軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外殻

世界の外殻。三千二百人が裂け目を通って突入してから、十分が経った。

ヴァルハラの号令で、ファランクスが盾壁を展開した。裂け目の周囲を半円形に囲み、安全地帯を確保する。その内側に主力部隊が展開し、後方に索敵・情報班が配置された。三層構造が、そのまま再現された。

トワは見聞録を全方位起動した。セレスの月光の目を同期させ、索敵範囲を最大に広げる。

データが流れ込んできた。だが、全てが「不明」だった。

【────── 見聞録:エリアスキャン ──────】

エリア名:世界の外殻

地形種別:糸構造体

環境温度:不明

モンスター分布:データなし

素材分布:データなし

踏破率:0.01%

※新規エリアです。

歩行による情報取得を開始してください。

【──────────────────────────】

「全部白紙か」ゼクスがトワの隣で呟いた。

「見聞録のデータベースが空だ。歩いて情報を取るしかない」

「つまり、いつもの旅だ」

「そうだな」

周囲を改めて観察した。糸の空間は広大だった。上方には無数の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、その一本一本が白く脈動している。太い糸、細い糸、束になった糸。世界を構成する繊維が、裏側から全て見えている。

足元の半透明の床は、よく見ると糸を格子状に編んだ構造だった。タマキが膝をついて床を観察していた。

「トワさん。この床の糸、一本ずつに微弱なデータが流れています。素材鑑眼で見ると、糸の内部に情報が詰まっている。文字のようなものが光って流れていく」

「情報が流れている糸か。世界を動かしているデータそのものかもしれない」

「踏んでも大丈夫ですか」

「今のところ、足場は安定している。踏んだ場所の糸が切れた様子もない」

ソラが上空から声をかけた。

「トワ。前方に道がある。糸が太い束になって、一方向に伸びている。引かれている糸の流れに沿っているわ」

「引かれた糸を辿れば、引いている者に近づける。その方向に進む」

トワはパーティチャットを全体に切り替えた。

トワ:「前方の糸の束を辿って進軍する。ファランクスが先頭、主力が続く。索敵班は両翼と後方を監視。移動中に周囲の情報を取り続ける」

ヴァルハラ:「了解。ファランクス、楔形陣形で前進」

三千二百人の隊列が動き始めた。ファランクスの盾が先頭に立ち、その後ろに主力部隊が続く。糸の床を踏む足音が、無数に重なった。

星巡りの靴が、銀色の足跡を刻んでいく。外殻の床に刻まれた最初の足跡だ。

十五分ほど歩いた。見聞録の踏破率が0.01%から0.03%に上がった。新しいデータが少しずつ蓄積されていく。

ルーナが影の中から声を出した。

「……トワ。前方、三百メートル。何かが動いてる」

「形は?」

「分からない。でも、糸の中を移動している。糸の中を、泳ぐように」

見聞録の索敵に反応があった。前方三百メートル、床の下。糸の構造体の内部を移動する物体。複数。

「ヴァルハラ。前方三百メートルに反応がある。床の下だ。数は、六つ」

「盾壁を前面に集中させる。後方の警戒はレクト、頼む」

「任せろ」レクトが白霧の進軍に指示を出した。

反応が近づいてきた。二百メートル。百メートル。五十メートル。

足元の糸が揺れた。

床の下から、それが出てきた。

糸の塊だった。人の胴体ほどの大きさの球体。白い糸が絡み合って球形を作り、表面に無数の小さな口がある。口の中が黒い。糸を吸い込みながら移動している。

六体が、床の糸を突き破って浮上してきた。破れた場所の糸が、ほつれて消えていく。

【────── 見聞録:初回スキャン ──────】

対象名:糸喰い

種別:外殻生息体

レベル:Lv75

HP:12,000

属性:不明

特性:糸構造を捕食する

※新規データを登録しました。

【──────────────────────────】

「Lv75。属性不明。糸を食って移動する生物だ。攻撃パターンはまだ分からない」

ヴァルハラの声が飛んだ。

「ファランクス、盾壁維持。初手は守りから入る。攻撃パターンを見極めろ」

六体の糸喰いが盾壁に向かってきた。先頭の一体が口を開いた。黒い口の中から、細い糸が射出された。ファランクスの盾に当たった。

盾の表面に糸が絡みついた。絡みつくと同時に、盾のHPバーが削られ始めた。

「装備のHPを吸ってるのか」ヴァルハラが歯を食いしばった。「プレイヤーのHPではなく、装備を食う。盾が壊れるぞ」

「ゼクス」トワが呼んだ。

「分かっている」

ゼクスが影潜りで消えた。盾壁の間をすり抜けて、糸喰いの背後に回る。影の中から黒い刃が閃いた。

最初の一撃。

【通常攻撃 ダメージ:842】

糸喰いの体表の糸が切れ、中から黒い液体が噴き出した。だが、すぐに周囲の糸を吸い込んで修復を始めた。

「自己修復する。糸を食って回復してる」ゼクスが報告した。

「なら、周囲の糸を吸えなくすればいい。――タマキ」

タマキが薬瓶を取り出した。

「浄化薬を糸に塗れば、一時的に糸の吸収を阻害できるかもしれません」

「やってみてくれ」

タマキが浄化薬を床の糸に振りかけた。薬が染みた糸が白から薄い青に変わった。糸喰いが青い糸に触れた瞬間、口を閉じて後退した。

「効いてる……浄化薬を塗った糸は食べられない」

「ヴァルハラ。浄化薬で糸喰いの修復を止められる。盾壁の前面にタマキの薬を撒いてくれ」

「了解。ファランクス、盾壁を三歩後退。薬の散布区域を確保しろ」

タマキが浄化薬を盾壁の前面に撒いた。青く変色した糸の領域が広がる。糸喰いが青い領域を避けて後退した。

「今だ。蓮、火力を集中してくれ」

「〈黄金の燐光〉、魔法攻撃集中。指揮は俺が取る」

魔法職三十人の一斉射撃が、修復を止められた糸喰いに叩き込まれた。

【〈黄金の燐光〉連携攻撃: 糸喰い×3 合計ダメージ:38,400】

三体が同時に消滅した。残り三体が散開して逃げようとした。

「レナ!」

「分かってるわよ」

深紅の牙が飛び出した。レナの剣が一体を両断した。カインの短剣が二体目を仕留めた。リゼの魔法が三体目を撃ち落とした。

六体の糸喰いが消滅した。戦闘時間は二分四十秒。

ドロップアイテムが足元に光った。

【「外殻の糸片」を入手しました】

【「糸喰いの核」を入手しました】

タマキが糸喰いの核を拾い上げて、薬師のスキル【素材鑑眼】にかけた。

「トワさん。この核の成分、糸蔵の微粒子と84%一致しています。糸喰いは、紡世の徒が作ったか、紡世の徒の活動によって生まれた生物だと思います」

「やはりな。外殻のモンスターは、紡世の徒と繋がっている」

見聞録に戦闘データが記録された。糸喰いの行動パターン、HP、攻撃方法、弱点。全てが新規データとして蓄積されていく。

三千二百人の隊列が再び動き始めた。前方に、引かれた糸の束が続いている。

踏破率が0.05%に上がった。まだ先は長い。