作品タイトル不明
魔王の歩み①
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魔導国で最も栄える大都市……レイクからも見える、立派な屋敷こそが魔王城であり、歴代魔王の住処であると同時に、魔王軍の最重要拠点でもあった。三大国のどの国家の城よりも大きく立派で、長らく改装を重ね、使用されてきたその城は装飾含め豪華なのに、美しさ以上に禍々しい雰囲気を纏っている。
決して、禍々しさを際立たせるような、悪趣味な装飾があるわけではないのに、だ。
その城に何代と住んできた、先代の魔王らの力の残滓がこびり付き、そんな異質で、恐怖を覚える雰囲気を生み出している。
魔王……魔導国の王は、三大国とは大きく意味合いが違う。
魔王のその座に血筋は一切関係ない。
魔王とは、最も強い魔族が得られる称号であり、魔導国に住まう魔族らにとって絶対的な地位である。帝国を超えるほどの実力至上主義が蔓延る国家をまとめ上げるには、皆をひれ伏させる暴力が求められる。
そのため、常にその座が埋まっているわけではない。いくらその座が空席であれど、半端な実力では誰も付き従わない。運により、その座が回ってくることは絶対にない。
だから、歴代に弱い魔王は一人もいなかった。
――半端な王は要らない。
魔王には、他の魔族と比類しない絶対的な力が必須である。
それゆえ、力だけのそれはそれは酷い魔王が支配した時代もあったが、大勢は「己が無力のせい」で納得してきた。そして、そんな己の無力を呪った魔族から、新たな魔王が誕生した過去もある。
そんな、側から見れば歪な国家である。
数年前。そんな超がつく実力至上主義の国家である魔導国の天辺に、新たな王が生まれた。
かつて、大賢者らの前に敗れた魔王の実子……クロノス。
細い手足に、爽やかな印象を覚える整った、可愛さを覚える中性的な顔。背丈は人並み。全体的に見ても、恵まれた体躯という感じもなく、その真っ白な髪も相まってか、病弱ささえ覚えるその容姿は、歴代の魔王の中で最も威圧感がなく、威厳は感じられない。
むしろ、優しい青年といった風貌だ。
しかし、目の前に立つと、その評価は一変する。
クロノスは特異な体質ゆえ、常時、息が詰まるような空気を、何気なく、意図せず放つ。
その瘴気とも変わらない魔力のせいで、弱者は近づくことさえ許されない。面と向かって、平然としていられるのは一握りの強者のみ。
そんなクロノスは、優しげな笑みを浮かべながら、長方形のテーブルの最奥に位置するように、優雅に腰掛けている。
上機嫌に、体をゆらゆらと揺らしながら、全体を見回す。
テーブルに並んだ椅子は、クロノスの座るものを除けば六つ。六つの椅子の形状は異なっており、ここに集める面々を思い、クロノスが作らせた特注品だった。
そして今、六つ全ての椅子が埋まっている。その椅子に似合う、個性的な面々が、どっしりと腰掛け、鎮座している。
それを確認し、クロノスはゆっくりとその口を開く。
「実はね、僕は新たに組織を編成することにしたんだ。いや、再編成っていうべきかな。ま、かねてから考えていたことなんだけど」
唐突な改革宣告を、この場にいる魔族らは黙って受け入れ、続く言葉をじっと待つ。
「まず手始めに、今までの魔王軍制度、四天王を廃止して『賽の怪傑』なんてどうかなって思ってるんだ」
「なんで、賽子なんだい?」
手を挙げながら放ったクラウンの問いかけに、クロノスはニンマリと無邪気な笑みを浮かべる。
「組織を再編するにあたって幹部に相応しい人員を選別したら六人になってね。ほら、四天王って、使い古された表現だし、六天王もなんかあれじゃん? それで、ちょうど六のものってなんだろうって、思った時、たまたま机の上に転がってたサイコロが見えて。それでピンと来たんだ! 賽子って、別に1から6の中で明確に優劣の印象ないし、僕としてはここに集めた六人は皆が違う役割を持った、等しい戦力だと思ってるからさ」
何故、魔王の机の上に賽子が転がっているのか。ある意味気にはなるが、重要でないので、それをあえて聞くものはいない。皆が各々な様子で、話を聞き流している。
その中で、この空間で最も異質な、白を基調とした拘束衣を纏う女性は、心底幸せそうな笑みを浮かべながら、クロノスの話を傾聴していたりする。それこそまるで、オーケストラの演奏でも聴いているかのように。
クラウンは、彼女をチラリと一瞥する。
「流石は、クロノス様……」
崇拝の眼差しを向ける女性。
虐殺の大罪人……アスティア。長らく監獄にいたからか、あるいは生まれつきか、真っ白な肌に、赤黒い長髪。真っ赤な瞳は、先ほどからクロノス一人だけを映している。
彼女は組織の再編成にあたり、クロノスが監獄から連れ出した魔剣士で、その強さは十代前半で、魔王軍四天王に並ぶほどだった。幼少期、何をとち狂ったか、クロノスを我が物にせんと魔王城に乗り込み、当時の四天王二人がかりで捕縛した少女。
それまでに、何百という魔王軍の魔族を虐殺し、それは今なお、悲惨で凶悪な事件として、多くの記憶に刻まれている。
年がら年中、クロノスのことばかりを思う……魔導国屈指の剣の天才。
「まさか、彼女を出すなんて、本気なんだね?」
万が一を考えてか、監獄内でさえ特別待遇だったアスティア。そんな彼女の処遇には当時から賛否があり、魔王軍の幹部につくとなれば、さらに議論は激しさを増すだろう。
ちなみに、クラウン個人としては大賛成だった。彼女の戦力は大きい。
彼女の恐るべきは、その剣の実力を持ちながら、大した鍛錬さえした経験がない、天性の強者だという点。
才能で言えば、剣聖を超えるとクラウンも、そしてクロノスも考えている。
「クラウン、帝国で随分な深傷を負ったんだってね」
「まーね」
未だ、ジンジンと痛む背中に意識を向ける。例の傷口だが、深傷であること以上に、回復魔法を阻害するような不思議な力が働いているせいで、未だ治ってはいなかった。徐々に回復魔法の阻害は薄れているが、今はまだ自然治癒に任せるしかない。
「クラウン……君が苦手とするタイプが相手だったとしても、一方的に攻撃できるような猛者が向こうにいると分かった以上、こっちも手段は選んでいられないんだ」
クロノスがのうのうと語るその台詞が、彼の真意ではないとクラウンは理解しつつも、納得した風を装う。クラウンがこのことを伝える以前から、クロノスが彼女を牢からだそうと、思案していたことは薄々察していた。
苦手だ。
クロノスはヘラヘラしているが、その瞳の奥は常に、黒い闇に包まれている。ずっと何かを考え、動いている。
策謀を得意とするクラウンの、一歩も二歩も先を行く男の不気味さ。
昔は違かった。幼子のみに余る力を生まれ持ったせいで、苦しみ喘ぐ魔王の実子。彼が、新たな魔王になるなんて想像できた魔族が、この魔導国に果たして何人いただろうか。クラウンだって、ここまでとは考えていなかった。
有り余る才と力ゆえに、病弱だったクロノスは、気がつけばクラウンの上を行く存在となっていた。
「それで? もちろん、打っている手はそれだけじゃないんでしょ?」
うちに湧き出る不快感を押し殺しながら、普段通りの笑みを返すクラウン。そんなクラウンに、見透かしたような笑みで応答するクロノス。
「実は今、アスティアやここにいる面々以外にもいろんなところから戦力をかき集めていてね。先代が、危険と判断し、遠ざけた魔族も」
「ほう? 戦力としては期待できると?」
「ぶっちゃけると、まぁまぁ。ちょっと強い奴らはいけるけど、聖騎士団長とか、五隊長クラスは無理くらいの腕かな。それでも、こっちは数がいるから、使えるはず」
人格を無視したかのような、実力重視の選別。多くの魔族から非難の意見が出るだろう。
だが、問題はない。
誰も魔王に口出しできない。それが何百年という伝統であり、魔族に深く根付く価値観。
意を唱えるのならば、魔王を倒し、その座を奪え。
変えたければ、己の牙を磨くのみ。
その暴論が、魔導国を三大国と渡り合う強国たらしめているのだから、またなんとも文句のつけ難い理念だった。
クロノスは視線で、賽の怪傑と称し、この場に集めた六人を順になぞる。
「四天王から二人、そして監獄からはアスティアと、監獄長。あとは魔王軍の諜報部隊の隊長さんと……」
チラリと、最後のその人に視線を向ける。
視線の先には、聖剣を椅子に立てかけ堂々たる態度で座る、元勇者アレンの姿があった。その整った顔はこわばっており、クロノスを中心とするこの重苦しい空気感に、必死に耐えていることが伺える。
「これからよろしくね、アレン」
「あぁ」
決して弱くはないが、ここに座るには見合わない。それでも意を唱えるものはいなかった。それは魔王の決定だから、というのもあるが、クロノスが彼を患部に据えたその意図を、大なり小なり察していたからでもある。そうでなくとも、アレンを含んだパーティーであれば、使いようにはなる。
元四天王に、大罪人、魔導国一の暗殺者に、元勇者。
彼らの顔を一瞥し、クロノスは不適な笑みを浮かべる。
そして布告する。
「さて、そろそろ取りに行こうか。三大国を」
そう言うと、クロノスはゆっくりと立ち上がった。
「僕も前線に出るよ。アスティア、ついて来てくれるかい?」
「はい! あぁ、クロノスと二人きりで……」
恍惚とした表情で、ひとりぶつぶつと呟くアスティア。幸せに悶えながが、拘束衣で両腕を拘束されたままくねくねとしている。
しかし、それに突っ込むものは誰一人としていない。皆、見てみぬふりをしている。
彼女を制御できるのは、クロノスただ一人。そして彼女の理想を考えれば、この組み合わせが最も最適である。
「どこへ行くんだい?」
「内緒」
クラウンは今の一言でさらに、理解する。アスティアを連れゆくのは、彼女ならば何も聞かずとも、そんなことは一切気にせずについて来てくれるからだろうと。ここにいる六人にさえ話さない目的の存在に、クラウンは不気味さを、そして警戒を強める。
魔王が猛者たちを引き連れ、魔導国が、本格的に三大国を潰しに動く中、三大国もまた魔導国に対し、かつてないほど大きな動きを見せ始める。