作品タイトル不明
再会
「宵」
「トワ。それと、セレスと、ルーナと、メブキと、テンと……それから」
宵の暗い紫色の瞳が、トワの後ろの三人を見た。
「新しい人たちもいる」
「タマキだ、俺のパートナー。こっちがゼクス。後ろが弟子のハル」
「こんにちは、宵さん」タマキが頭を下げた。
宵が小さく微笑んだ。暗闇の中から一歩だけ出ている。暗い紫色の髪が、セレスの月光に照らされて揺れていた。
セレスが角を光らせて、トワの肩から飛び降りた。宵の前に立った。
「よい。セレス、きた。やくそく、まもった」
「うん、来てくれた。セレスの月光が、遠くから見えた。暗闇の中に光が入ってきて、あなただって分かった」
「よい。げんきだった?」
「元気、というのかな。ずっと暗闇の中にいたから、元気も元気じゃないも、よく分からない。でもね、セレスの光を見た瞬間は、嬉しかった」
セレスが角を宵の手のひらに近づけた。前と同じように、月光が宵の手に触れた。暗闇の欠片と月光が重なって、星のような輝きが生まれた。
「ほし。まえとおなじ。よいと、セレスの、ほし」
「うん。消えない光。まだ、残ってた」
宵が手のひらを開いた。前回セレスの月光が触れた場所に、小さな星の光がまだ残っていた。消えていなかった。
「セレス。この光、ずっと持ってた。暗闇の中で、唯一の明かりだった」
セレスの角が強く光った。嬉しくて制御ができなくなっている。
「よい。セレス、やくそく、もうひとつ、ある。そとのほし、みせるって、やくそくした。いまは、まだ、みせられない。でも、ぜったい、みせる」
「待ってる。ずっと待ってる」
◇
宵が暗闇の縁に座った。トワたちが向かい合って座る。収集者の私室は小さいが、六人と精霊三体と虫一匹が座れる程度の広さはあった。
「宵。なぜここにいる。宵闇の回廊から、どうやってここまで来た?」
「原初の暗闇は、世界の下地に広がっている。下地は世界の裏側。そしてこの外殻も、世界の裏側。つまり、原初の暗闇と外殻は繋がっている。暗闇を通って、ここに来れた」
「原初の暗闇は世界の下地、外殻は世界の外殻。両方とも世界の裏側だから、接続している」
「そう。ただし、誰でも通れるわけじゃない。暗闇の中を歩けるのは、暗闇に属するものだけ。わたしは暗闇の住人だから、通れた」
「宵はこの施設のことを知っていたのか」
「知っていた。暗闇の中から、この場所を見ていた。長い間。ここに来る者が、世界の糸を集めて、記録して、何かを作ろうとしているのを、暗闇の向こう側から見ていた」
「その者の名前は知っているか」
「アルキス……この部屋の主。わたしが暗闇の中にいた頃から、ずっとここにいた。世界が作られた直後から、ずっと」
トワは聞いた。
「アルキスは、いったい何をしているんだ?」
「全てを見ようとしている。全プレイヤーの記録を集めて、世界の完全な姿を自分の中に作ろうとしている。糸を引き抜くのはそのため。糸の中にデータがあるから、糸を集めれば、データが手に入る」
「闇の変換炉は」
「アルキスの仕事の一部。糸を引き抜くと、世界の構造が弱くなる。弱くなった場所に闇が流れ込む。アルキスはそれを利用して、世界をさらに弱くする仕組みを作った。弱い世界からは、糸がもっと簡単に引き抜ける。悪い循環を作っている」
「循環を断った。変換炉は止めた」
「知っている。暗闇の中からでも、聖騎士の光は見えた。白い光が、灰色を塗り替えていくのが見えた」
タマキが質問した。
「宵さん。アルキスさんは今、どこにいますか」
「この施設の奥。もっと深い場所に、アルキスの本当の居場所がある。ここは記録を保管する場所でしかない。本体は、もっと大きな施設の中にいる」
「どのくらい奥に……」
「暗闇を通れば、直接行ける。でも、暗闇を通れるのはわたしだけ。あなたたちは、糸の道を歩くしかない。歩くなら、ここから先、二つの道がある」
「二つ」
「一つは、糸の大道。太い糸の束に沿って進む道。距離は長いけど、道が安定していて、大勢で歩ける。もう一つは、暗闇の隙間。原初の暗闇が外殻と接している場所を通る近道。距離は短いけど、暗闇の中を通るから、原初の欠片がないと歩けない」
「原初の欠片は俺が持っている」
「うん。だから、トワは近道を通れる。でも、仲間たちは通れない。原初の欠片は一つしかないから」
ゼクスが口を開いた。
「軍を分ける必要があるか。本隊は大道を進み、トワが近道で先行する」
「宵。近道を通ると、何が見えるか分かるか」
「アルキスの施設の手前に出る。施設の全体像を先に確認できる。大道で行くと、施設の正面に出るから、全体が見えないまま突入することになる」
「偵察としての価値がある」
トワは考えた。
三千人の本隊を大道に進ませ、自分が少数で近道を通って先行偵察する。アルキスの施設の全体像を把握してから、本隊と合流して突入する。
「宵。近道を案内してくれるか」
「あなたたちと一緒に歩くなら、案内する。わたしは暗闇の住人だから、暗闇の中では道が分かる」
「ありがとう」
「ありがとうはわたしの方。また会えて、嬉しかった。暗闇の中で一人でいるのは慣れてるけど、慣れてるのと平気なのは、違うから」
セレスが宵の隣に立った。
「よい。セレス、いっしょに、あるく。よいの、やみのなかを。セレスのつきで、すこしだけ、あかるくするから」
「ありがとう、セレス。でも、暗闇の中では月光は出さないで。暗闇が驚いてしまうから。わたしがいれば大丈夫。暗闇は、わたしの家だから」
「わかった。じゃあ、セレス、よいの、となりに、いる。ひかり、ださないけど、いる」
「うん。それだけで十分」
ルーナが影の中から声を出した。
「……宵。わたしも暗闇に近い存在だから、少しだけ暗闇の道を歩ける。手伝えることがあったら言って」
「ルーナ。夜の精霊。あなたの夜は、暗闇とは違うけど、近い。一緒に歩けると思う」
メブキが双葉を揺らした。
「くるくる。よいさん、くらいとこ、こわくない?」
「怖くないよ。暗いのはわたしの家だから。でも、寂しかった。今は寂しくない」
テンがブーツの上で二回点滅した。静かな挨拶。
宵が立ち上がった。暗闇の縁に立って、トワを見た。
「トワ。この先に行けば、アルキスがいる。アルキスは全てを知ろうとしている。でも、一つだけ知らないことがある」
「何だ」
「自分で歩くということ。アルキスは全てを見ているけど、自分では一歩も歩いたことがない。記録を集めて、データを読んで、分析して、全てを理解したつもりになっている。でも、足で歩いて知ることと、記録を読んで知ることは、違う」
「ああ、それは俺もそう思う」
「だから、あなたが行くべきなんだと思う。一万時間歩いた旅人が」
宵の暗い紫色の瞳が、真っ直ぐにトワを見ていた。
トワは頷いた。
「行こう。宵、案内を頼む」
「うん。行こう」
宵が暗闇の中に手を伸ばした。暗闇が揺れて、道が開いた。