作品タイトル不明
五つの扉
五組が同時に、幹部の間の手前に到達した。
見聞録のモニタリングに、五つの反応が一斉に強まった。
【通路①:幹部の間まで残り10m──個体反応増大】
【通路②:幹部の間まで残り15m──個体反応増大】
【通路③:幹部の間まで残り8m──個体反応増大】
【通路④:幹部の間まで残り12m──個体反応増大】
【通路⑤:幹部の間まで残り10m──個体反応増大】
「全員、幹部の間の直前にいる」
トワはパーティチャットを全通路に送った。
トワ:「全員聞こえるか。五組全員が幹部の間の手前に到達した。ここから先は個別の戦いになる。見聞録の索敵は幹部の間の中には届かない可能性がある。自分たちの判断で戦え。一つだけ覚えておいてくれ。幹部を倒すたびに織機の動力が一つ断たれる。全員が勝てば、織機が止まり、アルキスへの道が開く」
返信が、五つの通路から同時に来た。
ゼクス:「了解」
蓮:「任せろ」
ハル:「頑張ります」
レナ:「行ってくるわ」
ヴェノム:「行ってくる」
五つの足音が、五つの扉に向かって歩き始めた。
◇
通路①。ゼクスが一人で扉の前に立った。
扉が開いた。中は円形の部屋だった。直径三十メートル。壁は糸で編まれ、天井からは無数の糸が垂れ下がっている。垂れた糸の先端が刃のように鋭い。
部屋の中央に、幹部がいた。
細い体。糸で編まれた人型だが、輪郭が鋭い。体の表面に無数の切れ込みが入っていて、切れ込みの端が薄い刃になっている。両手の指の先が、鋏の形をしていた。
「断つ者か」
幹部が指の鋏を鳴らした。天井の糸が揺れて、刃の先端が光った。
「入ってきたか。お前の影のスキル、データにある。影潜りの持続時間は最大十二秒。潜行中の移動速度は通常の七割。知っている」
「知っているなら、対策も立てたんだろうな」
「当然。お前の影を、断つ」
断つ者の指が動いた。鋏がゼクスの足元の影を切った。影潜りの入口が断たれた。
ゼクスの目が細くなった。影に潜れない。だが、表情は変わらなかった。
「影を断たれるのは想定内だ。影がなくても戦える。俺の剣は影だけじゃない」
◇
通路②。蓮と〈黄金の燐光〉三十人が、部屋に入った。
壁から無数の糸が伸びていた。糸が床を覆い、天井を覆い、空間全体が蜘蛛の巣のようになっている。足を踏み入れた瞬間、後列のメンバー三人の足に糸が巻きついた。
「動けない!」
「焼け。魔法で」
蓮の指示で火属性の魔法が糸を焼いた。だが、焼いた端から新しい糸が伸びてきた。
部屋の奥に、幹部がいた。壁と一体化するように立っている。体中から糸が伸びて、部屋全体に張り巡らされている。六本の腕。全ての腕から糸が射出され、空間を支配していた。
「絡める者。全員の動きを止めようとしているか」
「三十人。多いな。だが、わたしの糸は何百本でも操れる。全員を止める」
「止めてみろ。三十人全員の足を同時に止められるか」
蓮が指示を出した。三十人が一斉にバラバラの方向に走った。
◇
通路③。ハルとミコトが部屋に入った。
何もない部屋だった。壁も床も天井も白い。糸の模様すらない。ただ白い空間。
「何もない……?」ハルが周囲を見回した。
「ハルちゃん、向こうに扉がある。あっちが出口かも」
ミコトが指差した。部屋の奥に扉が見えた。だが、ハルは動かなかった。
「待って、ミコトちゃん。師匠が教えてくれたことがある。『何もないと思った時こそ、見聞録を使え。何もない場所には、何かが隠れている』」
ハルが見聞録を起動した。残響を読む。空気の流れ、温度差、振動。
見聞録が反応した。部屋の中央に、目に見えない存在がいた。
「ここにいる。見えないだけで、いる」
空気が揺れた。白い部屋の中央に、幹部が姿を現した。白い糸で編まれた人型。背景と同化していて、肉眼では見えなかった。
「見抜いたか。見聞録の継承者。だが、見抜くことと、わたしの幻影を破ることは別の話だ」
部屋の景色が変わった。白い空間が消え、リベルタの広場に変わった。見慣れた風景。だが、偽物だ。
「ミコトちゃん、カメラ!」
「うん。カメラの映像を見る!」
ミコトが配信カメラの画面を覗いた。カメラの映像には、リベルタの広場は映っていなかった。白い部屋のまま。そして、幹部の姿がはっきりと映っていた。
「ハルちゃん、幹部は右前方三メートル!」
◇
通路④。レナと〈深紅の牙〉五人が部屋に入った。
部屋の天井から、五本の糸が垂れ下がっていた。糸の先端が、五人それぞれの頭上に降りてくる。
「避けて!」レナが叫んだ。
五人が散開した。だが、糸は追いかけてきた。カインの首筋に糸が触れた瞬間、カインの動きが止まった。
「カイン!」
カインが振り返った。目が虚ろだった。そして、短剣をレナに向けた。
「操られてる。カインが」
部屋の奥で、幹部が笑っていた。十本の指から糸が伸びて、人形遣いのように空中で指を動かしている。
「引く者。仲間を操って仲間と戦わせる、か」
「四人のデータは全て把握している。四人を操れば、五人目を倒せる。五人が五人を信頼しているなら、信頼を逆手に取る」
レナは剣を構えた。目の前にいるのは、操られたカインだ。仲間だ。斬れるか。斬れない。だが、斬らなければやられる。
「カイン。聞こえてるなら、今から左に避けて。右を斬るから」
カインの虚ろな目が、一瞬だけ揺れた。
◇
通路⑤。ヴェノムとソラが部屋に入った。
部屋の中央に、穴があった。床に開いた直径五メートルの黒い穴。穴の中から、吸い込む力が出ている。糸の床が穴に向かって引き寄せられていた。
穴の縁に、幹部がいた。幹部というより、穴そのものだった。人型の輪郭を持っているが、体の中身が空洞。糸で編まれた外形の中に、虚無が詰まっている。存在そのものが吸引力を持っていた。
「喰む者か」ヴェノムが足を止めた。「近づくとデータを食われる」
「あなたは旅人Lv1。データ量は少ない。食べても満足しない。だが、ゼロではない」
「ゼロじゃない。だが、俺は一度全てを失った人間だ。失うことには慣れている」
ソラが上空から声をかけた。
「ヴェノム。わたしが空から撃つ。あなたは距離を取って。近づいちゃだめよ」
「分かっている。だが、距離を取っていては倒せない」
「倒し方は、戦いながら見つけるわ」
◇
五つの部屋で、五つの戦いが同時に始まった。
トワは織機の前で見聞録を全開にしていた。五つの幹部の間からの信号は弱いが、断片的にデータが入ってくる。戦闘が始まったことは分かる。各通路で魔力の反応が激しく揺れていた。
織機の進捗表示を確認した。
【織機進捗:79.1%(取り込み速度32%低下中)】
タマキが三本目の浄化薬を投入した。
「三本目。効果維持中です」
「ありがとう。あとは仲間を信じるだけだ」
トワは五つの通路を見た。それぞれの入口の奥で、灯歩の金色の光が揺れていた。仲間たちが戦っている光だ。
信じて、待つ。