軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決着

門の前で振り返ると、ヴァルハラがまだ立っていた。

隊列に戻ったはずだった。だが、ファランクスの前で足を止めて、トワを見ていた。

「ヴァルハラ。何だ」

「一つ、聞いていいか」

「ああ」

「この先に入って、お前は必ず帰ってくるか」

「分からない。見聞録で測定範囲外の存在がいる。何が起きるか予測できない」

「だろうな」

ヴァルハラが盾を背中から外した。地面に置いた。銀色の大盾が、金色の灯歩の光を反射した。

「約束は『全てが終わった後に』だった。だが、お前がこの先に入って帰ってこなかったら、約束は果たせなくなる」

「そうだな」

「だから、今やりたい」

三千二百人が静まった。ヴァルハラの声は大きくなかったが、全員に聞こえた。

「今、ここで、お前と一対一で戦いたい。この先に何があるか分からない以上、二人とも万全な今がいい。聖騎士ヴァルハラとして、旅人トワに、正式に決闘を申し込む」

ゼクスが口を開きかけた。だが、トワが先に答えた。

「受けよう」

「トワさん」タマキが小さく声を上げた。

「大丈夫だ。時間はかからない」

トワは門に背を向けた。ヴァルハラと向き合った。

三千二百人が円形に広がった。直径五十メートルの空間が、即席の闘技場になった。

ミコトが画面を向けた。

『皆さん。トワさんとヴァルハラさんの一騎打ちが始まります。ギルド対抗戦以来の、二人の決着です』

配信のコメントが流れた。

──「まさかこのタイミングで」

──「最終決戦の直前に一騎打ちとか、熱すぎるだろ」

──「ヴァルハラはトワの全データを持ってるんだぞ。索敵を封じる手段を用意するって言ってた」

──「トワが負けるところ想像できないんだが」

──「いや、ヴァルハラを舐めるな。あの男は本気だ」

ヴァルハラが剣を抜いた。聖騎士の片手剣。盾は使わない。置いたままだ。

「盾は使わないのか」

「今日は盾で守る戦いをしない。お前に全力で斬りかかる。ギルド対抗戦の時、俺は戦術で勝とうとした。お前の索敵を陣形で封じようとした。今日は違う。お前の全データを頭に入れた上で、正面から戦う」

トワは旅立ちの剣を抜いた。Lv1の初期武器。何度も振ってきた剣。

見聞録を起動した。ヴァルハラのステータスが表示された。

【────── 見聞録:情報表示 ──────】

対象名:ヴァルハラ

クラス:聖騎士 Lv90

HP:48,000(灯歩補正後)

ATK:2,340(灯歩補正後)

特記:

対象は「トワ」の全戦闘データを保持。

行動予測精度が極めて高いと推定されます。

【──────────────────────────】

ヴァルハラのATKは2,340。トワの灯歩補正後ATKは3,814。数値だけならトワが上回っている。だが、ヴァルハラはトワの全データを持っている。動きを読まれる。

トワのHPは360。セレスの祝福で固定値。灯歩の光はATKとDEFに補正をかけるが、HPは変わらない。一撃でも当たれば致命傷になり得る。

ヴァルハラが構えた。

「行くぞ」

「来い」

ヴァルハラが踏み込んだ。聖騎士の速度は剣士に劣る。だが、ヴァルハラの一歩目は速かった。

剣が横薙ぎに来た。トワが半歩下がって避けた。ヴァルハラの目が光った。

「半歩後退。お前の回避パターンの基本形だ。次は右に跳ぶ」

右への跳躍を読まれていた。トワが右に跳ぼうとした足を止めて、逆に左に踏み込んだ。ヴァルハラの二撃目が右側の空を切った。

「読みを外したか。だが、お前が読みを外す時は、必ず逆方向に動く。それもデータにある」

三撃目が左に来た。トワは動かなかった。剣がトワの鼻先を通過した。動かないという選択肢は、ヴァルハラの予測にはなかった。

「動かない、か。面白い」

「動かないのも即興だ」

トワが旅立ちの剣を振った。三連斬の一撃目。ヴァルハラが剣で弾いた。

「三連斬。一撃目は正面、二撃目は左下、三撃目は右上。一万時間で四万回以上振ったパターンだ。知っている」

二撃目が来る前に、ヴァルハラが左下をカバーした。だが、トワの二撃目は左下に来なかった。上から振り下ろした。

「二撃目の軌道を変えた」

「三連斬の軌道は固定じゃない。最初に覚えた型があるだけで、一万時間の間に何度も変えてきた。データベースに載っているのは最頻値だ。俺は最頻値の通りには動かない」

ヴァルハラの顔に、また笑みが浮かんだ。

「最頻値から外れる確率まで計算していたが、お前は確率ではなく意志で動くか」

四分間の攻防が続いた。ヴァルハラがトワの動きを読み、トワが読みを外す。ヴァルハラが修正し、トワがさらに外す。二人の剣が交差するたびに、データと即興が衝突した。

ヴァルハラの額に汗が浮いていた。トワの呼吸が乱れていた。

均衡していた。数値ではトワが上回る。だが、ヴァルハラの読みが数値差を埋めている。攻撃が当たらなければ、ATKの差は意味がない。

五分目。ヴァルハラが間合いを取った。

「トワ。一つ、認めよう。お前のデータを全て持っていても、お前には勝てない」

「まだ勝負はついていないぞ」

「ついている。俺がお前の動きを読むたびに、お前は新しい動きを作る。データは過去だ。お前は現在だ。過去が現在に追いつくことはない。これが、お前の強さの正体だ」

「ヴァルハラ……」

「だが、負けるつもりはない。データでは勝てないなら、俺もデータを捨てる」

ヴァルハラが剣を構え直した。構えが変わった。聖騎士の正統な型ではない。見たことのない構え。重心が前に傾いている。攻撃に全てを賭ける構え。

「これは、今作った構えだ。データにはない。俺自身のデータにも、お前のデータにも存在しない。即興だ。お前に教わった」

トワは旅立ちの剣を腰に落とした。居合の構え。万象の構えで剣士のモーションを借りる手もあったが、使わなかった。自分の剣で終わらせる。

「来い!」

「もちろん、全力で!」

二人が同時に踏み込んだ。

一瞬の交差。

トワの旅立ちの剣が、ヴァルハラの腹を薄く斬った。ヴァルハラの剣が、トワの肩のそばを掠めた。

二人が背中合わせで止まった。

【トワ → ヴァルハラ ダメージ:3,814】

【ヴァルハラ → トワ ダメージ:0】

ヴァルハラのHPが大きく削れた。トワのHPはそのままだった。

ヴァルハラが振り返った。

「一撃の差か。お前の方が速かった」

「ヴァルハラの剣も、あと少しで当たっていた。紙一重だ」

「紙一重で負けたなら……完敗だ。認めよう――お前の勝ちだ、トワ」

ヴァルハラが剣を鞘に収めた。背中の大盾を拾い上げた。

三千二百人の拍手が、施設を満たした。

ヴァルハラがトワに向き直った。

「借りは返した。ギルド対抗戦の時の借りだ。お前に全力で挑んで、全力で負けた。悔いはない」

「ヴァルハラも強かったぞ」

「お前ほどじゃない。だが、今日の一戦で、次の戦い方が見えた。データを捨てて即興で戦う。お前に教わった最後の一撃が、俺の新しい剣になる」

「次がある、ということか」

「ある。いつか、また挑む。その時は、最初から即興で来る。覚えておけ」

「楽しみにしている」

ギルド対抗戦の時と同じ言葉。だが、込められた意味は違っていた。あの時は見知らぬ相手への興味だった。今は、認め合った相手への敬意だ。

ヴァルハラが隊列に戻った。ファランクスが敬礼で迎えた。

トワは門に向き直った。柱の内部に白い光が見えている。

タマキが隣に来た。

「肩、大丈夫ですか」

「ノーダメージだ、回復薬は要らない」

「でも、念のために渡しておきますね」

タマキが回復薬を渡した。

「さあ、行きましょう、トワさん」

「ああ、行こう」

トワとタマキが、中央柱の門をくぐった。