと、ジャンルやタイトルの頭文字で分類されているが、それにしても大変な作業だ。
「えーと、これは恋愛系……って、どこだ?」
「こっちは、推理ものね。ロイド、推理のエリアってどこかで見かけなかった?」
「いや、まだ見てないな」
そんな会話を交えながら、エレインの知恵もかり、いくつかの本を探していく。
「これ、管理が結構大変なんじゃないか?」
台に登り、目当ての本を探しながらエレインに問いかける。
「換気なんかはニヴィアが魔法で行っています。掃除は、街の方と協力したりしながら。紛失することはしばしあるでしょうね。流石に全てを把握しきれてはいません。何代にも渡って積み上げてきた弊害ですね」
自分の代ならまだしも、両親やさらにその親世代に仕入れた本は把握しきれない、と。だからだろうか。ジャンルごととは言ったものの、完全に綺麗に整理されているわけではなかった。
それが目的の本探しが、難航している大きな理由だった。
結果的に、五人がかりでなんとか全ての本をかき集め終えた。それでも四十分以上はかかった。まだ若く、特にハンデのない俺たちでさえ、結構大変だったのだ。エレインだけでは、途方もない作業になったはず。
集めた二十五冊の本を、エレインの自室の部屋の本棚に並べる。
「ありがとうございます」
「いや、泊めてもらうんだ。これくらい、なんてことない」
俺の言葉にユイたち四人も頷く。
宿泊の対価としては、安すぎるくらいだ……多分。
俺たちん頼み事が終わる頃には、夕飯が完成していた。ユイがエレインの車椅子を押しながら、リビングへと向かう中、
「妹のことも、よろしくお願いします。妹は、外の人の、特に冒険者の話を聞くのを楽しみにしています」
たった二十五冊の本を探すのに俺たち五人が苦労した通り、この図書館には多くの過去が文字として納められている。それこそ膨大な過去が詰まっている。
しかし、そんな書物をどれだけ読み漁ろうと、今現在を知ることはできない。今を知るには、自分の足で動き、その目で見るか、人に聞くしかない。
「私のせいで、妹は大きな好機を捨てました」
「好機?」
「昔、遥々遠くから来た方が、妹を誘ったことがありまして」
「へぇ、どんな人だったの?」
ユイの問いにエレインはどう答えるか……じっくりと言葉を選別してから、口を開く。
「美人さんで、溌剌としていて、行動力に溢れていて、それでいて驚くほど凄く博識で……少し我儘で、傲慢な不思議な魅力のある人間でした」
ずっと引きこもって本を読み耽っているエレインほどではないが、ニヴィアも博識で、豊富な知識が頭に詰まっている。また、知識のみならず、実際に大陸を見て回っている分、本だけでは得られない知見を持っている。
ニヴィアを誘った人元は、そんなニヴィアでさえ、驚くほど博識だったらしい。
「私も何度かお話ししましたが……本当にすごい方でした。それに、ここにある棚五、六台分くらいは、彼女は寄贈してくれた本なんですよ」
ここの棚五、六台分、となると相当な量だ。相当な金がかかる……と言う無粋な推測はやめておくとして、どうやって持ち運んだのかが気になる。やはり、収納魔法だろうか。とすると、ニヴィアに教えたのはその人物だろうか?
一体、何者だろうか。
「多分、ニヴィアは彼女についていきたかったはずです」
まだ出会って時間はたっていないが、実際に見て、そして周囲から聞いたニヴィアの性格ならば、断りはしなさそうに思える。
「妹は、私を理由にそれを断りました。何度か勧誘を受けていたようで。旅に同行した時期もあったようですが、結局は戻ってきてしまいました」
「そんなことが」
エレインは車椅子を押すユイの手にそっと触れ、止めさせると、自力でくるりと方向転換する。
「どうか、姉をよろしくお願いします」
エレインは車椅子に座ったまま、丁寧に頭を下げた。