作品タイトル不明
断たれた道
突入から六時間。
集糸塔は、一つだけではなかった。最初の塔を通過した後、二つ目が三十分後に見つかった。三つ目は十五分後。四つ目は五分後。間隔がどんどん短くなっている。
六時間の進軍で、十四本の集糸塔を通過した。全てが同じ方向に糸を転送している。奥に行くほど塔は大きくなり、最後に通過した塔は高さ五十メートルを超えていた。
ソラが上空から報告を送ってきた。
「トワ。上空から見ると、集糸塔が弧を描いて並んでいるわ。道に沿ってではなく、何かを囲むように配置されている。弧の先は、前方二キロ地点で途切れてる」
「途切れている?」
「糸の床がない。直径一キロほどの円形の空白地帯がある。糸が完全になくなっている領域よ。集糸塔の弧は、その空白地帯の縁に沿って建っている」
「空白地帯の向こう側には何が見える」
「糸の色が変わってる。白ではなく、灰色と黒が混じってる。それと、もっと大きな構造物が見えるわ。集糸塔とは形が違う。詳しくはそちらで見聞録を使ってほしい」
「ありがとう。先に進む」
◇
前方二キロ地点。隊列が止まった。
空白地帯だった。
糸の床が、切れ目なく消えている。円形に、直径一キロメートル。下を覗くと、何もなかった。BCOの世界の裏側すら見えない。ただ暗い。底がない暗闇だ。
「糸が完全に消失している」トワが見聞録でスキャンした。「食われたのではなく、引き抜かれている。周囲の断面を見ると、切断された痕がある」
「聖都の裂け目と同じか」ゼクスが断面を覗いた。「あの時も、糸が切断されていた」
「引くだけでなく、断つ力も働いている」
タマキが空白地帯の縁に膝をついた。断面の糸に試験管を当てる。
「断面の成分、分析します」
素材鑑眼を起動した。
「トワさん。切断面に、焼けた痕があります。高温で焼き切られたような成分変質です。糸喰いの捕食痕とは全く違います」
「道具を使って切断した、ということか」
「そう考えるのが自然です。刃物か、熱を持つ何かで」
三千人の隊列の前に、直径一キロの穴が開いている。迂回するにも、空白地帯の左右は集糸塔の弧で塞がれていた。集糸塔の間を抜けることは可能だが、塔の周囲は糸喰いの密度が高い。
「ダリオ」トワがチャットを開いた。
「おう」
「空中船で空白地帯を渡れるか」
「見てきた。一キロだろ。風がないから操船は楽だ。往復すれば全員運べる。ただし一隻五十人で、二隻あるから一度に百人。三千人を運ぶには三十往復。片道五分として、三時間はかかる」
「三時間か。その間、後方の隊列は待機になる」
ヴァルハラが割り込んだ。
「待機中に糸喰いの襲撃を受ける可能性がある。ファランクスで後方を固めるが、三時間の防衛戦は消耗が大きい。タマキの浄化薬の在庫は」
「残り六割です」タマキが答えた。「三時間の防衛戦になると、四割を使い切る可能性があります」
「輸送を早める方法はないか」レクトが聞いた。
ソラが降りてきた。
「飛行可能なメンバー九人で、追加の空輸ができるわ。一人あたり二人を抱えて飛べる。九人で十八人。船と合わせて一度に百十八人。往復回数を減らせるわ」
「それでも二時間半はかかる」
トワは空白地帯を見た。底のない暗闇。飛行スキルか船がなければ渡れない。
ルーナが影の中から声を出した。
「……トワ。空白地帯の下、暗闇の中に何かがいる」
「何が」
「大きい。糸喰いとは違う。一体だけ、ゆっくり動いてる」
見聞録の索敵を空白地帯の下方に向けた。反応があった。空白地帯の中央、深さ二百メートルの位置に、巨大な反応。
セレスが角を光らせた。月光が暗闇の中に伸びた。光が届いた先に、影が見えた。
糸を巻いていた。
巨大な円筒形の体。全長五十メートル。体の表面に無数の腕があり、腕の先に紡錘がある。紡錘が回転しながら、周囲の空間から糸を引き出して巻き取っている。糸を食べるのではなく、巻き取って蓄えている。
こいつが、この空白地帯を作った。周囲の糸を全て巻き取って、床を消したのだ。
【────── 見聞録:初回スキャン ──────】
対象名:糸巻き
種別:外殻生息体(大型)
レベル:Lv88
HP:120,000
属性:不明
特性:糸構造の巻き取り・蓄積
※個体は空白地帯の下方に滞留しています。
通過時に刺激すると戦闘が発生する
可能性があります。
【──────────────────────────】
「Lv88、HP十二万……糸喰いの十倍だ」
「戦うのか」ゼクスが聞いた。
「避けられるなら避けたい。空中船とソラの航空班で静かに渡れば、刺激しないで通過できるかもしれない。だが、三時間の輸送中にあれが浮上してきたら、空中で戦闘になる」
「空中戦は不利だな。足場がない」ヴァルハラが顎に手を当てた。「地上戦に持ち込むなら、先に誰かが対岸に渡って、向こうの床の上で迎え撃つ形にしたい」
「最初の便で精鋭を送る。俺とゼクス、タマキ、レナの深紅の牙。対岸に拠点を作ってから、残りの輸送を始める」
「了解した。こちらは後方の防衛を引き受ける」
ダリオが船を空白地帯の縁に寄せた。一隻目の甲板にトワたちが乗り込んだ。
「静かに行くぞ。下のやつを起こすなよ」ダリオが舵を握った。
船が糸の床を離れ、暗闇の上空を滑り始めた。
下方二百メートルに、糸巻きがいる。巨大な体がゆっくりと回転している。紡錘が回り、糸を巻き取る音が、かすかに聞こえてきた。規則的な、機械のようなリズム。
セレスがトワの肩で角を消した。月光を出さないようにしている。
五分間、誰も喋らなかった。
船が対岸の糸の床に着いた。足が床を踏んだ瞬間、星巡りの靴が銀色の足跡を刻んだ。
ソラの報告通り、対岸の糸の色が違っていた。白ではなく、灰色がかっている。暗い。空気の温度も、わずかに下がった気がした。
「ここから先の領域は、糸の状態が劣化している」トワが見聞録で周囲をスキャンした。「糸の中のデータ量も減っている。引き抜かれた後の……無の領域だ」
「【闇】が近い、という意味ですか」タマキが周囲を見回した。
「可能性がある。もしかしたらだが、ソルシアの【闇】の源、それはこの先にあるかもしれない」
対岸に拠点を確保した。レナの深紅の牙が周囲の警戒に散開した。ダリオの船が折り返し、二便目の乗客を迎えに戻っていった。
トワはソラの言っていた「もっと大きな構造物」を探した。灰色の糸の空間の奥に、何かの輪郭が見えた。集糸塔よりも遥かに大きい。形は、まだ分からない。
見聞録の索敵範囲をセレスの月光で拡張した。一キロ先まで届く。構造物の輪郭がデータとして入ってきた。
円形の施設だった。直径五百メートル。中央に巨大な穴が開いている。穴の中から、灰色の光が漏れていた。
見聞録のデータベースに、自動的にラベルが振られた。
【新規ランドマーク登録:「灰の環」】
踏破率が0.24%になった。灰色の空間の奥に、次の目的地が待っている。