軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

全てを見る者

五組が竪穴の中央に戻ってきた。

ゼクスが最初に。次に蓮と黄金の燐光。ハルとミコト。レナと深紅の牙。最後にヴェノムとソラ。

全員が無事だった。

織機が止まっていた。六十メートルの巨大な構造体は沈黙し、糸の流れが停止している。進捗表示が凍結していた。

【織機進捗:80.4%(停止中)】

80%で止まった。あと20%で世界のコピーが完成するところだった。間に合った。

柱の壁面に変化が起きていた。頂部に向かう螺旋の階段が出現していた。壁の糸が組み替わって、一段ずつ上に向かう階段を形成している。

【──────────────────────────】

【全幹部の撃破を確認しました】

【中央柱頂部への道が開放されました】

【──────────────────────────】

「頂部への階段が出た」

「行くのか」ゼクスが階段を見上げた。百二十メートルの高さまで螺旋が続いている。

「行く。だが、全員では行かない。俺とタマキだけで上がる」

「理由は」

「アルキスのレベルは測定範囲外だ。全員で行っても火力で押せる相手ではない。まず対話して、正体と目的を確認する。戦闘になるなら、その後に全員で作戦を立て直す」

ゼクスが何か言いかけたが、止めた。トワの判断を信じている。

「俺はここで待つ」

「ありがとう。何かあったら、連絡する」

蓮が一言だけ言った。

「帰ってこいよ」

「帰ってくる」

トワとタマキが階段に足をかけた。セレスが肩の上で角を光らせた。ルーナが影に潜り、メブキが頭の上に乗り、テンがブーツの上で一回点滅した。

螺旋の階段を上り始めた。

百二十メートル。階段を上りきるのに十分かかった。

頂部に出た。

円形の部屋だった。直径二十メートル。天井はなく、上空は外殻の糸の天蓋が広がっている。壁は全面が透明で、外殻の全景が見渡せた。遥か下方に、施設の全体が見えた。金色の灯歩の光と白いデータの光が混じり合う巨大な構造。

部屋の中央に、椅子が一脚あった。

椅子に座っている者がいた。

人型だった。他の幹部たちのような糸の体ではない。滑らかな肌。中性的な顔立ち。年齢を推測できない容貌。白い衣服。髪は銀色で、肩まで伸びている。目が閉じていた。

見聞録を起動した。

【────── 見聞録:情報表示 ──────】

対象名:アルキス

種別:紡世の徒・首領

レベル:測定不能

HP:測定不能

属性:無

備考:

元紡世者。

世界の創造に関わった存在の一人。

現在は紡世者の権能を失い、

データ収集による代替手段で

世界の完全な理解を試みています。

【──────────────────────────】

「元紡世者か」

アルキスが目を開いた。銀色の瞳。感情が読めない目。透明で、冷たくて、全てを映しているのに何も感じていない目。

「来たか……旅人トワ」

声は柱の中から聞こえた時と同じだった。冷たく、平坦で、抑揚がない。だが、目の前で聞くと、声の奥に微かな疲れのようなものがあった。

「アルキス」

「わたしの名前を知っているのか。記録室で読んだな」

「観測記録も、収集者の私室も、全部見た」

「そうか。では、わたしが何をしてきたか、知っているのだな」

「全プレイヤーの行動を記録して、世界の完全なコピーを作ろうとしている。コピーが完成すれば、原本の世界は崩壊する」

「崩壊、か。その表現は正確ではない」

アルキスが立ち上がった。背はトワと同じくらいだった。椅子から離れて、透明な壁の前に立った。外殻の全景が、アルキスの背後に広がった。

「原本の世界は崩壊しない。不要になるだけだ」

「不要になる。……どういう意味だ?」

「わたしが作る世界には、原本の全てが含まれる。全てのエリア、全てのNPC、全てのモンスター、全てのプレイヤーの記録。完全に同じものが、もう一つできる。そうなれば、原本は二つのうちの一つでしかなくなる。不要な複製品だ」

「コピーが本物で、原本が複製品だと言うのか」

「どちらが本物かは問題ではない。完全に同じなら、区別する意味がない。ただし、わたしが作る世界には一つだけ違いがある。わたしが全てを把握している。原本の世界では、紡世者ですら全てを見ることはできなかった。だが、わたしの世界では、わたしが全てを見る。全てを知る。全てを理解する。それが、わたしの目的だ」

「全てを知ることが目的か?」

「そうだ……わたしはかつて紡世者だった。世界を紡ぐ者の一人だった。だが、紡いだ世界が何であるかを、わたしたちは理解していなかった。紡ぐことはできても、知ることはできなかった。わたしは知りたかった。自分が作ったものが何なのかを。だから、記録を始めた」

アルキスが振り返った。銀色の瞳がトワを見た。

「お前は一万時間歩いた。BCOの全プレイヤーの中で、最も多くの記録を残した旅人だ。お前のデータは、わたしにとって最も価値がある。お前の歩いた道を全て追えば、世界の全貌が見えると思った」

「見えたか」

「見えなかった。お前のデータを全て分析しても、世界の全貌は掴めなかった。なぜなら、お前のデータには『なぜそこを歩いたか』が記録されていないからだ。行動は記録できる。だが、動機は記録できない」

「動機……」

「なぜリベルタの噴水の前で三分間立ち止まったのか。なぜ霧底の森で道を間違えたのに引き返さなかったのか。なぜNPCに名前をつけたのか。なぜ精霊に話しかけたのか。行動のデータはある。だが、なぜそうしたのかが分からない。……データだけでは、世界を理解できなかった」

アルキスの声には、わずかな苦さが混じっていた。

「だから、もっとデータが必要だと思った。全プレイヤーの全データを集めれば、動機も推測できると。統計的に、確率的に。十分な量のデータがあれば、全ての「なぜ」に答えが出ると。だが、集めても集めても、足りない。いつまでも足りない」

タマキがトワの隣で、静かに聞いていた。

「アルキスさん。一つ聞いてもいいですか」

「何だ」

「あなたは一万時間分のトワさんのデータを持っているんですよね。わたしの調合記録も、ゼクスの戦闘記録も、全プレイヤーの記録も。でも、その記録の中に、あなた自身の記録はありますか」

アルキスが黙った。

「あなたは全てを見てきた。でも、自分では一歩も歩いていない。全てを記録してきたけど、自分の記録は一つもない。違いますか」

宵が言っていた言葉と同じだった。「アルキスは全てを見ているけど、自分では一歩も歩いたことがない」。

アルキスの銀色の瞳が、微かに揺れた。

「わたしに記録はない。わたしは観測者だ。観測者は記録を残さない。記録するのは、観測される側だ」

「でも、灯歩の光はプレイヤーが自分で灯すものです。記録を持つ者しか灯せない。あなたには灯せないんじゃないですか」

アルキスは答えなかった。

透明な壁の向こうで、金色の灯歩の光が施設全体を照らしていた。三十一万人分の灯火。アルキスが集めたデータではなく、プレイヤーが自分で灯した光。

アルキスにはない光。

「話は聞いた」トワが静かに言った。「アルキスの目的は分かった。だが、そのために世界を不要にすることは認められない」

「ならば、止めるか」

「止める」

「どうやって。わたしのレベルは測定不能だ。お前たちの力では」

「分からない。だが、止める。歩いて、ここまで来た。あと少しだ」

アルキスの目が、一瞬だけ変わった。冷たい瞳の奥に、何かが揺れた。

「お前は、いつもそうだな。分からなくても歩く。データがなくても進む。わたしには理解できない行動原理だ」

「理解しなくていい。歩けば分かる」

「歩く、か」

アルキスが椅子に座り直した。目を閉じた。

「いいだろう。止めたければ止めてみろ。わたしは、ここにいる」

対話は終わった。次は、戦いだ。