作品タイトル不明
帰り道
階段を降りた。
百二十メートルの螺旋を、トワとタマキとゼクスが歩いて降りた。セレスが肩の上で眠っていた。原初の月光を使い切って、疲れて眠ったのだ。角が微かに光っている。寝ていても、月光は消えない。
竪穴の底に着いた。
仲間たちが待っていた。全員が立ち上がった。
蓮が最初に口を開いた。
「終わったのか」
「終わった」
それだけで十分だった。蓮が頷いた。他の全員も頷いた。
ハルが目を赤くしていた。手帳を胸に抱えている。
「師匠。全部、見聞録で記録してました。最後まで。師匠の足跡が、アルキスに届いたところも」
「ありがとう、ハル」
「ミコトちゃんのカメラも、ずっと回してました」
ミコトが静かに頷いた。配信はまだ続いている。視聴者数は八百万を超えていた。
施設の外に出た。
外殻が変わっていた。灰色の領域が消えていた。集糸塔が全て沈黙していた。糸の床が白く輝いていて、足元が明るかった。
ヴァルハラが全軍を率いて待っていた。三千二百人が、施設の門の前に整列していた。
「帰還を確認した」ヴァルハラが敬礼した。「全軍、損害なし」
「ありがとう。ヴァルハラの指揮のおかげだ」
「いいや、ただ自分の仕事をしただけだ」
宵がトワの隣に立っていた。暗闇の縁ではなく、光の中に。灯歩の光が外殻を照らしていて、暗闇の隙間がほとんどなくなっていた。
「宵、大丈夫か。光の中にいて」
「少し眩しいけど、大丈夫。暗闇が減ったから、わたしがいられる場所も少なくなったけど」
「帰れるか。宵闇の回廊に」
「帰れる。世界の糸が戻れば、下地の暗闇も安定する。わたしの場所は、なくならない」
「それはよかった」
「トワ。約束、覚えてる?」
「覚えている、また来るさ」
「うん。待ってる」
宵が暗闇に手を伸ばした。外殻のわずかに残った暗い隙間に、体が溶けていった。最後に暗い紫色の瞳だけが光って、消えた。
◇
中央の裂け目に向かって歩いた。来た道を逆に辿る。
外殻の糸が白く戻っていた。空白地帯も塞がっていた。糸巻きの巨体は消えていて、代わりに修復された糸の床が広がっていた。糸喰いの姿もなかった。紡世の徒がいなくなったことで、外殻のモンスターも消滅したのだろう。
三千二百人が、白い糸の道を歩いて帰っていく。金色の足跡が、帰り道にも刻まれていく。
中央の裂け目が見えてきた。来た時と同じ場所。だが、裂け目の形が変わっていた。引き裂かれていた空間が、糸で縫い直されている。裂け目が縮小していた。
裂け目の縁に、紡世文字が新しく刻まれていた。来た時にはなかった文字。
【紡世文字解読:
「歩く者たちへ。
わたしたちは、世界を紡いだ者です。
あなたたちは、世界を歩く者です。
紡いだだけの世界に、
あなたたちが足跡を刻んでくれました。
足跡の一つ一つが、世界を灯しました。
紡世の徒は、もういません。
引き抜かれた糸は、全て元に戻ります。
世界の傷は、あなたたちの足跡が治してくれます。
紡世者の物語は、これで終わりです。
でも、歩く者の物語は、終わりません。
どうか、歩き続けてください。
──紡世者より」】
トワはしばらく紡世文字を読んでいた。
「紡世者の物語は、これで終わり、か」
「でも、歩く者の物語は終わらない」タマキが横で読んでいた。「わたしたちの物語は、続くんですね」
「ああ、続くさ……いつまでもな」
裂け目をくぐった。外殻から、BCOの世界に戻った。
高度千五百メートル。糸の足場が残っていた。空は青かった。外殻の糸の天蓋ではなく、BCOの空。見慣れた空。下を見れば、世界が広がっていた。森と山と海と砂漠と都市。
昇糸の台座がまだ残っていた。触れると、リベルタに転送される。
三千二百人が、一人ずつ、台座に触れて帰っていった。
◇
リベルタの中央広場。
台座から出た瞬間、NPCの給仕が駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、旅人様。お疲れのご様子ですね。温かいお茶はいかがですか」
ゲームの中のNPC。いつもの挨拶。何百回も聞いた台詞。だが、今日は少しだけ違って聞こえた。
「ありがとう。もらうよ」
トワは広場のベンチに座った。NPCが運んできた茶を受け取った。タマキが隣に座った。ゼクスが向かいに座った。
セレスが肩の上で目を覚ました。
「……トワ。かえってきた?」
「帰ってきた」
「よかった。セレス、ねてた。ごめん」
「謝らなくていい。セレスの月光がなかったら、勝てなかった」
「セレス、がんばった?」
「頑張った。最高だった」
セレスが角を小さく光らせた。銀色の月光が、リベルタの夕空に溶けた。
見聞録にシステムメッセージが表示された。
【──────────────────────────】
【世界の糸の復元進捗:100%】
【全ての糸のほつれが修復されました】
【称号「世界を灯した旅人」を獲得しました】
【──────────────────────────】
世界の糸が、全て元に戻った。