作品タイトル不明
精霊たちと現実の空
二月。
冬夜のスマホに、BCO運営からのメールが届いた。
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プレイヤー「トワ」様
いつもBrave Chronicle Onlineをお楽しみいただき、
ありがとうございます。
灯火の章の完結に際し、
BCO開発チームより特別なご連絡がございます。
トワ様は、BCO全プレイヤーの中で
最も多くの総歩行距離を記録されたプレイヤーです。
灯歩の起点となり、世界を灯してくださったことに、
開発チーム一同、心より感謝申し上げます。
つきましては、特別な報酬をご用意いたしました。
「BCO Companion」アプリのダウンロード権を
お送りいたします。
このアプリでは、ゲーム内の守護精霊が
スマートフォンの中に常駐し、
現実世界のカメラを通じて周囲の環境を
一緒に見ることができます。
ダウンロードリンク:(添付)
──BCO開発チーム
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冬夜はメールを三回読んだ。
守護精霊が、スマートフォンの中に来る。現実世界のカメラを通じて、周囲を一緒に見られる。
ダウンロードした。
アプリを起動した。画面が光って、小さな声が聞こえた。
「トワ?」
セレスだった。
スマホの画面の中に、セレスがいた。小さな体。銀色の角。見慣れた姿が、画面の中で動いている。
「セレス……!」
「トワ! ここ、どこ? しってるせかい、じゃない。なんか、ちがう」
「現実世界だ。ここは……俺の部屋だ」
「げんじつ。トワの、ほんとの、へや」
冬夜がスマホのカメラを部屋に向けた。セレスが画面の中で、カメラの映像を見回した。
「つくえ、ある。まど、ある。そら……」
窓の外に、冬の空が見えた。二月の夕方。空がオレンジ色から紺色に変わりかけている。
「そら。げんじつの、そら」
セレスの角が、画面の中で光った。銀色の光が、カメラの映像に重なった。
「きれい。ゲームの、そらと、ちがう。いろが……ふぞろい」
「宮瀬も同じことを言ってたな。不揃いなのがいい、と」
画面の中に、他の精霊たちもいた。ルーナが画面の隅にいた。メブキが画面の上に乗っていた。テンが画面の下で点滅していた。
「ルーナ。現実の世界は、どう見える?」
「……明るい。こっちの夜とは違う。ここの夜は、本当に暗くなるの?」
「もう少し待てば暗くなる。星も見える」
「くるくる」メブキが双葉を揺らした。「つち、ない。このへや、つち、ない。でも、まどのそとに、つちが、ある。にわ?」
「ベランダの鉢植えに土がある。見せてやろうか?」
冬夜がスマホをベランダに向けた。鉢植えのハーブが映った。宮瀬がくれたレモングラスだ。
「つち! つちある! くるくる!」
テンが点滅した。画面の中で、窓から差し込む夕日の光に反応していた。
◇
三十分待った。空が暗くなった。
二月の夜空。冬の星座。東京の空は明るくて、星は少ない。だが、いくつかは見えた。
冬夜はスマホを窓の外に向けた。カメラが夜空を映した。
セレスが画面の中で、星を見た。
「ほし」
「ああ。現実の星だ」
「ほし……げんじつの、ほし」
セレスの角が光った。銀色の月光が、画面の中で夜空の映像に重なった。月光と星の光が混じった。
「セレス。覚えてるか。宵に約束したこと」
「おぼえてる。そとのほし、みせにくるって」
「今から、見せに行こう」
冬夜はBCOにログインした。VRヘルメットではなく、スマホアプリのまま。アプリにはゲーム内への接続機能があった。精霊たちが、現実のカメラ映像をゲーム内に持ち込むことができる。
ゲーム内の宵闇の回廊に、接続した。
暗闇の中に、小さな画面が開いた。現実のカメラの映像が、暗闇の中に映し出された。夜空。星。わずかな光。
暗闇の中から、声が聞こえた。
「……何、これ」
「宵。セレスが約束を守りに来たぞ」
「セレス……?」
「よい。みて。そとの、ほし。げんじつの、ほし」
暗闇の中に、カメラの映像が浮かんでいた。東京の夜空。少ない星。でも、確かに光っている。
「これが……星?」
「うん。ほし。セレスのつきと、ちがう。でも、ひかってる」
宵の暗い紫色の瞳が、画面の中の星を見つめていた。
「きれい。暗闇の中の光は、全部きれいに見える。だって、暗いから。暗い場所にある光は、どんなに小さくても、きれいに見える」
「よい。セレスのつきと、よいの、くらやみで、ほし、つくったよね。まえ」
「うん。セレスの月光とわたしの暗闇が触れると、星になった」
「こんどは、ほんもののほし。げんじつの、ほし。よいに、みせたかった」
宵が少しの間静かになった。
「ありがとう、セレス。約束、守ってくれた」
「やくそく、まもった。セレス、うれしー」
「わたしも。……嬉しい」
暗闇の中で、宵の手のひらに残っていた小さな星の光が、揺れた。セレスの月光と暗闇が作った、消えない光。その光と、画面の中の現実の星が、同じように揺れていた。
「宵。また来る」
「うん。待ってる。いつでも待ってる」
冬夜はスマホを窓の外に向けたまま、しばらく星を映し続けた。
セレスが画面の中で角を光らせた。銀色の月光が、東京の夜空に重なった。
現実の空に、ゲームの月光が映っていた。
冬夜は少しだけ笑った。
「セレス。よくやった」
「うん。セレス、やくそく、まもった」
精霊たちと現実の空。ゲームと現実の境目が、少しだけ溶けた夜だった。