作品タイトル不明
影なき剣
影が、断たれた。
ゼクスの足元に伸びていた影が、断つ者の鋏で切り取られて消えた。影潜りの入口がなくなった。ゼクスの最大の武器が、戦闘開始と同時に封じられた。
「影潜りは封じた。次は、お前のバフを断つ」
断つ者の指が動いた。鋏の刃が空中を走った。見えない切断線がゼクスの体を通過した。
【ゼクスのバフ「灯歩の光・DEF補正」が切断されました】
「DEF補正が切れた。次は攻撃補正を断つ」
もう一度、鋏が鳴った。
【ゼクスのバフ「灯歩の光・ATK補正」が切断されました】
灯歩のステータス補正が、二つとも斬り落とされた。ゼクスのATKとDEFが、素の数値に戻った。Lv90の暗殺者としての基礎値だけが残っている。
「影潜りなし。灯歩の補正なし。これがお前の素体だ。データ上のお前は、影潜りと奇襲がなければ中程度の戦闘力でしかない」
ゼクスは黙って剣を構え直した。
「中程度、か」
「わたしのデータベースでは、そうなっている。影潜りの成功率が87%。影潜りなしの正面戦闘での勝率は62%。お前は影潜りに依存した戦闘スタイルだ」
「データの話は分かった。で、お前は何を断てる」
「全てだ。スキル、バフ、装備効果、パーティ連携、通信。わたしに断てないものはない」
「全て、か。なら一つ聞くが、経験は断てるか」
断つ者の鋏が止まった。
「経験?」
「俺がこの剣を何万回振ったか。どの角度で振れば最も速いか。相手の呼吸のどのタイミングで踏み込めば間に合うか。影潜りを覚える前から積み上げてきた剣の記憶だ。それは断てるか」
「経験はスキルではない。断つ対象にならない」
「そうか。なら十分だ」
ゼクスが踏み込んだ。
影潜りのない、正面からの突進。暗殺者の動きではない。剣士の動きだ。直線的で速い。
断つ者が反応した。天井の糸刃が降り注いだ。六本の刃がゼクスの進路を塞ぐ。
ゼクスは刃の間を縫って走った。体の軸を半回転させて一本目を避け、次の瞬間に沈み込んで二本目をくぐった。三本目と四本目の間を肩幅ぴったりで通り抜け、五本目を剣で弾き、六本目を首の傾きだけで避けた。
「避けた。六本同時の刃を。だが、お前の回避パターンは」
「パターンじゃない。目で見て、体で避けた。パターンではなく反射だ」
断つ者との距離が五メートルに縮まった。断つ者が鋏を構えた。ゼクスの剣を断とうとしている。
「武器を断つ」
鋏がゼクスの剣に向かって閉じた。
ゼクスは剣を手放した。
断つ者の鋏が空を切った。剣がない。切るものがない。
ゼクスの空いた右手が、断つ者の胸に突き刺さった。素手だ。灯歩の補正がない素の筋力。だが、暗殺者の手は急所を知っている。
断つ者の体の中心に、核があった。糸で編まれた体を動かす動力核。ゼクスの指がそれを掴んだ。
「素手は断てるか」
「素手は……武器ではない……断つ対象に」
「ならない。そうだろうな」
ゼクスが核を握り潰した。
断つ者の体が崩れた。鋏が床に落ちた。糸がほどけて散った。
【──────────────────────────】
【紡世の徒 幹部「断つ者」を撃破しました】
【織機の動力が一つ断たれました】
【織機進捗速度が低下しました】
【──────────────────────────】
ゼクスは床に落ちた自分の剣を拾い上げた。
足元を見た。影が、戻っていた。断つ者が消えたことで、切断されていた影が修復された。影潜りが使えるようになっていた。灯歩の補正も回復していた。
「戻ったか」
だが、ゼクスは影潜りなしで勝った。影が戻ったことよりも、影なしで戦えたことの方が意味があった。
見聞録の通信が微かに入った。トワからだ。
トワ:「ゼクス。織機の動力が一つ断たれた。一番乗りだな」
ゼクス:「影を断たれた。だが、影なしでも問題なかった」
トワ:「知っている。お前が影だけの男じゃないことは、最初から知っている」
ゼクス:「……ああ」
ゼクスは通路を引き返し始めた。竪穴の中央に戻る。
残り四つ。仲間たちの戦いは、まだ続いている。