軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の準備

宵の話が終わった後、しばらく誰も喋らなかった。

最初に口を開いたのはゼクスだった。

「整理しよう。アルキスの弱点は何だ」

「弱点というより、欠落だ」トワが答えた。「アルキスは全てのデータを持っている。全プレイヤーの行動記録、戦闘パターン、スキル使用、全て把握している。だが、一つだけ持っていないものがある。――自分の足跡だ」

「データにない行動が有効なのは、門番戦で証明した」蓮が言った。「即興の連携で門番を倒した。同じ理屈がアルキスにも通じるか」

「門番はアルキスが作ったプログラムだ。学習はできるが、自分で考えることはしない。アルキスは違う。元紡世者だ。思考力がある。即興を見せても、リアルタイムで分析して対応してくる可能性がある」

「じゃあ、分析を超える速度で動くしかない」ゼクスが剣の柄に手をかけた。

「速度だけでは足りない。アルキスのレベルは測定不能だ。力と速度で上回るのは難しい」

タマキが手を挙げた。

「トワさん。一つ確認させてください。アルキスは『動機が記録できない』と言っていました。行動は分析できるけど、なぜそうしたかは分からない、と。それが弱点ではないですか」

「どういうことだ」

「アルキスは全てのデータを持っていますが、データの意味を理解していない。トワさんがなぜ噴水の前で立ち止まったか、なぜNPCに名前をつけたか。行動の記録はあっても、そこに込められた気持ちが分からない。気持ちが分からないということは、次に何をするかの予測も不完全だということです」

「データから確率を計算することはできる。だが、確率を外す動きが来た時に、なぜ外したのかが分からない。ヴァルハラとの決闘でも、最頻値から外れる動きを意志で選んだ。確率ではなく意志で動く人間の行動は、予測の精度が落ちる」

「そういうことです。アルキスの分析は、動機を含まない分析です。だから、動機に基づいた行動には弱い」

レナが腕を組んだ。

「つまり、気持ちで戦えってこと? 精神論みたいだけど」

「精神論じゃない」トワが首を振った。「もっと具体的な話だ。アルキスは俺の戦闘パターンを全て知っている。だが、俺がなぜその瞬間にその一撃を選ぶかは分からない。選ぶ理由が変われば、同じ技でも軌道が変わる。同じ三連斬でも、守るために振る三連斬と、伝えるために振る三連斬は違う」

「伝えるために振る剣?」

「アルキスに伝えたいことがある。――歩けと。グランが伝えられなかったことを、俺の剣で伝える。その意志で振る剣は、データにはない」

蓮が小さく笑った。

「お前らしい。戦って、同時に伝える。小説家として言わせてもらえば、それは物語の一番いい終わり方だ」

ハルが手帳を閉じて立ち上がった。

「師匠。わたしは何をすればいいですか」

「ハルにはここに残ってもらう。見聞録で全体の状況を記録してくれ。俺が頂部にいる間、下の状況を把握できる人間が必要だ」

「分かりました。師匠の戦いを記録します。わたしの見聞録で」

「ミコト、配信は続けてくれ」

「はい! 最後まで、伝え続けます!」

最終決戦の編成を決めた。

頂部に上がるのは、トワ、タマキ、ゼクスの三人。精霊三体と虫一匹。そして宵。

タマキは薬の支援と素材鑑眼による分析。ゼクスは近接戦闘の援護。宵は原初の暗闇の知識でアルキスの紡世者としての能力に対処する。

竪穴の中央は蓮、レクト、レナが防衛する。アルキスが番兵や防衛機構を再起動した場合の備えだ。

施設の外はヴァルハラが全軍を指揮する。

アストレアは竪穴の中央で回復支援。頂部の三人が戻ってきた時に備える。

ソラは上空待機。頂部の戦闘で建物に損傷が出た場合の退避路を確保する。

ヴェノムは通路の警戒。幹部が復活する可能性は低いが、念のため。

「全員の役割は以上だ。質問は」

誰も手を挙げなかった。

「じゃあ、一つだけ言う」

トワが全員を見回した。

「ここまで一緒に歩いてくれて、ありがとう。この先は俺とタマキとゼクスで行く。だが、ここまで来られたのは全員の力だ。ヴァルハラの盾がなければ外殻を進めなかった。ソラの目がなければ裂け目を見つけられなかった。蓮の指揮がなければ黄金の燐光は動けなかった。レクトの剣がなければ前線が持たなかった。アストレアの聖光がなければソルシアの闇は止まらなかった。レナの信頼がなければ深紅の牙は戻れなかった。ハルの手帳がなければ紡ぐ者は倒せなかった。ミコトのカメラがなければ幻影は見抜けなかった。ヴェノムの覚悟がなければ虚無は超えられなかった。宵の案内がなければ、ここに辿り着けなかった。――三十一万人の灯火がなければ、四つ目の光は覚醒しなかった」

「長い。トワにしては、珍しいな」ゼクスの口角が緩んでいた。

「珍しいから言ってる。……最後かもしれないからな」

「最後じゃない。帰ってくるんだろう」

「帰ってくる。全員で行って、全員で帰る」

タマキも頷いた。

「行きましょう、トワさん」

「ああ、行こう」

セレスが角を光らせた。

「セレスも、いく。さいごまで、トワと」

ルーナが影から声を出した。

「……わたしも」

メブキが双葉を揺らした。

「くるくる!」

テンが一回、強く点滅した。

トワは階段に足をかけた。百二十メートル。螺旋の階段を上る。一段一段に、銀色の足跡が刻まれていく。

頂部で、アルキスが待っている。

一万時間歩いた旅人が、最後の階段を上り始めた。