作品タイトル不明
即興
門番の八本の腕が、三千二百人を相手に戦っていた。
剣が盾壁を叩き割った。ファランクスの前列三人が弾き飛ばされた。槍が後方の魔法職に向かって突き出された。弓から放たれた糸の矢が、ソラの航空班を狙った。鎖が地面を這って、レクトの足を絡め取ろうとした。
八つの武器が同時に、別々の標的を攻撃している。一体で八人分の戦闘を同時にこなしている。
そして、全ての攻撃が的確だった。
「ファランクスの盾壁を正確に割ってくる。盾壁の隙間の位置まで把握している」ヴァルハラが歯を食いしばった。
「ギルド対抗戦のデータだ。ファランクスの盾壁配置と隙間の幅が記録されている」
「なら変える。ファランクス、盾の間隔を不規則に。左から三人目と五人目を半歩前に出せ」
陣形が変わった。門番の剣が空を切った。隙間の位置が変わったため、狙いが外れた。
だが、門番は二秒で修正した。新しい隙間を見つけて、次の一撃を叩き込んできた。
「学習速度が速い。修正に二秒しかかからない」
「二秒あれば十分だ。二秒ごとに陣形を変える。追いつかせない」
ヴァルハラが二秒ごとに号令を出した。盾壁の形が止まらずに変わり続ける。門番の剣が空を切るたびに修正するが、修正が終わる前に次の変形が来る。
トワが見聞録で門番の行動を分析していた。八本の腕の動きには優先順位がある。
【────── 見聞録:行動解析 ──────】
門番の攻撃優先順位:
①盾壁(前衛) ②魔法職(後衛) ③飛行ユニット
④索敵ユニット ⑤回復職
判明:
門番は「最も脅威度の高い対象」から順に攻撃する。
脅威度の判定基準は、過去の戦闘データに基づく。
過去に高い戦果を上げた対象ほど、優先される。
【──────────────────────────】
「脅威度順に攻撃している。過去の戦闘データで脅威度を判定している」
「つまり、強いやつほど狙われるということか」
「逆に言えば、戦闘データが少ないプレイヤーは低脅威と判定されて、攻撃の優先度が低い」
ヴァルハラの目が変わった。軍師の目だ。
「低レベルのプレイヤーを前に出すのか」
「違う。戦闘データが少ないプレイヤーに、普段やらない役割をやらせる。魔法職に前衛をやらせる。剣士に回復役をやらせる。門番のデータベースに存在しない行動パターンを作る」
「滅茶苦茶な編成だな」
「滅茶苦茶だから、データにない」
ヴァルハラが三秒だけ考えた。そして笑った。初めて見る笑顔だった。
「面白い。やろう」
ヴァルハラ:「全軍、聞け。これから出す指示は常識外れだ。だが従え。魔法職は前に出ろ。杖で殴れ。剣士は後ろに下がれ。投擲に切り替えろ。タンクは散開しろ。盾を捨てて素手で殴れ。回復職は攻撃しろ。攻撃手段がなければ石を投げろ」
三千人が一瞬戸惑った。だが、動いた。
魔法職が前に出た。杖を構えて門番の脚を殴った。門番の脚攻撃の優先対象は前衛の盾壁だ。魔法職が前にいる状況は学習データに存在しない。脚への攻撃が素通りした。
剣士が後方から石や予備武器を投げた。門番の後方防御は魔法攻撃への対処パターンしかない。物理投擲が隙間を抜けた。
ファランクスの盾壁が散開して素手で殴りかかった。盾壁が散開するパターンは門番のデータにない。八本の腕が盾壁の「形」を探して空を切った。壁がないのだから、壁を割る攻撃は意味がない。
「効いてるぞ。混乱している」レクトが拳で門番の膝を殴りながら叫んだ。
「石投げるの楽しいんだけど、これ戦闘として成立してるの?」蓮が予備の短剣を門番に投げつけながら笑った。
「成立してる。HP削れてるわよ」レナが門番の背中に回り込んで斬りつけた。「いつも右からしか斬らないんだけど、今日は左から。データにないでしょ」
【門番HP:500,000 → 412,000】
門番が八本の腕を止めた。全腕を頭上に掲げた。
「全軍停止。何か来る」ヴァルハラが号令を出した。
門番の八本の腕が、武器を捨てた。八つの武器が床に落ちた。代わりに、腕の先端から糸が伸びた。八本の糸が、周囲のプレイヤーに向かって射出された。
「糸の拘束だ。避けろ」
糸がプレイヤーに巻きつこうとした。だが、灯歩の光が反応した。糸がプレイヤーの体に触れた瞬間、金色の光に弾かれた。
「糸の奪取だ。灯歩の耐性が効いてる。奪われない」
門番の糸攻撃が、全て弾かれた。灯歩の光の完全耐性。糸を使った攻撃は、もう通じない。
門番が動きを止めた。八本の腕が下がった。パターンが尽きたのだ。学習済みの戦闘データに基づく攻撃は全て対処された。糸の奪取も灯歩の光に阻まれた。
「今だ!」トワが言った。
「全軍、総攻撃!」ヴァルハラが応えた。
三千二百人が門番に殺到した。剣が、魔法が、矢が、拳が、石が。全てのプレイヤーの全ての手段が、一体の門番に集中した。
【全軍総攻撃 → 門番 ダメージ合計:412,000】
門番のHPがゼロになった。十メートルの巨体が揺れ、糸がほどけ、崩れ落ちた。床に散らばった糸が金色に光って消えていく。灯歩の光に吸収されていった。
門が開いた。柱の内部への道が開放された。
【──────────────────────────】
【門番を撃破しました】
【中央柱への道が開放されました】
【──────────────────────────】
三千二百人の歓声が施設を揺らした。
ヴァルハラがトワの隣に来た。
「魔法職に杖で殴らせるなんて、まともな軍師なら絶対にやらない」
「だから効いた」
「データにない戦い方は、データに勝つ。お前と俺が証明した」
ヴァルハラが手を差し出した。トワが握った。
「共闘は、ここまでだ」ヴァルハラが言った。
「ああ、この先は俺の旅だ」
「分かっている。だが、約束は忘れるなよ」
「忘れない。全てが終わった後に、戦おう」
「楽しみにしている」
ヴァルハラが手を離した。背を向けて、ファランクスの隊列に戻っていった。
トワは門の前に立った。柱の内部に、白い光が見える。アルキスが、待っている。