軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界の向こう側

日曜日。20:00。メンテナンス明け。

ログインした瞬間、システムメッセージが表示された。

【──────────────────────────】

【大型アップデート『灯火の章』第二弾パッチ適用完了】

【世界中央空域の「糸のほつれ」が突入可能になりました】

【中央空域への移動手段として、

各主要拠点に「昇糸の台座」を設置しました。

台座に触れると、中央空域に直接転送されます。】

【──────────────────────────】

リベルタの中央広場に、台座が出現していた。白い石の円形の台で、中央から銀色の糸が上空に向かって伸びている。触れると転送される仕組みだ。

パーティチャットを開いた。

トワ:「ログインした。台座を確認。全員、準備はいいか」

タマキ:「薬の最終配布、完了してます」

ゼクス:「聖都組、全員集合済み」

ヴァルハラ:「ファランクス六十名、臨戦態勢。前衛に入る」

ソラ:「航空班九名、上空で待機中。既に中央空域にいるわ」

レクト:「白霧の進軍、八十名。いつでも行ける」

蓮:「黄金の燐光、三十名。全員台座の前にいる」

レナ:「深紅の牙、五名。少数精鋭で行くわよ」

ヴェノム:「旅人の集い、二十五名。見聞録持ちが六人いる。索敵網に組み込んでくれ」

ハル:「情報班、準備完了です!」

ミコト:「配信開始してます。現在の視聴者数──四百二十万」

四百二十万。世界の果てのレイドの時が五百万だった。今回はまだ増える。

「セレス。行くぞ」

「うん。いく」

セレスが角を光らせた。月光が台座に触れた。

転送。視界が白く染まり、次の瞬間、風が変わった。

高度千五百メートル。世界中央空域。

足元に透明な足場があった。糸で編まれた床だ。世界の糸が、プレイヤーの足を支えている。

広かった。半径二百メートルほどの円形の足場が、空中に浮かんでいる。そしてその中央に、裂け目があった。

巨大だった。

ソラのスクリーンショットで見た時は五十メートルと聞いていたが、実物は想像を超えていた。空間が縦に大きく裂けて、太い糸の束が裂け目の向こう側に引き出されている。糸は白く光っていて、一本一本が微かに脈動している。

裂け目の縁が、ゆっくりと開閉を繰り返していた。呼吸をしているように見えた。

「トワさん。裂け目の周囲に防壁はありません。近づけます」

タマキが隣にいた。ポーチを肩にかけて、腰のベルトに薬瓶が並んでいる。

「ああ、弾かれなくなっている」

続々とプレイヤーが転送されてきた。台座からの転送光が、十秒ごとに五十人ずつ到着する。足場の上が人で埋まっていく。

ゼクスが黒衣を翻して着地した。

「規模は?」

「現時点で千五百。まだ増えてる」

ヴァルハラがファランクスの隊列を率いて到着した。六十人の銀灰色の鎧が整然と並ぶ。

「前衛配置、完了。裂け目の手前に盾壁を展開する。トワ、突入の号令はお前が出せ」

「分かった」

レクトが白霧の進軍を連れてきた。大柄な剣士が八十人の背後に立つ。蓮が黄金の燐光を率いて後方に展開した。レナがカイン、リゼ、マルク、バルトを従えて、主力の横に付いた。

アストレアが聖銀の盾を配置した。回復職が後方に散開する。ヴェノムが旅人の集いのメンバーを索敵位置に散らした。ダリオの空中船が足場の外縁に停泊した。

ソラが上空から声をかけた。

「トワ。全員の配置が完了したわ。空からの確認、問題なし」

ハルがホログラム端末で人数を集計していた。

「師匠。現在の参加者数、三千二百人です。フォーラムの有志が千人以上来てます」

「ミコト。視聴者数は」

「五百十万です。世界の果ての記録を超えました」

ミコトの画面が、足場の全景を映している。三千人のプレイヤーが、高度千五百メートルの空中に浮かぶ糸の足場の上に立っている。その中央に、巨大な裂け目。下を見れば、BCOの全世界が広がっている。森と山と海と砂漠と都市。冬夜が一万時間かけて歩いてきた世界の全体が、足元に見えた。

『──皆さん。ここが、世界の中央空域です。三千人を超えるプレイヤーが、空に集結しています。そして目の前に──世界の裂け目。この向こうに、何があるのか。誰も知りません。未踏です。BCOの歴史で、誰も足を踏み入れたことのない場所です』

配信のコメントが流れた。

──「三千人が空に浮いてる画、やばすぎる」

──「世界の果ての時もすごかったけど、今回は別次元だろ」

──「裂け目でかすぎないか? あの中に入るのか?」

──「復活ポイントなしだぞ。マジで覚悟いるやつだ」

──「トワが行くなら行く。それだけだ」

──「行くぞおおおおおお!!」

トワは裂け目の前に立った。ファランクスの盾壁が左右に開いて、通路を作った。三千人の視線が、一人の旅人に集まった。

見聞録を起動した。裂け目の内部を走査する。

【────── 見聞録:高精度スキャン結果 ──────】

対象名:糸のほつれ(中央)

状態:突入可能

内部環境:データ取得不能(範囲外)

備考:

現在のマップ範囲外のエリアです。

見聞録のデータベースに該当する情報がありません。

突入後、新規データの取得が開始されます。

【──────────────────────────】

データ取得不能。見聞録が初めて「分からない」と答えた場所が、目の前にある。

「セレス、何か見えるか?」

「ここ、なにもわかんない。セレスのつきでも、なかがみえない」

「ルーナは?」

「……暗い。裂け目の向こうに、深い夜がある。でも、宵闇の回廊の時みたいな、敵意のある暗さじゃない。ただ、暗い」

「メブキ」

「くるくる。ね、とどかない。このさきに、つちがない」

「テン」

テンがブーツの上で一回、強く点滅した。

セレス、ルーナ、メブキ、テン。三人と一匹が、それぞれの感覚で裂け目の向こうを探ったが、誰も先を読めなかった。

タマキが隣に立った。

「トワさん、行きましょう」

「ああ……行こう!」

トワは全体チャットを開いた。三千二百人に届くチャンネル。

トワ:「これから、世界の外側に入る。何があるか分からない。見聞録でも読めない。帰り道が保証されているわけでもない。だが、俺たちの世界の糸が引かれている。取り返しに行く」

三千人の沈黙。そして、どこかの誰かが叫んだ。

「行こうぜ!」

一人の声が、波紋のように広がった。三千人の声が重なった。

トワは一歩を踏み出した。星巡りの靴が糸の足場を踏んだ。銀色の足跡が刻まれた。

二歩目。三歩目。裂け目の縁に立った。向こう側は見えない。ただ、糸だけが光りながら引き出されていく。

四歩目。

足が、裂け目の中に入った。

【──────────────────────────】

【未踏エリア「世界の外殻」に突入しました】

【※このエリアにはリスポーンポイントが存在しません】

【※全滅した場合の帰還手段は保証されません】

【踏破率:0.00%】

【──────────────────────────】

踏破率がゼロに戻った。一万時間歩いてきた旅人の踏破率が、ゼロからやり直しになった。

新しい世界が、目の前に広がっていた。

空がなかった。代わりに、無数の糸が縦横に張り巡らされていた。白い糸、銀の糸、淡い虹色の糸。全てが微かに脈動している。世界を構成する糸の裏側。織物の裏地を見ているようだった。

地面は半透明だった。糸が編み込まれた床が、どこまでも続いている。下を覗くと、遥か遠くに、BCOの世界が裏側から見えた。森の裏。山の裏。海の裏。世界の外皮。

空気は冷たかった。だが、毒や瘴気ではない。ただ、温度がない空気。生き物の気配がない空間。

セレスが角を光らせた。月光が糸の空間に広がった。糸が月光を反射して、周囲が淡く輝いた。

「きれい。でも、さみしい。だれも、いない」

タマキが続いて入ってきた。ゼクスが続いた。ヴァルハラのファランクスが盾を構えて入ってきた。蓮が、レクトが、レナが、アストレアが、ソラが。

三千二百人が、一人ずつ、世界の向こう側に足を踏み入れた。

星巡りの靴の銀色の足跡が、誰も歩いたことのない糸の床に刻まれていく。

踏破率0.00%。

ここから、また歩き始める。