軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光が届く

変換炉が止まってから、十分が経った。

灰の環の内部は静かだった。番兵の残骸だった糸が床に散らばっている。変換炉の表面は灰色から白に戻り、もう脈動していなかった。光の柱だけが天に向かって伸びているが、色は白い。浄化された光だ。

アストレアがタマキの肩を借りて壁に寄りかかっていた。回復薬を三本飲んで、HPは戻ったが、精神的な疲労は薬では回復しない。

「少し休め。急ぐ必要はない」トワが言った。

「すみません。もう少しだけ……」

「謝るな。仕事をした後だ」

ゼクスが黙って自分のマントをアストレアの肩にかけた。何も言わなかった。レナが壁に背を預けて剣を磨いていた。

ミコトから配信チャットが入った。

ミコト:「トワさん。BCOの本体で、変化が起きています。ソルシアの侵蝕地帯が消え始めたそうです。フォーラムに速報が上がっています」

フォーラムを開いた。

──────

【速報】ソルシアの闇が消えた! 侵蝕地帯が浄化されていく

──────

──「ソルシアの南部にいるんだが、地面の黒い染みが消えていってる。リアルタイムで」

──「草が生え始めてる。侵蝕で枯れてた草原が、目の前で緑に戻ってるぞ」

──「空気も変わった。あの重い感じがなくなった。普通の空気だ」

──「楔を抜いた時とは規模が違う。あの時は侵蝕が止まっただけだった。今回は、完全に消えていってる」

──「マジで根っこから断ち切ったのか? 外殻に行った連中が何かやったんだな」

──「ミコトの配信で見たぞ。変換炉っていう施設を止めたらしい。アストレアが聖光で浄化した」

──「アストレアさん最高かよ」

──「聖騎士の本気を見た」

──────

トワはフォーラムをアストレアに見せた。アストレアが画面を読んで、目を細めた。

「ソルシアの闇が……消えている」

「アストレアが止めた。ここで」

「わたし一人ではありません。ヴァルハラさんたちが集糸塔を止めてくれたから、タマキさんが薬で支えてくれたから、ゼクスさんとレナさんが番兵を引き受けてくれたから、トワさんが指示をくれたから。全員の力です」

「そうだな。全員の力だ」

セレスが角を光らせた。月光がアストレアの白い鎧に反射して、広間を照らした。

「あすとれあ、つよかった。セレスのつきと、おなじ。やみを、おす、ひかり」

「ありがとう、セレスちゃん。嬉しいです」

メブキが双葉を揺らした。

「つちが、よろこんでる。ソルシアの、つち。とおくだけど、わかる。げんきになってる」

「メブキ。ウルからの根連絡か」

「ううん。ウルからじゃない。つちが、ふるえてる。うれしいふるえ」

世界の糸が構成する土壌にまで、浄化の影響が伝わっているのだろう。メブキの根は外殻では届かないが、土の振動そのものを感じ取る感覚は生きていた。

広間を出て、螺旋通路を登った。地上に戻ると、灰の環の外周で全軍が待っていた。

三千人が、先遣隊の帰還を見守っていた。アストレアがタマキに支えられながら出てくるのを見て、誰かが拍手を始めた。一人の拍手が広がって、三千人の拍手になった。

アストレアが立ち止まった。白い鎧が汚れている。マントはゼクスのを借りたまま。疲れ切った顔。だが、胸を張っていた。

ヴァルハラが歩み寄った。

「見事だ。聖騎士の仕事を見た。ファランクスの聖騎士たちにも見せたかった」

「ヴァルハラさんの集糸塔停止がなければ、間に合いませんでした」

「互いの仕事だ。礼は不要だ」

レクトが近づいた。大柄な剣士が、不器用に手を差し出した。

「すげえもん見せてもらった。ありがとう」

アストレアがレクトの手を握った。二人の手の大きさの差が、少し可笑しかった。

蓮がトワに寄ってきた。

「ソルシアの闇が消えた。フォーラムが大騒ぎだぞ。お前の指示で動いた結果だ」

「俺の指示じゃない。アストレアが止めた」

「お前はいつもそう言う。だが、アストレアを炉心に送り込む判断をしたのはお前だ。番兵の攻撃パターンをリアルタイムで伝えたのもお前だ。集糸塔を外から止める判断を出したのもお前だ。全部、お前の見聞録と指揮があったからだ」

「蓮」

「分かってる。お前が褒められるのが苦手なのは知ってる。だから、これだけは言っておく。お前がいなかったら、今日のこの結果はなかった」

トワは何も返さなかった。蓮もそれ以上言わなかった。二人には、それで十分伝わる。

休息を取った。全軍が灰の環の周辺で二時間の休憩に入った。

タマキが残りの浄化薬の棚卸しをしていた。

「トワさん。浄化薬の残りは全体の22%です。変換炉の停止で環境毒性が消えたので、これ以上の消耗は抑えられますが、この先にまだ戦闘があるなら不安が残ります」

「外殻の糸から素材を抽出できないか。ここにしかない素材があるなら、新しい薬の調合ができるかもしれない」

「糸喰いの核と外殻の糸片が手元にあります。これを使って何か作れないか、試してみます」

タマキが調合キットを広げて、作業を始めた。

トワはソラを呼んだ。

「ソラ。灰の環の先の地形を、上空から確認してくれるか」

「もう見てきたわ」

ソラがホログラム地図を展開した。灰の環から先の領域が追加されている。

「灰の環の北側に、道が続いているの。糸の色が白に戻った領域を抜けると、また新しい構造が見えた。灰の環とは形が違う。集糸塔でもない。もっと……複雑な構造よ。遠くてまだ詳細は分からないけど、人が住んでいたような雰囲気がある」

「人が住んでいた構造か」

「推測だけど。窓のようなものが見えた。それと、入口付近の地面に、文字らしきものが刻まれていたわ。紡世文字かもしれない」

紡世の徒の拠点に近づいているのかもしれない。あるいは、別の何かが待っているのか。

「分かった。休息が終わったら、その方向に進軍する」

ソラが頷いて、再び空に飛び上がった。

トワは灰の環を振り返った。白い光の柱が、まだ天に向かって伸びている。闇を送り込んでいた経路が、今は世界を照らす光に変わった。

一つ目の伏線を回収した。ソルシアの闇は止まった。

だが、世界の糸はまだ引かれている。集糸塔はまだ十四本中五本しか止めていない。紡世の徒の本拠は、まだ先にある。

休息の間に、見聞録のデータを整理した。外殻の踏破率は0.31%。まだ全体の三百分の一にも満たない。

だが、一歩ずつ進んでいる。