作品タイトル不明
三十人の足
三十人がバラバラに走った。
蓮の号令で、黄金の燐光のメンバーが全方向に散開した。絡める者の糸が追いかけてくる。だが、三十人が三十方向に動けば、糸も三十方向に分散せざるを得ない。
「散って動き続けろ、止まったら絡まれる!」
六本の腕から射出される糸は多い。百本以上が同時に空中を走っている。だが、三十人が全員動いていれば、一人あたり三本程度。三本の糸から逃げ続けるのは、それほど難しくない。
最初の三分間は、それでしのげた。
「考えたな」絡める者が六本の腕を振った。「だが、走り続ければ体力が尽きる。わたしの糸に体力の限界はない。時間はわたしの味方だ」
その通りだった。プレイヤーのスタミナには限界がある。走り続ければ、いずれ足が止まる。足が止まった者から、絡め取られる。
五分。一人目のメンバーの足が鈍った。糸が足首に巻きつき、動けなくなった。
「一人捕まった!」
「気にするな。残り二十九人で動き続けろ」蓮が声を飛ばした。
七分。二人目、三人目が捕まった。
十分。七人が拘束された。残り二十三人。全員の息が荒くなっていた。
「蓮さん。このままじゃ全員捕まります」副ギルドマスターが叫んだ。
「分かっている。だが、逃げ回るだけが手じゃない」
蓮は走りながら考えていた。
絡める者は糸で空間を支配する。こちらが散開する限り、糸は分散して一人ずつ追いかけてくる。個別に拘束していく戦い方。一対三十を、三十回の一対一に分解している。
逆に考える。
三十人が一箇所に集まったらどうなるか。糸は一箇所に集中する。全員が一度に絡まれるリスクがある。だが、糸が一箇所に集中するということは、絡める者の六本の腕も一方向に伸びるということだ。
六本の腕が全て同じ方向を向いた瞬間、反対側は空く。
「全員、聞け。作戦を変える」
蓮が号令を出した。
「今から俺の合図で、全員が部屋の北側に集まれ。一箇所に固まれ。糸に捕まってもいい。捕まったまま動くな」
「捕まっていいんですか?」
「いい。全員が北に固まれば、絡める者の糸も腕も全部北に向く。そうしたら、捕まっていないメンバーが南側から回り込む。腕が全部北を向いている状態で、背後を突ける」
「でも、背後を突くメンバーも北にいたら」
「俺が南にいる。俺だけ北に行かない。全員が囮で、俺だけが攻撃する」
黄金の燐光のメンバーが、一瞬だけ黙った。そして、全員が走り出した。北に向かって。
二十三人が北の壁際に集結した。絡める者の糸が殺到した。百本以上の糸が北側に集中した。メンバーが次々と拘束されていく。腕も足も体も、糸に巻かれて動けなくなった。
だが、全員が叫ぶこともなく、暴れることもなく、静かに捕まっていた。蓮の指示を信じて。
「全員捕らえた」絡める者が六本の腕を伸ばしきっていた。百本以上の糸が全て北の壁に向かっている。「三十人全員を絡めた。終わりだ」
「二十九人だ」
声は南から来た。
蓮が、絡める者の背後に立っていた。
六本の腕が全て北を向いている。背後は完全に無防備。振り返る前に、蓮の魔法が発動した。
「黄金の燐光。ギルドの名前の由来は、仲間の足跡が金色に光るからだ。俺が名前をつけた。俺の仲間は、囮になっても笑っていられる連中だ」
蓮の掌から魔法の光が放たれた。灯歩の金色の光を帯びた魔法。ギルドマスターの全力の一撃。
【蓮:灯歩魔法「 金燐砲(きんりんほう) 」→ 絡める者ダメージ:28,400】
絡める者の背中が吹き飛んだ。六本の腕が力を失い、百本以上の糸が一斉に弛んだ。拘束されていたメンバーが糸から解放された。
「今だ。全員、攻撃!」
二十九人が自由になった瞬間、全員が絡める者に殺到した。前から、横から、上から。三十人の一斉攻撃が、動けなくなった幹部に叩き込まれた。
【黄金の燐光 総攻撃→絡める者 ダメージ合計:71,600】
絡める者のHPが消し飛んだ。六本の腕がほどけ、糸が散り、体が崩壊した。
【──────────────────────────】
【紡世の徒 幹部「絡める者」を撃破しました】
【織機の動力が一つ断たれました】
【──────────────────────────】
蓮が肩の力を抜いた。副ギルドマスターが駆け寄ってきた。
「蓮さん。囮、怖かったです」
「だろうな。だが、お前たちが信じてくれなかったら成立しなかった。三十人全員が、俺の作戦を疑わなかった。それがうちのギルドの強さだ」
「蓮さんが囮にならなかった理由って、攻撃力が一番高いからですよね」
「それもある。だが本当の理由は、俺が小説家だからだ」
「は?」
「物語の最後に一人で立つのは、書いた人間の仕事だ」
「なんだよ、それ」
思わずメンバーが笑うと、蓮も笑った。
チャットが動いた。
トワ:「蓮。二つ目の動力が断たれた」
オーレン:「三十人全員無事だ。少し疲れたが」
トワ:「蓮らしい勝ち方だな」
オーレン:「囮を使ったギルドマスターが言うことか。まあいい、戻るぞ」
黄金の燐光の三十人が、通路を引き返し始めた。全員の足跡が金色に光っていた。ギルド名の通りに。