軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰の環

輸送に二時間半かかった。

その間、糸巻きは一度も浮上してこなかった。ダリオの操船が静かだったのと、ソラの航空班が気流を制御して船の音を消していたおかげだ。

三千二百人が対岸に揃った。灰色の糸の領域に、全軍が集結している。

「全員の渡航完了。負傷者なし」ヴァルハラが報告した。「ただし、浄化薬の消耗が想定より早い。後方で糸喰いの小群と二回交戦した」

「タマキ。残りは」

「浄化薬、残り四割。素材があれば現地で追加調合できますが、この領域には既知の素材がありません」

「節約しながら進む。浄化薬は対ボス戦に温存する」

隊列が「灰の環」に向けて動き始めた。

灰色の領域を歩くと、空気が変わった。白い糸の領域にはなかった重さがある。肺に入る空気が冷たく、わずかに苦い。

アストレアが鎧の下で祈りの印を切った。

「トワさん。この空気、覚えがあります。ソルシアの侵蝕地帯に入った時と、同じ感覚です」

「やはりか」

「聖属性が反応しています。この空気の中に、闇の成分が含まれている。微量ですが、奥に行くほど濃くなっています」

ソラが隣で頷いた。

「わたしも感じる。風が重い。ソルシアの南部を飛んだ時と同じ重さよ」

灰の環まで残り五百メートル。糸の色がさらに暗くなった。灰色から、褐色に変わりつつある。足元の糸の中を流れるデータの光も弱くなっていた。データが抜き取られた後の、空っぽの糸。

見聞録が異常を検知した。

【────── 見聞録:環境警告 ──────】

現在地の環境毒性:微量

闇属性濃度:上昇中

推奨対策:浄化薬の携帯

※長時間の滞在により、

ステータス低下が発生する可能性があります。

【──────────────────────────】

「環境毒性が出てる。全員に浄化薬を一本ずつ飲んでおくように伝えてくれ」

タマキがパーティチャットで全軍に指示を出した。三千人が一斉に浄化薬を飲む。備蓄がまた減った。残り三割を切った。

灰の環が近づいてきた。

灰の環は、遠くから見た以上に巨大だった。

直径五百メートルの環状構造。高さは二十メートル。糸を編んで作られた壁が、円形に世界を囲んでいる。壁の表面は灰色で、ところどころに黒い斑点がある。

壁の内側から、低い音が聞こえていた。振動のような、うなりのような音。一定の周期で脈打っている。

中央の穴は上空に向かって開いていた。穴の直径は百メートル。穴の中から、灰色の光が柱のように天に向かって伸びている。光の柱は、外殻の糸の天蓋を貫いて、その先のどこかに繋がっているようだった。

「あの光の柱が、BCOの世界に闇を送り込んでいるんだ」

トワが見聞録で光の柱をスキャンした。

【────── 見聞録:高精度スキャン結果 ──────】

対象名:灰の環(中央部)

種別:変換施設

機能:糸データの属性変換

解析結果:

集糸塔から転送された糸のデータを、

闇属性に変換して再放出しています。

放出先はBCO本体のソルシア地方です。

追加情報:

変換の動力源は施設内部に存在します。

【──────────────────────────】

「変換施設か」ゼクスが目を細めた。「世界の糸を集めて、闇に変えて、BCOに送り返している」

「ソルシアの闇の正体がこれだ。紡世の徒が世界の糸を引き抜いて、闇属性に変換して、ソルシアに注入していた。封印の楔は、この注入を受け止めるための蓋だった」

アストレアが拳を握った。

「ルミナリアが封じたのは、この闇だったんですね。外側から送り込まれる闇を、封印で受け止めて、ソルシアの中に閉じ込めた。ソルシアの大地が犠牲になったのは、この施設のせいだった」

「楔を抜いても闇が再発したのは、この施設が動き続けていたからだ」

「では、この施設を止めれば」

「ソルシアの闇は根本から止まる」

タマキが灰の環の壁に素材鑑眼を向けた。

「壁の構造、集糸塔と同じ技術で作られています。ただ、集糸塔よりも古い。構造の劣化が進んでいて、一部が崩れかけてます」

「古い施設か。紡世の徒が長い間運用してきたということだな」

「はい。それと、壁の内側に入口らしき構造があります。環の南側に、アーチ型の開口部が見えます」

トワは振り返った。三千人の隊列が、灰色の空間の中で待機している。

「全軍で入るには狭い。先遣隊で内部を確認してから判断する」

パーティチャットを開いた。

トワ:「灰の環に到達した。ソルシアの闇を生成している変換施設だ。これを止めれば闇が根本から止まる。先遣隊で内部に入る。ヴァルハラ、外周の防衛を頼む」

ヴァルハラ:「了解。ファランクスで環の外周を固める。中から何か出てきても対応できるようにしておく」

レクト:「白霧の進軍で北側を押さえる」

蓮:「黄金の燐光は東と西を分担する」

先遣隊を編成した。トワ、タマキ、ゼクス、アストレア、レナ。五人と精霊三体と虫一匹。

アストレアを入れたのは、聖属性が闇の変換に干渉できる可能性があるからだ。レナは遊撃の火力として。

南側の入口に向かった。灰色の壁に開いたアーチ型の開口部。中は暗い。アーチの縁に、紡世文字が刻まれていた。

見聞録で解読した。

【紡世文字解読:「ここに集めた糸は、世界を閉じるために使われる」】

「世界を閉じる、か」

「紡世の徒の目的がまた一つ見えたな」ゼクスが壁に手を触れた。「糸を引き抜いて闇に変え、世界を閉じようとしている」

「全貌はまだ分からない。だが、この施設を止めることは、ソルシアのためだけではなく、世界全体のためになる」

トワはアーチの中に一歩を踏み入れた。暗い通路の奥に、灰色の光が脈動していた。

変換の動力源が、この中にある。

「行こう。ソルシアの闇を、ここで止める」

アストレアが剣を抜いた。聖属性の光が、灰色の通路を白く照らした。

「はい。聖騎士として。この闇を断ちます」

五人が、灰の環の内部に入っていった。