軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十一万の足跡

――トワの体の中で、何かが変わった。

灯歩の光が、ステータス補正を超えた。数値ではなくなった。力ではなくなった。

記憶になった。

三十一万人のプレイヤーの記憶が、灯歩の光に乗ってトワの中に流れ込んできた。

一人目。初めてBCOにログインした日。リベルタの噴水の前で、キャラクターが動くことに感動していた。ただ歩くだけで楽しかった。

二人目。友達と一緒に始めたプレイヤー。隣で笑いながら、最初のモンスターに全滅して、もう一回挑戦して、三回目でようやく倒した。

三人目。一人でコツコツ遊んでいたプレイヤー。誰とも組まず、誰とも話さず、ただ景色を見て歩いた。霧底の森の朝靄が綺麗だったから、毎日ログインして見に行っていた。

四人目。仕事が辛くて、BCOだけが逃げ場だったプレイヤー。ゲームの中を歩いている間だけ、何も考えなくてよかった。

五人目。六人目。百人目。千人目。万人目。

三十一万人の「なぜ歩いたか」が、全てトワの中に流れ込んできた。

楽しかったから歩いた人。友達と遊びたくて歩いた人。現実が辛くて歩いた人。景色が好きで歩いた人。強くなりたくて歩いた人。物語の続きが見たくて歩いた人。何となく歩いた人。理由なんてなかったけど歩いた人。

全部違った。三十一万人全員の理由が違った。

アルキスが聞いた。「なぜそこを歩いたか」の答え。データには記録されない動機。その答えが、三十一万通り、トワの中にあった。

【────── 灯歩の光:完全覚醒 ──────】

【全プレイヤーの灯歩が完全に統合されました】

【効果:プレイヤーの記録データだけでなく、

データの背景にある「意志」が共有されます】

【この効果は、データの観測では取得できません】

【──────────────────────────】

「アルキス。……お前が知りたかった答えを、俺は今、持っている」

「何だと……?」

「アルキスは聞いた。『なぜ噴水の前で三分間立ち止まったのか』と。答えは、あの噴水の水の音が好きだったからだ。データには記録されない。だが、俺はそれを覚えている」

「……水の音が好きだったから、か」

「アルキスは聞いた。『なぜNPCに名前をつけたのか』と。答えは、名前がないのが寂しかったからだ。名前をつけたら、その存在が世界に残ると思ったからだ」

「寂しかった、か」

「アルキスは聞いた。『なぜ霧底の森で道を間違えたのに引き返さなかったのか』と。答えは、間違えた道の先に見たことのない花が咲いていたからだ。引き返すより、見たことのない花を見る方が面白かった」

アルキスの瞳が揺れていた。データでは取得できない答え。データベースのどこにもない答え。だが、答えはそこにあった。歩いた者の中に。

「三十一万人全員が、それぞれの理由で歩いている。その理由は、記録からは分からない。だが、灯歩の光には入っている。光の中に、理由が入っている。それが、アルキスのデータと灯歩の光の違いだ」

「データには動機が含まれない。だが、灯歩には含まれる。なぜなら、灯歩は自分で灯した光だからだ。自分で歩いた足跡には、歩いた理由が刻まれている」

「……それが、四つ目の光の本質か」

「受け取るものではなく、自分で灯すもの。データとして取得できるものではなく、歩いて初めて生まれるもの。アルキスがどれだけデータを集めても手に入らないもの。それが、灯歩の光だ」

トワの体が金色に輝いていた。三十一万人の灯歩が完全に統合され、ステータスだけでなく、全員の意志がトワの中にあった。

アルキスが統合形態のまま、一歩後退した。

「わたしのデータには、動機がない。行動の記録はある。だが、なぜそうしたかがない。お前たちの灯歩には、それがある。わたしの80%と、お前たちの100%。差は20%の量ではなかった。質だった」

「ああ、量の差じゃない。質の差だ」

アルキスのデータの体が揺らいだ。完全だったはずの統合形態に、罅が入り始めていた。80%の世界データの結合が、灯歩の完全覚醒によって侵食されている。

灯歩の光が、アルキスのデータを照らしていた。光が当たった場所から、データが温かくなっていく。冷たかった白い光が、金色に変わっていく。

「データが……変質していく」アルキスが自分の手を見た。透明だった手が、金色に染まっていく。

「アルキスが集めたデータも、元はプレイヤーの足跡だ。プレイヤーの灯歩が完全に覚醒した今、奪われたデータも本来の持ち主の光に引き寄せられている。データが、元の場所に帰ろうとしている」

アルキスの統合形態が崩れ始めた。

最後の時が近づいていた。