作品タイトル不明
日常
灯火の章が終わって、二週間が経った。
BCOにログインした。リベルタの宿屋。いつものベッドの上に立った。
「セレス」
「トワ。きょうは、なにする?」
「特に予定はない。散歩でもするか」
「さんぽ、いい。セレス、さんぽ、すき」
外に出た。リベルタの広場。石畳の上を、金色の足跡を残しながら歩いた。
広場でハルがNPCと話していた。見聞録で街のNPCの会話パターンを調査しているらしい。手帳に何かを書き込んでいた。
「師匠。今日は何も予定ないんですか? 珍しい」
「たまには何もない日がある」
「じゃあ、一緒に歩きませんか。リベルタの裏通り、まだ踏破してない場所があるんです」
「あるのか。一万時間歩いて、まだ未踏の場所が」
「あります。リベルタの地下水路の分岐点の先に、小さな部屋があって。たぶん隠しエリアです」
「行こう」
ハルと一緒にリベルタの裏通りを歩いた。地下水路に降りて、分岐点を探した。見聞録の残響で隠し通路を見つけた。ハルが先に見つけた。トワより早かった。
「師匠。こっちです。空気の流れが左に偏ってます」
「ハル。見聞録の使い方、俺より上手くなってないか」
「まさか。師匠にはまだまだです。でも、手帳があれば」
隠し部屋に入った。小さな部屋。壁に一枚の絵が掛かっていた。BCOの世界の全景を描いた絵。リベルタの画家NPCが描いたものだった。
「きれい」ハルが絵を見て呟いた。
「ああ。こんな場所があったのか。一万時間歩いても、まだ見つけていない場所がある」
「だから、歩き続けるんですよね。師匠」
「ああ」
◇
午後。聖都ルクスに行った。
アストレアが大聖堂の前で鎧を磨いていた。前回の戦いで傷だらけになった鎧を、丁寧に修復している。
「トワさん。お疲れさまです。今日はのんびりですか」
「ああ、アストレアは?」
「鎧の手入れです。聖騎士の基本ですから。この前の戦いで聖光を全力で使って、鎧に負担がかかっていまして」
「変換炉の浄化は見事だった」
「ありがとうございます。でも、あの時はタマキさんの薬がなければ持ちませんでした」
ソラが上空から降りてきた。
「あら、トワ。珍しいところに。聖都に用事?」
「散歩だ」
「散歩ね。風が気持ちいい日よ。飛ぶのにちょうどいい」
「飛ばない。歩く」
「あなたらしいわね」
ソラが笑って飛び去った。
タマキがチャットを送ってきた。
タマキ:「トワさん。リベルタの調合ラボに新しい素材が届きました。外殻で採取した糸片を使って、新しい薬のレシピを開発中です。完成したら試してもらえますか」
トワ:「ああ、楽しみにしてる」
タマキ:「あと、今夜、蓮くんたちとリベルタで夕食の約束してるんですが、トワさんも来ませんか」
トワ:「行く」
夕方。リベルタの食堂に全員が集まった。トワ、タマキ、ゼクス、蓮、ハル、ミコト。灯火の章の前と同じ顔ぶれ。
NPC給仕が料理を運んできた。パンと肉とスープ。見慣れたメニューだった。
「何もない日常だな」ゼクスがパンを齧った。
「何もない日常が、一番いい」蓮がスープを啜った。
「そうだな」トワが呟いた。
セレスがスープの湯気に角を近づけた。
「あったかい。にちじょう、あったかい」
メブキが頭の上でパンくずを食べていた。テンがスープの湯気の中で明滅していた。ルーナはゼクスの影の中で静かにしていた。
何もない一日。戦いがない一日。歩いて、見つけて、食べて、笑う一日。
こういう日のために、歩いてきた。