軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

足跡の光

本隊が到着したのは、トワが高台に着いてから四時間後だった。

大道は遠回りだったが、糸喰いとの交戦は二度だけで済んだらしい。ヴァルハラの盾壁とタマキの浄化薬が、もう手順として確立されている。

「トワ。合流した。施設の偵察結果を聞かせろ」ヴァルハラが高台に上がってきた。

「こちらだ。見下ろしてくれ」

ヴァルハラが崖の端に立ち、眼下の施設を見た。言葉が止まった。

「……これは、でかいな」

「直径二キロ。中央に高さ百二十メートルの柱。BCO全域のデータがここに集約されている。柱の中に、推定レベル測定範囲外の存在がいる」

「アルキスか」

「ああ、紡世の徒のリーダーだと思われる」

ゼクス、タマキ、蓮、レクト、レナ、ソラ、アストレアが順番に高台に上がってきた。全員が施設を見て、同じように黙った。

ハルだけが手帳を開いて、すぐに描き始めた。施設の配置図を描いているのだ。

宵はトワの隣にいた。暗闇の縁に立って、光を避けている。ヴァルハラが宵を見た。

「この方は」

「宵。原初の暗闇の住人だ。案内してくれた」

ヴァルハラは深く追及しなかった。NPCの事情を問うより、目の前の施設をどう攻略するかに関心がある男だった。

「施設の入口は」

「正面に大きな門がある。大道を降りると、門の前に出る。門は開いている。ただし、中に何がいるか分からない」

「偵察の結果、防衛戦力は確認したか」

「高台からは見えなかった。中に入らないと分からない」

ヴァルハラが腕を組んだ。

「三千人で正面から入る。盾壁を先頭に、灰の環と同じ段取りで」

「だが、今回は規模が違う。灰の環は直径五百メートルだった。ここは二キロだ。中で隊列が散開する可能性がある」

「通信を維持できるか」

「見聞録の索敵範囲は一キロ。セレスの月光で拡張しても二キロ。施設の端までぎりぎりカバーできる」

「では行くか」

「ああ、全軍で降りる」

大道を降りた。三千二百人の隊列が、施設の正面の門に向かって歩いた。

門は高さ三十メートルの糸のアーチだった。表面に紡世文字が刻まれている。

【紡世文字解読:「全ての記録は、ここに帰る」】

門をくぐった。

施設の内部は、予想と違っていた。

戦場ではなかった。書庫だった。

壁一面に記録板が並んでいる。床にも天井にも、糸で編まれた棚が張り巡らされ、棚の上に無数の記録板が整然と置かれている。記録板の一枚一枚が微かに光っていて、施設全体が冷たい白い光に満たされていた。

モンスターの気配はなかった。番兵もいなかった。静かだった。

「戦闘配置は維持。だが、敵意は感じない」トワが全軍に伝えた。

三千人が書庫の中を歩いた。記録板の並ぶ棚の間を、隊列が通り過ぎていく。

記録板の一枚一枚に、プレイヤーの名前が書かれていた。

名前の横に、数字が並んでいる。総歩行距離。総戦闘回数。スキル使用回数。パーティ編成回数。全ての行動が、数字として刻まれている。

「師匠。この棚、全部プレイヤーの記録ですよね。何枚あるんだろう」

「BCOの全アカウント数と同じだけあるだろう」

「何百万枚……?」

「おそらくな」

隊列の中から、声が上がり始めた。

「おい、俺の名前がある。レベルと総プレイ時間まで書いてある」

「俺のもある。戦闘データが全部……気味悪いな」

「うわ、ギルド対抗戦の時の行動パターンまで記録されてる。あの試合のこと、全部筒抜けだったのか」

三千人のプレイヤーが、それぞれ自分の記録板を見つけていた。壁の棚、床の棚、天井の棚。全てのプレイヤーの全データが、ここに保管されている。

異変が起きたのは、その時だった。

プレイヤーが自分の記録板に近づくと、記録板が光り始めた。

冷たい白い光ではなかった。温かい光。柔らかい光。一枚の記録板が光ると、隣の記録板も光り始めた。光が広がっていく。

「何だ。光ってるぞ」

「触ってないのに……自分の記録板が、近づいただけで光り出した」

トワの足元でも、光が始まっていた。

星巡りの靴が、光っていた。いつもの銀色の足跡ではない。金色の光が靴の底から溢れている。見聞録に表示が出た。

【────── 見聞録:異常検知 ──────】

検知内容:

プレイヤーの存在が、記録データに共鳴しています。

記録板に保存されたデータと、

プレイヤー本体が保持するデータが

同一であると認識されました。

結果:

データの所有者が近接したことにより、

データが「灯火」状態に移行しています。

【──────────────────────────】

「灯火状態」

光が広がっていた。三千人のプレイヤーが施設の中を歩くたびに、周囲の記録板が光っていく。プレイヤーの数だけ光が増える。

プレイヤーが近づくと、記録板が灯る。プレイヤーが灯している。

自分で灯している。

グランの言葉が、全ての意味を持って蘇った。

──自分で灯すもの。受け取るものではないもの。

──もう持っているのに、光だと気づいていないもの。

──足跡が消えていないなら、答えはとっくにそこにある。

「足跡だ」

トワが呟いた。

「足跡が、光なんだ」

一万時間歩いてきた足跡。見聞録に記録した全てのデータ。踏破した全てのエリア。出会った全てのNCの名前。戦った全てのモンスター。仲間と共に過ごした全ての時間。

それが、四つ目の光だった。

月の祝福でも、太陽の祝福でも、星の祝福でもない。誰かから受け取ったものではない。自分で歩いて、自分で蓄積した記録。それが、光になる。

三つの光は他者から受け取った。だが、四つ目は自分で灯した。プレイヤーの数だけ光がある。トワだけの光ではない。三千人の、全プレイヤーの光。

施設全体が光に包まれ始めた。冷たかった白い光が、温かい金色に変わっていく。

セレスが角を光らせた。月光が金色の光に混じった。

「トワ。これ、あったかい。セレスのつきと、ちがうひかり。でも、あったかい」

「ああ……これが四つ目の光だ。俺たちが歩いて灯した光だ」

タマキが隣に立っていた。目が潤んでいた。

「トワさん。わたしの記録板も光ってます。調合した薬の数。浄化した瘴気の量。採取した素材の種類。全部が、光になってる」

「タマキの光だ。タマキが自分で灯した」

ゼクスの記録板も光っていた。蓮の記録板も。レナの記録板も。三千人全員の記録板が、それぞれの持ち主の近くで光を放っていた。

見聞録に、新しい表示が出た。

【──────────────────────────】

【四つ目の光が覚醒しつつあります】

【条件:全プレイヤーの灯火が揃うこと】

【現在の灯火数:3,200 / 全プレイヤー数】

【──────────────────────────】

三千二百の灯火。だが、BCOの全プレイヤー数には足りない。

「全プレイヤーの灯火が揃わないと、完全には覚醒しない」

「ここにいない全プレイヤーにも、灯してもらう必要があるのか」ゼクスが言った。

「ああ、四つ目の光は、一人の光じゃない。全員の光だ」

トワはミコトの配信チャットを開いた。

「ミコト。今の状況を、全視聴者に伝えてくれ」

『はい。視聴者の皆さん、聞いてください。今、ここで起きていることを』

ミコトの画面が、金色に光る施設を映した。

『四つ目の光が見つかりました。それは、あなたたちです。あなたたちが歩いてきた記録が、光になるんです。ここにいなくても、BCOにログインして、自分の足で一歩でも歩いてくれたら、あなたの灯火が灯ります。お願いです。今すぐログインしてください。あなたの光が、必要なんです』

配信のコメントが流れた。

──「マジかよ。俺たちの記録が光になるのか」

──「ログインするわ。今すぐ」

──「引退してたけど復帰する。俺の灯火も灯したい」

──「全プレイヤーで灯すのか。一番でかいイベントだろこれ」

灯火の数が、増え始めた。