軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灯す者

アルキスの統合形態が崩れていく。80%の世界データが、灯歩の光に照らされて金色に変わり、元の持ち主に引き寄せられて体から剥がれ始めていた。

だが、アルキスは止まらなかった。

「まだだ……」

崩れかけた体を、意志で繋ぎ止めた。データの結合が弱まっても、アルキスの紡世者としての力が補強している。元紡世者の権能は失われていない。世界を紡ぐ力の残滓が、データの体を支えていた。

「わたしは諦めない。ここで倒れたら、何のためにこの場所にいたのか分からなくなる。何百年も記録を集め続けた意味が消える!」

「いいや、お前は何百年も見ていただけだ。一歩も歩かずに……意味もなく」

「違う、歩けなかったんだ!!」

アルキスの声が、初めて感情的になった。

「わたしは紡世者だった。世界を作る者だ。作る者が、自分の作った世界を歩くことは許されなかった。紡世者は糸を扱う。糸を扱う者が世界の中に入れば、糸の構造を壊す可能性がある。だから、見ることしかできなかった」

「許されなかった、か」

「グランが歩いているのを見て、わたしも歩きたいと思った。――だが、許されなかった。だから、記録を集めた。歩けないなら、歩いた者の記録で代替しようとした。それが間違いだと言われて、追放された。間違いだと知っている。……知った上で、やめられなかった」

アルキスの瞳から、光の粒が落ちた。涙ではない。データの粒子だった。だが、涙のように見えた。

「グランの言葉を何度も読んだ。『歩けば分かる』。分かっている。分かっていて、歩けなかった。紡世者の身体は、世界の中を歩くようにはできていない。わたしの足は、糸を紡ぐための足であって、道を歩くための足ではない」

トワは剣を構えたまま、聞いていた。

三十一万人の灯歩が、トワの中で共鳴していた。全員の記憶。全員の動機。楽しかったから歩いた人。辛くて歩いた人。理由がなく歩いた人。全員が、ただ歩いていた。

「アルキス」

「何だ……」

「歩けなかったことは、分かった。だが、今は違う。灯歩の光がある。この光は、歩いた者の光だ。歩けなかった者にも、届けることができる」

トワが果ての道標を握り直した。灯歩の金色の光が剣に集中した。三十一万人の足跡の全てが、一本の剣に。

「この一撃は、アルキスを倒すためだけの一撃じゃない。アルキスに届けるための一撃だ。三十一万人が歩いた記録を、全部。動機も含めて。アルキスが知りたかった全てを、この剣に乗せる」

アルキスが両手でデータの剣を構えた。

「来い。わたしの全てで受ける」

トワが踏み込んだ。

一歩目。星巡りの靴が金色に光った。三十一万人の一歩目が重なった。

二歩目。見聞録が全データを解放した。一万時間の全記録が剣に流れた。

三歩目。セレスの原初の月光が剣を包んだ。ルーナの夜明けの篭手が剣身を覆った。メブキの根が柄を支えた。テンの光が切っ先を照らした。

四歩目。

旅立ちの剣が、アルキスの剣とぶつかった。

金色の光とデータの白い光が激突した。衝撃波が頂部の部屋を吹き飛ばした。透明な壁が砕けた。天井が消えた。外殻の糸の天蓋が見えた。

アルキスのデータの剣に、亀裂が入った。

金色の光がデータの白い光を押し返していく。灯歩の意志が、データの記録を上回っていく。

トワの旅立ちの剣が、アルキスのデータの剣を砕いた。

剣が砕けた瞬間、金色の光がアルキスの体を貫いた。

光が通過した場所から、データが剥がれ落ちていった。80%の世界データが、一枚ずつ、金色の光の粒になってアルキスの体を離れていく。全てのデータが、元の持ち主の灯歩に帰っていく。

アルキスが立ちすくんでいた。統合形態が完全に崩壊した。データの衣が全て剥がれ、最初の姿が残った。銀色の髪。白い衣服。中性的な顔立ち。

だが、一つだけ変わったことがあった。

アルキスの胸に、小さな金色の光が灯っていた。

トワの灯歩の光の一片が、アルキスの中に残っていた。三十一万人の足跡の記憶が、ほんの一欠片だけ、アルキスに届いていた。

「これは……」アルキスが自分の胸に手を当てた。「足跡の……記憶……?」

「アルキスが知りたかったものだ。歩いた者の記憶。一万時間の、ほんの一欠片だが……」

アルキスの瞳から何かがこぼれた。今度はデータの粒子ではなかった。

「ああ……温かい」

アルキスが呟いた。

「温かいのか……足跡は。それは、知らなかったな……」