軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

断たれた道

突入から六時間。

集糸塔は、一つだけではなかった。最初の塔を通過した後、二つ目が三十分後に見つかった。三つ目は十五分後。四つ目は五分後。間隔がどんどん短くなっている。

六時間の進軍で、十四本の集糸塔を通過した。全てが同じ方向に糸を転送している。奥に行くほど塔は大きくなり、最後に通過した塔は高さ五十メートルを超えていた。

ソラが上空から報告を送ってきた。

「トワ。上空から見ると、集糸塔が弧を描いて並んでいるわ。道に沿ってではなく、何かを囲むように配置されている。弧の先は、前方二キロ地点で途切れてる」

「途切れている?」

「糸の床がない。直径一キロほどの円形の空白地帯がある。糸が完全になくなっている領域よ。集糸塔の弧は、その空白地帯の縁に沿って建っている」

「空白地帯の向こう側には何が見える」

「糸の色が変わってる。白ではなく、灰色と黒が混じってる。それと、もっと大きな構造物が見えるわ。集糸塔とは形が違う。詳しくはそちらで見聞録を使ってほしい」

「ありがとう。先に進む」

前方二キロ地点。隊列が止まった。

空白地帯だった。

糸の床が、切れ目なく消えている。円形に、直径一キロメートル。下を覗くと、何もなかった。BCOの世界の裏側すら見えない。ただ暗い。底がない暗闇だ。

「糸が完全に消失している」トワが見聞録でスキャンした。「食われたのではなく、引き抜かれている。周囲の断面を見ると、切断された痕がある」

「聖都の裂け目と同じか」ゼクスが断面を覗いた。「あの時も、糸が切断されていた」

「引くだけでなく、断つ力も働いている」

タマキが空白地帯の縁に膝をついた。断面の糸に試験管を当てる。

「断面の成分、分析します」

素材鑑眼を起動した。

「トワさん。切断面に、焼けた痕があります。高温で焼き切られたような成分変質です。糸喰いの捕食痕とは全く違います」

「道具を使って切断した、ということか」

「そう考えるのが自然です。刃物か、熱を持つ何かで」

三千人の隊列の前に、直径一キロの穴が開いている。迂回するにも、空白地帯の左右は集糸塔の弧で塞がれていた。集糸塔の間を抜けることは可能だが、塔の周囲は糸喰いの密度が高い。

「ダリオ」トワがチャットを開いた。

「おう」

「空中船で空白地帯を渡れるか」

「見てきた。一キロだろ。風がないから操船は楽だ。往復すれば全員運べる。ただし一隻五十人で、二隻あるから一度に百人。三千人を運ぶには三十往復。片道五分として、三時間はかかる」

「三時間か。その間、後方の隊列は待機になる」

ヴァルハラが割り込んだ。

「待機中に糸喰いの襲撃を受ける可能性がある。ファランクスで後方を固めるが、三時間の防衛戦は消耗が大きい。タマキの浄化薬の在庫は」

「残り六割です」タマキが答えた。「三時間の防衛戦になると、四割を使い切る可能性があります」

「輸送を早める方法はないか」レクトが聞いた。

ソラが降りてきた。

「飛行可能なメンバー九人で、追加の空輸ができるわ。一人あたり二人を抱えて飛べる。九人で十八人。船と合わせて一度に百十八人。往復回数を減らせるわ」

「それでも二時間半はかかる」

トワは空白地帯を見た。底のない暗闇。飛行スキルか船がなければ渡れない。

ルーナが影の中から声を出した。

「……トワ。空白地帯の下、暗闇の中に何かがいる」

「何が」

「大きい。糸喰いとは違う。一体だけ、ゆっくり動いてる」

見聞録の索敵を空白地帯の下方に向けた。反応があった。空白地帯の中央、深さ二百メートルの位置に、巨大な反応。

セレスが角を光らせた。月光が暗闇の中に伸びた。光が届いた先に、影が見えた。

糸を巻いていた。

巨大な円筒形の体。全長五十メートル。体の表面に無数の腕があり、腕の先に紡錘がある。紡錘が回転しながら、周囲の空間から糸を引き出して巻き取っている。糸を食べるのではなく、巻き取って蓄えている。

こいつが、この空白地帯を作った。周囲の糸を全て巻き取って、床を消したのだ。

【────── 見聞録:初回スキャン ──────】

対象名:糸巻き

種別:外殻生息体(大型)

レベル:Lv88

HP:120,000

属性:不明

特性:糸構造の巻き取り・蓄積

※個体は空白地帯の下方に滞留しています。

通過時に刺激すると戦闘が発生する

可能性があります。

【──────────────────────────】

「Lv88、HP十二万……糸喰いの十倍だ」

「戦うのか」ゼクスが聞いた。

「避けられるなら避けたい。空中船とソラの航空班で静かに渡れば、刺激しないで通過できるかもしれない。だが、三時間の輸送中にあれが浮上してきたら、空中で戦闘になる」

「空中戦は不利だな。足場がない」ヴァルハラが顎に手を当てた。「地上戦に持ち込むなら、先に誰かが対岸に渡って、向こうの床の上で迎え撃つ形にしたい」

「最初の便で精鋭を送る。俺とゼクス、タマキ、レナの深紅の牙。対岸に拠点を作ってから、残りの輸送を始める」

「了解した。こちらは後方の防衛を引き受ける」

ダリオが船を空白地帯の縁に寄せた。一隻目の甲板にトワたちが乗り込んだ。

「静かに行くぞ。下のやつを起こすなよ」ダリオが舵を握った。

船が糸の床を離れ、暗闇の上空を滑り始めた。

下方二百メートルに、糸巻きがいる。巨大な体がゆっくりと回転している。紡錘が回り、糸を巻き取る音が、かすかに聞こえてきた。規則的な、機械のようなリズム。

セレスがトワの肩で角を消した。月光を出さないようにしている。

五分間、誰も喋らなかった。

船が対岸の糸の床に着いた。足が床を踏んだ瞬間、星巡りの靴が銀色の足跡を刻んだ。

ソラの報告通り、対岸の糸の色が違っていた。白ではなく、灰色がかっている。暗い。空気の温度も、わずかに下がった気がした。

「ここから先の領域は、糸の状態が劣化している」トワが見聞録で周囲をスキャンした。「糸の中のデータ量も減っている。引き抜かれた後の……無の領域だ」

「【闇】が近い、という意味ですか」タマキが周囲を見回した。

「可能性がある。もしかしたらだが、ソルシアの【闇】の源、それはこの先にあるかもしれない」

対岸に拠点を確保した。レナの深紅の牙が周囲の警戒に散開した。ダリオの船が折り返し、二便目の乗客を迎えに戻っていった。

トワはソラの言っていた「もっと大きな構造物」を探した。灰色の糸の空間の奥に、何かの輪郭が見えた。集糸塔よりも遥かに大きい。形は、まだ分からない。

見聞録の索敵範囲をセレスの月光で拡張した。一キロ先まで届く。構造物の輪郭がデータとして入ってきた。

円形の施設だった。直径五百メートル。中央に巨大な穴が開いている。穴の中から、灰色の光が漏れていた。

見聞録のデータベースに、自動的にラベルが振られた。

【新規ランドマーク登録:「灰の環」】

踏破率が0.24%になった。灰色の空間の奥に、次の目的地が待っている。