軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変換炉

灰の環の内部は、螺旋状の通路だった。

壁の両側を灰色の糸が覆っていた。糸の表面に黒い斑点が点在している。壁の中を、データの光がゆっくりと流れていた。外側では白かった光が、ここでは暗い灰色に変色している。

通路の幅は五メートル。天井は三メートル。先遣隊五人と精霊四体が一列で進む。先頭にゼクス、中央にトワとタマキ、後方にアストレアとレナ。

「空気が濃くなってる」レナが鼻を押さえた。「苦い。これ、ソルシアの瘴気と同じ匂いだわ」

「アストレア。聖属性でどこまで感知できる」

「通路の奥に、大きな闇の塊があります。方向は……下です。螺旋の通路は、下に向かって巻いています。闇の源は、この施設の最下層にあると思います」

セレスが角を光らせた。月光が通路の壁を照らした。糸の中の黒い斑点が、月光を受けて微かに揺れた。

「セレス。この斑点、月光に反応しているか」

「うん。くろいとこ、セレスのつきに、ちょっとだけ、にげてる。つきのひかり、いやがってる」

「月光が闇を押しているのか」

「おしてる。でも、けせない。つよすぎる」

宵闇の回廊での経験が蘇った。あの時も、セレスの月光は闇を抑えることはできたが、消すことはできなかった。ただし、月影属性なら闇と月光の境界に干渉できた。

「ルーナ。夜の力はどうだ」

「……この闇は、わたしの夜とは別物。夜は自然なもの。この闇は、作られたもの。糸のデータを無理やり変質させた、人工的な闇」

「自然の闇と人工の闇の差異か。対処法が変わるかもしれない」

螺旋通路を降りていく。一周、二周、三周。壁の糸の色が灰色から暗褐色に変わった。黒い斑点が増え、壁全体が暗く染まっている。

五周目。通路が開けた。

円形の広間だった。直径百メートル。天井が高い。上空には灰の環の中央の穴があり、灰色の光の柱が天に向かって伸びている。光の柱を下から見上げる位置にいた。

広間の中央に、それがあった。

巨大な機構だった。高さ十メートルの円筒形。表面を無数の糸が這い回っている。糸は円筒の底部から入り、内部を通過して、頂部から灰色に変色して出ていく。出た糸が束になって光の柱を構成し、天に向かって放出されている。

白い糸が入り、灰色の糸が出る。これが変換炉の仕組みだった。

「あれが動力源か」ゼクスが剣を握った。

トワが見聞録でスキャンした。

【────── 見聞録:高精度スキャン結果 ──────】

対象名:闇の変換炉

種別:属性変換装置

建造者:紡世の徒

機能:糸データの闇属性への変換・放出

出力:BCO本体 ソルシア地方全域

稼働状態:稼働中

停止条件:炉心の闇核を浄化または破壊する

警告:炉心に守護機構が確認されています。

【──────────────────────────】

「停止条件は炉心の闇核の浄化か破壊。守護機構がある」

「浄化と破壊、どちらがいい」タマキが聞いた。

「浄化できるなら浄化の方がいい。破壊すると周囲の糸に影響が出る可能性がある」

「アストレアの聖属性なら、浄化ができるかもしれません。ソルシアの侵蝕を浄化した時と同じ原理で」

アストレアが剣を構えた。聖属性の白い光が刃に宿った。

「やってみます。わたしの聖光で、闇の核を浄化する」

「まず守護機構を排除する。近づけなければ浄化もできない」

トワが変換炉に向かって歩き出した。五人が広間の中央に進む。

変換炉との距離が三十メートルを切った時、炉の表面の糸が動いた。

糸が剥がれ、束になり、形を作った。人型だった。

二体。高さ三メートル。灰色の糸で編まれた人型の体に、黒い目が二つ。手が四本あり、それぞれの手に、糸で編んだ武器を持っていた。剣、槍、盾、鞭。

闇の糸で編まれた兵士。変換炉を守るための人形だった。

【────── 見聞録:初回スキャン ──────】

対象名:炉心の番兵

種別:人工守護体

レベル:Lv90

HP:85,000(×2体)

属性:闇

特性:炉心から闇のエネルギーを供給される限り、

無限に再生する

【──────────────────────────】

「Lv90が二体。HP八万五千。そして、炉心から闇を供給されて無限再生する」

「炉心を止めない限り、倒しても復活するってことか」レナが剣を構えた。

「そうだ。つまり、番兵を押さえている間に、アストレアが炉心に到達して浄化する必要がある」

「時間制限のある戦闘ね。好きなタイプだわ」レナが笑った。

「ゼクス。番兵の一体目を引き受けてくれ」

「了解した」

「レナ。二体目を頼む。倒さなくていい、足止めでいい」

「了解。カインたちがいないけど、一人で足止めぐらいはできるわよ」

「タマキ。アストレアの護衛を頼む。炉心まで一緒に走って、浄化の間、薬で支援してくれ」

「はい。任せてください」

「俺は全体の索敵と状況把握。見聞録で番兵の行動パターンを記録して、ゼクスとレナにリアルタイムで攻撃タイミングを伝える」

全員が頷いた。

番兵が動き出した。四本の腕が武器を振り上げた。灰色の糸の体が、滑るように床を走ってくる。

「行け」

ゼクスが影に沈んだ。影潜りから一体目の横に出現し、黒い刃が閃いた。番兵の剣と噛み合う。金属ではなく糸の音、鈍い軋みが広間に響いた。

レナが二体目に向かって走った。剣を正面に構えて突進する。番兵の槍が突き出された。レナが身を捩って躱し、剣で槍の柄を弾いた。

「アストレア、タマキ、今だ。回り込め」

アストレアとタマキが、番兵の戦闘の隙を縫って走った。変換炉まで三十メートル。二十メートル。十メートル。

番兵の一体が振り返った。四本目の腕が鞭を振った。鞭が空を裂いてアストレアに向かう。

「させない」

タマキが薬瓶を投げた。瓶が鞭の前で割れ、浄化薬の霧が広がった。闇属性の鞭が浄化薬に触れて、一瞬だけ動きが止まった。

その一瞬で、アストレアが変換炉に到達した。

聖属性の剣を炉の表面に突き立てた。白い光が炉を貫いた。

変換炉が振動を始めた。灰色の光の柱が揺れ、広間全体が震えた。

番兵たちの動きが激しくなった。炉心が脅かされたことを感知して、四本の腕が全力で暴れ始める。

ゼクスが歯を食いしばった。レナの剣が火花を散らした。

浄化が始まった。だが、終わるまでどれだけかかるか、誰にも分からなかった。