作品タイトル不明
時間との戦い
五組が通路に入ってから、十分が経った。
織機の進捗は78.5%。十分で0.2%進んだ。このペースなら、100%に達するまでおよそ九時間。だが、ペースが一定とは限らない。
トワは見聞録で五つの通路を同時にモニタリングしていた。索敵範囲は通路の入口から三百メートルまで。それ以上奥は届かない。
「ゼクスは通路①を二百メートル進んだ。戦闘はまだ発生していない」
「蓮たちは通路②を百五十メートル。三十人の隊列で慎重に進んでる」
「ハルとミコトは通路③を百八十メートル。二人とも速い」
「レナたちは通路④を二百二十メートル。深紅の牙は足が速いな」
「ヴェノムとソラは通路⑤を百七十メートル。ソラが上空を飛んで先行偵察している」
全員が順調に奥に進んでいた。幹部の間はまだ先にある。通路の長さは不明だが、見聞録の反応から推測すると、各通路は五百メートルから一キロほどの長さがあると思われた。
「タマキ。織機の解析は進んだか」
「はい、素材鑑眼で織機の表面を調べました」
タマキが織機の根元で作業をしていた。試験管と調合キットを広げて、糸のサンプルを採取しながら分析を続けている。
「織機の構造は三層です。外層が糸の取り込み部。中層がデータの統合部。内層が再構成部。白い糸が外層から入って、中層でデータが解析されて、内層で新しい世界のパーツとして編み直されています」
「弱点は?」
「外層の取り込み部です。ここが糸を引き込む力を生んでいる。取り込み部の糸は、他の場所の糸と組成が違います」
タマキが素材鑑眼の結果を表示した。
【スキル発動:素材鑑眼】
【対象:織機外層の取り込み糸】
【結果】
【主成分:世界構成糸(通常)】
【付着成分:触媒粒子(未知の成分・照合不能)】
【特性:触媒粒子が糸を引き込む力を生成している】
「触媒粒子。この未知の成分が、糸を引き込む力を生んでいます。触媒粒子を中和できれば、取り込み速度が落ちる」
「中和する方法は」
「浄化薬が使えるかもしれません。灰の環の変換炉では、浄化薬で闇の成分を中和できました。触媒粒子にも効く可能性があります。ただし、確証はありません」
「試してみてくれ」
タマキが浄化薬の瓶を取り出した。残りの在庫から一本。貴重な一本を、織機の外層に注いだ。
薬が糸に染みた。触媒粒子が反応した。泡が立ち、糸の光が一瞬揺れた。
見聞録の進捗表示が変わった。
【織機進捗:78.5% → 78.5%(停滞中)】
【取り込み速度:32%低下】
「効いてる。取り込み速度が三割以上落ちた」
「ただし、浄化薬一本分の効果です。薬が切れたら元に戻ります。効果時間は……」タマキが時計を見た。「推定二十分。二十分ごとに一本ずつ使えば、速度を抑え続けられます」
「浄化薬の残りは」
「全体の22%。瓶数にすると四十七本です。二十分ごとに一本使うと、十五時間以上は持ちます。九時間の猶予なら、十分に足ります」
「それでも取り込みが完全に止まるわけではない。速度が七割に落ちるだけで、進捗は進み続ける」
「はい。ですが、仲間たちが幹部を倒す時間を稼げます」
「十分だ。やってくれ」
タマキが頷いた。織機の根元に腰を据え、二十分ごとに浄化薬を投入する作業に入った。
アストレアが織機の周囲を巡回していた。竪穴の壁面に異常がないか、目を光らせている。
「トワさん。織機の上部、高さ四十メートルの位置に、何か文字が見えます」
「見聞録で拡大する」
月光の目を四十メートル上空に向けた。織機の表面に紡世文字が刻まれていた。
【紡世文字解読:「五つの糸が揃う時、織機は完成する。五つの糸が断たれた時、織機は止まる」】
「五つの糸。五人の幹部のことか」
「五人の幹部が織機に糸を供給しているのかもしれない。幹部を倒せば、糸の供給が止まって織機が止まる」
「見聞録の表示とも一致する。五体の幹部を撃破すると頂部への道が開放される。つまり、幹部は織機の動力源でもある」
五人の幹部を倒す理由が、もう一つ増えた。頂部への道を開くためだけでなく、織機を止めるためにも、全幹部の撃破が必要だった。
見聞録のモニタリングが更新された。五組の位置が表示される。
【通路①(断つ者):ゼクス──残り距離200m】
【通路②(絡める者):蓮+黄金の燐光──残り距離350m】
【通路③(紡ぐ者):ハル+ミコト──残り距離280m】
【通路④(引く者):レナ+深紅の牙──残り距離150m】
【通路⑤(喰む者):ヴェノム+ソラ──残り距離300m】
「ゼクスとレナが速い。単騎と少数精鋭は移動が速いな。蓮の部隊は三十人いるから慎重になるのは当然だ」
通路の中から、断片的にチャットが入ってきた。
ゼクス:「通路の中、暗い。壁の糸が動いてる。切断の刃が飛んでくる。罠だ」
トワ:「通路の罠は幹部の能力の一部だと推測される。断つ者の罠は切断系だ。影潜りで避けろ」
ゼクス:「分かっている」
蓮:「こっちの通路は糸が壁から伸びてきて絡みつく。絡めとる罠だ。魔法で焼いて進んでる」
トワ:「絡める者の前哨だ。焼くのは有効だが、魔力の消耗に注意しろ」
蓮:「了解。魔力は温存しつつ進む」
ハル:「師匠。通路の中に分かれ道が出てきました。左右に同じ通路が伸びてます。でも、見聞録の残響を使えば、空気の流れで本物の道が分かります」
トワ:「いい判断だ。ハル、見聞録の師匠として頼むぞ」
ハル:「はい!」
各通路の状況が、リアルタイムでトワの元に集まっていた。幹部の間に到達するまでは、まだ時間がかかる。その間、タマキが織機の進捗を抑え、トワが情報支援を行い、アストレアが中央を守る。
織機が動いている。データを編み続けている。だが、タマキの浄化薬で速度は落ちた。仲間たちは通路を進んでいる。時間はまだある。
見聞録の進捗表示を確認した。
【織機進捗:78.7%(取り込み速度32%低下中)】
二十分後、タマキが二本目の浄化薬を織機に注いだ。
「二本目投入。効果継続中です」
「ありがとう、タマキ。この戦いは、仲間を信じて待つ戦いだ」
「はい。わたしの仕事は、みんなが帰ってくる場所を守ることです」
タマキが薬瓶を並べて、次の投入の準備を始めた。
幹部の間まで、あと少し。