作品タイトル不明
まだ歩く?
年が明けた。一月。
BCOにログインした。リベルタの宿屋。いつものベッドの上。
「セレス」
「トワ」
セレスが肩に乗った。角が銀色に光った。いつもの光。原初の月光を使った日から、セレスの月光は少しだけ深みを増していた。だが、普段の光は変わらない。
「きょうは、どこにいく?」
「未踏エリアの確認をしようと思ってた。灯火の章の後、世界の糸が全復元して、今まで入れなかった場所が開放されてるかもしれない」
「あたらしいばしょ、ある?」
「見聞録で確認する」
見聞録を開いた。世界全体のマップが表示される。踏破率を確認した。
【踏破率:97.8%】
97.8%。残り2.2%。一万時間歩いて、まだ歩いていない場所がある。
「2%か。少ないが、ある」
「ある。いく?」
「行く」
リベルタの門を出た。草原を歩いた。空は冬の青。冷たいが、澄んでいた。
セレスが角を揺らしながら、トワの肩の上で外を見ていた。何も言わなかった。しばらく歩いてから、セレスが口を開いた。
「トワ」
「何だ?」
「セレス、トワと、ながいこと、いっしょにいるね」
「ああ……数千時間、ずっと一緒だ」
「すーせんじかん。セレスが、トワのかたに、のった、さいしょのひから」
「最初の日。確か、霧底の森でセレスに会った。小さかったな。角も光らなかった」
「うん。ちいさかった。つの、ひからなかった。トワが、なまえ、よんでくれた。セレスって」
「セレスという名前は、月の光という意味だ。後で調べたら、ローマ神話の豊穣の女神の名前だった。……意味が違った」
「セレス、どっちでもいい。トワが、よんでくれた、なまえ。それが、セレスの、なまえ」
風が吹いて、トワとセレスがなびく草原を見つめていた。
「トワ」
「何だ?」
「まだ、あるく?」
トワは考えた。
最初に出会った日から、セレスはいつもトワの肩にいた。トワが歩けば、セレスも一緒に歩いた。
歩くのが当たり前だったから。
でも、灯火の章が終わった今――紡世者の物語が終わって、世界の危機が去って、旅に明確な目的がなくなった今は、歩く必要がない。
それでも、トワの答えは変わらなかった。
「歩く」
トワはじっとセレスを見つめた。
「97.8%を100%にする。それが終わっても、歩く。新しいアプデが来れば新しいエリアが増える。増えなくても、同じ場所をもう一度歩く。何度でも歩く」
「なんで?」
「楽しいからだ」
セレスが角を光らせた。
「セレスも、あるく。トワと。ずっと」
「ああ、ずっとだ」
「ずっとって、どのくらい?」
「分からない。でも、明日も歩く。明後日も歩く。その次も歩く。それを繰り返すだけだ」
「それが、ずっと?」
「それが、ずっとだ」
セレスが角をトワの頬にちょんと当てた。
「セレス、しあわせ。トワの、かたのうえ、いちばん、いいばしょ」
「俺も、セレスがいてくれて助かってる」
「たすかってる、じゃなくて。もっと、いいことば、ある」
「……嬉しいと思ってる」
「うん。それ。セレスも、うれしい」
草原を歩き続けた。二人と精霊三体と虫一匹。
まだ歩く。明日も。その先も。ずっと。