作品タイトル不明
秋の日曜日
日曜日。十月の最終週。
朝、スマホが鳴った。蓮からのLINE。
蓮:「出版社から連絡来た」
冬夜:「新しい短編のやつか?」
蓮:「まだ確定じゃないが、編集者が気に入ってくれたらしい。来月、面談がある」
冬夜:「おめでとう」
蓮:「まだ早いが、ありがとう」
冬夜:「長編の方は?」
蓮:「『歩く者たち』は今、第三部を書いてる。第一部をお前に読んでもらってから、だいぶ形が変わった。主人公が目的地のない旅人になった」
冬夜:「俺の影響か」
蓮:「お前の影響だ」
蓮:「で、今夜のアプデは参加するぞ。〈黄金の燐光〉は全員出す」
冬夜:「頼む」
蓮:「頼むじゃないだろ。お前の旅に付き合ってるんだから、もう少し感慨深い言葉が欲しい」
冬夜:「助かる」
蓮:「変わんねえな……まあいい、そういうとこが好きだよ。幼馴染みとしてな」
スマホを置いた。
蓮の短編、アンソロジーの時と違って今回は単独の作品だ。
冬夜は嬉しかった。口には出さないが、蓮の本が好きだった。
◇
午後。宮瀬と待ち合わせた。大学の最寄り駅から一駅の、小さな公園。
銀杏並木が色づき始めていた。日曜日の午後で、犬の散歩をしている人や、ベンチで本を読んでいる老人がいた。
「久坂くん、ここのベンチ空いてるよ」
「ああ、座らせてもらう」
並んで座った。宮瀬が水筒からハーブティーを二つのカップに注いだ。レモングラスの匂いがした。
「今朝、蓮くんから連絡あった?」宮瀬が聞いた。
「短編がいい感じだそうだ。来月、話が進むと」
「すごい。蓮くん、ちゃんと進んでるね」
「蓮は書き続けている。結果がついてきている」
「久坂くんも大学の研究、ちゃんと進んでる?」
「卒論の中間報告は昨日出した。今日は自由な日曜日だ」
「よかった。今夜のイベントの前に、少し息抜きできるね」
風が吹いた。銀杏の葉が一枚、宮瀬の膝に落ちた。宮瀬がそれを拾い上げて、光に透かした。
「きれいな色。ゲームの中の紅葉とは、やっぱり違うね」
「違うな。現実の方が色が不揃いだ」
「不揃いなのがいいんだよ。同じ木なのに、黄色い葉と緑の葉が混じってて。ゲームの紅葉は全部同じ色だもん」
「グラデーションは設定されてるが、確かに一枚ごとの差はないな」
宮瀬がカップを両手で包んだ。十月の風は少し冷たかった。
「久坂くん。今夜のこと、考えてた?」
「ああ……」
「怖い?」
「怖くはない。だが、何が来るか分からないのは、いつもの旅と同じだ」
「わたしも、いつもと同じ気持ちで行くね。薬を作って、みんなを支えて、トワさんの隣にいる」
「宮瀬の薬がなければ、今回のレイドは成立しない。三千人分の薬を一人で用意した。それがどれだけ大変だったか、分かってる」
「一人じゃないよ。〈黄金の燐光〉の採取班が素材を集めてくれたし、ハルちゃんが瓶詰めを手伝ってくれたし」
「それでも、調合は宮瀬しかできない。全員が宮瀬の薬を信頼している」
言ってから、冬夜は少し黙った。
「……今のは、別にゲームの話だけじゃなく」
「うん?」
「宮瀬は大学でも、薬のことを勉強してる。実習も論文も、全部。ゲームの中だけじゃなくて、現実でも、宮瀬は薬で誰かを助ける人になるんだろう」
宮瀬が冬夜を見た。冬夜は正面を見ている。銀杏並木の先の空を。
「久坂くん。それ、褒めてくれてる?」
「事実を言っただけだ」
「事実を言う時の久坂くんが、一番優しいんだよ」
冬夜はカップに口をつけた。ハーブティーが温かかった。
宮瀬は追いかけなかった。いつも通り、冬夜が漏らした本音を受け取って、そのまま隣にいるだけだ。
◇
夕方。駅まで歩いた。空がオレンジ色に染まっていた。
「久坂くん。ゲームが終わったら、どうする?」
「ゲームは終わらないだろう。今回のアプデが終わっても、次がある」
「そうじゃなくて。いつか、全部歩き終わったら」
「歩き終わる日は来ないと思う。グランが言ってたのと同じだ。歩け、答えは歩いた先にある。つまり、歩き終わりはない」
「久坂くんらしい答えだね」
「宮瀬はどう思う」
「わたしは、歩き終わる日が来てもいいと思ってる。歩き終わった先に、新しい何かがあるかもしれないし。でも、久坂くんが歩き続けるなら、わたしもずっと隣で薬を作ってるよ」
「ゲームの中でも、外でも、か」
「両方」
改札の前に着いた。
「じゃあ、また後で。ゲームの中で」
「ああ、20時に」
「久坂くん」
「なんだ?」
「今日、ありがとう。散歩、嬉しかった」
「……俺もだ」
宮瀬が改札を通って、振り返って手を振った。冬夜は小さく手を上げた。前と同じだ。いつも同じ駅で別れる。いつも同じように手を上げる。
だが、毎回少しだけ、手を上げる時間が長くなっている気がした。
◇
家に帰った。18時半。
VRヘルメットを机の上に置いた。あと一時間半。
窓を開けた。秋の夕風が入ってきた。空にはまだオレンジ色が残っている。やがて紺色に変わり、星が見え始めるだろう。
ゲームの中のセレスに、この空を見せたいと思った。セレスが「そとのほしを、みせにくる」と宵に約束した時の声を思い出した。現実の空を、ゲームの精霊に見せる方法なんてないのだけれど。
スマホを置いた。ヘルメットを手に取った。
20時まで、あと少し。