軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暗闇の道

タマキ、ゼクス、ハルを本隊に戻した。

「トワさん。一人で行くんですか」タマキの声に、微かな不安が混じっていた。

「宵がいる。精霊もいる。偵察だけだ。戦闘はしない」

「分かりました。でも、何かあったらすぐに連絡してください」

「ああ、本隊は大道を進んでくれ。合流地点はアルキスの施設の正面になる」

ゼクスが黙ってトワの肩を叩いた。何も言わなかった。意味は分かる。気をつけろ、だ。

「ハル。本隊の情報整理を頼む。フォーラムと配信の管理も引き継いでくれ」

「了解です、師匠。気をつけて」

三人が収集者の私室を出ていった。

残ったのはトワと宵、そして精霊四体。

「宵。案内を頼む」

「うん。こっち」

宵が暗闇に手を伸ばした。壁の隅の暗闇が揺れて、人一人が通れるほどの隙間が開いた。隙間の向こうは、何も見えない。光が完全に吸い込まれる暗さだ。

「セレス。月光は出すなよ」

「わかった。ださない。がまんする」

セレスが角の光を消した。トワの肩の上で、じっとしている。

ルーナが影の中から出てきた。トワの足元の影ではなく、暗闇そのものに溶け込むように。

「……わたしが少しだけ先を歩く。夜の力で、暗闇の中の障害を感知できるから」

「頼む」

メブキが双葉を閉じた。テンが明滅を止めた。精霊全員が光を消した状態で、暗闇に入る。

トワは原初の欠片を意識した。ポーチの中にある、暗闇の色をした光の欠片。宵からもらったもの。これがある限り、暗闇の中でも歩ける。

一歩を踏み出した。

暗闇の中に入った瞬間、全ての音が消えた。

暗闇は静かだった。

足音がしない。糸の床を踏んでいるはずだが、音が暗闇に吸い込まれて消える。自分の呼吸の音すら聞こえない。

視覚も効かなかった。完全な暗闇。上下左右の区別がつかない。

だが、歩ける。原初の欠片が、胸の前で微かに脈動しているのが分かった。脈動が足元の感覚を返してくれる。地面がある。前に道がある。それが分かる。

「宵。どこにいる」

「隣にいる。右側」

声は聞こえた。暗闇の中でも、言葉だけは通る。

「宵。この暗闇は、宵闇の回廊の暗闇と同じものか」

「同じもの。原初の暗闇。世界が作られる前から存在していた暗さ。世界は糸で紡がれたけど、糸と糸の隙間には、元からあった暗闇が残っている。外殻の隅にも、その隙間がある」

「世界の隙間を歩いているのか」

「そう。隙間は狭いけど、知っていれば通り抜けられる。わたしはずっとここにいたから、全部知ってる」

ルーナの声が前方から聞こえた。

「……障害物なし。道は続いてる。ただ、足元が少しずつ下がってる。降りていってる」

「降りているのか。地下に向かっている」

「下という概念がここにあるかは分からないけど、感覚としては降りてる」

歩き続けた。時間の感覚がなかった。五分なのか、三十分なのか。暗闇の中では、距離も時間も曖昧になる。

宵が静かに話した。

「トワ。一つ教えておくことがある。アルキスの施設に近づくと、暗闇が薄くなる。アルキスの光が漏れてくるから。その光が見えたら、出口が近い」

「アルキスの光?」

「アルキスは集めたデータを光にして保存している。膨大な量のデータの光が、施設の周りを照らしている。暗闇にいるわたしには、その光がよく見える。とても明るい。でも、冷たい光。セレスの月光とは違う」

「冷たい光」

「うん。温度がない光。見ているだけで、何も感じない光。データだけが光って、気持ちが入っていない。セレスの月光には気持ちがある。だから温かい。アルキスの光にはそれがない」

セレスが角を揺らした。光は出していないが、角が微かに震えていた。宵の言葉を聞いて、何かを感じている。

前方が、ほんの少しだけ明るくなった。

「見えた。アルキスの光だ」

暗闇の端に、白い光が漏れていた。冷たい光、と宵が言った通り、透明で温度のない光。だが明るい。暗闇に慣れた目には、強すぎるほどだった。

「出口はあの光の方。出たら、アルキスの施設が見える高台に出る。上から全体を見下ろせる場所」

光に向かって歩いた。暗闇が薄くなっていく。足元に糸の床が戻ってきた。音が戻ってきた。セレスが角を光らせた。我慢の限界だったらしい。

「セレス、まぶしい」ルーナが影に潜った。

「ごめん。でも、がまん、できなかった」

暗闇を抜けた。

高台に出た。糸で編まれた崖の上。眼下に、巨大な施設が広がっていた。

一目で、これまでの構造物とは規模が違うと分かった。

円形の施設だった。直径は二キロメートル。灰の環の四倍の大きさ。施設全体が白い光に包まれている。冷たい光。データの光だ。

施設の中央に、巨大な構造体が立っていた。塔のような形だが、塔というよりも柱に近い。高さは百メートル以上。表面を無数の糸が這い回り、糸の中にデータの光が流れている。BCOの全域から集められた糸が、全てこの柱に集約されているようだった。

柱の周囲を、リング状の構造が何層にも取り巻いていた。リングの表面には記録板が無数に並んでいる。観測の間で見た記録板の、桁違いの集積。全プレイヤーの全記録が、ここに保管されている。

見聞録を起動した。距離があるため詳細なスキャンはできないが、全体像の把握はできる。

【────── 見聞録:遠距離スキャン ──────】

対象名:紡世の徒 中枢施設

種別:データ集約・統合施設

規模:直径2km

中央構造体:高さ約120m

機能推定:

外殻各地から収集された糸データを

中央構造体に統合しています。

統合されたデータは、構造体の頂部から

さらに上位の空間に転送されています。

転送先:不明

警告:

施設内部に極めて強い個体反応を検出。

推定レベル:測定範囲外

【──────────────────────────】

「推定レベル:測定範囲外。見聞録で測定できないレベルの存在が中にいる」

「アルキスだね」宵が静かに言った。「あの柱の中にいる。ずっと」

高台から施設を見下ろした。冷たい白い光が、施設全体を照らしている。データの光。プレイヤーの記録から作られた光。温度がなく、気持ちがない光。

だが、その光の中に、見えるものがあった。

光の断片が、柱の周りを回っている。断片の一つ一つが、映像を映していた。プレイヤーたちの映像。歩いている姿。戦っている姿。笑っている姿。泣いている姿。仲間と話している姿。

一万時間分の映像が、その中にあった。リベルタを歩くトワの映像。セレスに名前をつけた瞬間の映像。タマキと初めてパーティを組んだ日の映像。ゼクスと背中を合わせて戦った映像。

全部、ここにある。全部、集められていた。

「トワ」宵が言った。「あの光の中に、あなたの全部がある。一万時間分の全部が」

「ああ……全部見られていた。最初の一歩から」

トワは見聞録を起動したまま、施設の全体をスキャンし続けた。本隊が大道から到着するまでに、できるだけ多くの情報を集める必要がある。構造、防衛、入口の位置、弱点になり得る箇所。

メブキが双葉を揺らした。

「くるくる。トワ。あのひかり、つめたい。でも、なかに、あったかいの、まじってる」

「温かいもの?」

「ひかりのなかの、ひかり。データじゃなくて、ひとの、あしあと。あるいた、きおく。それは、つめたくない」

メブキの根は、データと記憶の違いを感じ取っていた。データは冷たい。だが、その中に含まれる「歩いた記憶」には温もりがある。

グランの言葉が、また蘇った。

──自分で灯すもの。受け取るものではないもの。もう持っているのに、光だと気づいていないもの。

足跡。記録。歩いた記憶。

答えが、近づいている気がした。まだ掴めない。だが、もう少しだ。

本隊の合流を待つ間、トワは高台の上で施設を見続けた。星巡りの靴の銀色の足跡が、崖の端に光っていた。