作品タイトル不明
自分で灯すもの
リベルタの裏路地。壁に手を触れると、旅人にしか見えない扉が現れた。
ノックはしない。いつもそうだ。扉を開けると、暖炉の火が揺れて、茶の匂いがした。
「おう、トワ。入れ」
ガンロ――もといグランが椅子に座っていた。茶を片手に、壁の地図を眺めている。
「グラン。相談がある」
「知ってるぞ。世界に裂け目が出て、糸がほどけている。外側から何かが引っ張ってる。わしの地図にも反応が出ている」
壁一面の全体地図。通常のマップには存在しない場所が描かれている地図。その外縁部に、赤い点が十三個。ソラが発見した中央の裂け目も含めて、全てが表示されていた。
「グランの地図には中央の裂け目も出ているのか」
「出ている。だが、この地図は見せるだけだ。入口を開くのは、わしの仕事ではない」
セレスが小さなカップに茶を注いでもらい、メブキにはいつもの葉っぱ一枚。
「グラン。聞きたいことがある」
「何だ」
「四つ目の光のことだ」
グランの手が止まった。茶碗を膝に降ろして、トワを見た。
「星の回廊の壁画に描かれていた。三つの光は世界を照らす。四つ目の光は世界を繋ぐ。四つ目の光を灯す者だけが、全ての扉を開く」
「ああ」
「今、世界の糸が外側から引かれている。突入条件が分からない。裂け目に近づいても弾かれる。もし四つ目の光が全ての扉を開くなら、世界の外側への扉にも関係しているかもしれない」
「で、わしに四つ目の光の正体を聞きに来たのか」
「ちょうど、そんなところだ」
グランがしばらく黙った。
「お前さんに、ひとつ聞き返していいか」
「何だ?」
「お前さんはかなりの時間を歩いた。この世界の隅々を踏み、わしに名前を付け、精霊を連れ、仲間と戦い、見聞録にすべてを記録してきた。その道のりの中で、お前さんが誰かからもらった力は何だ」
「セレスの月光。カレンの太陽の祝福。リーリアの星の祝福」
「そうだ。三つとも、他者から受け取った光だ。月も太陽も星も、お前さんに与えられたものだ。では聞くが、お前さんが自分で灯した光はあるか」
トワは考えた。
「……自分で灯した光?」
「三つの光は、全て誰かがお前さんにくれた。では、四つ目は誰がくれるんだ」
「それを聞きに来た」
「答えは教えられん。教えた時点で、それはわしからの贈り物になる。四つ目の光は、受け取るものではない」
「受け取るものではない」
「そうだ。三つの光は受け取った。だが、四つ目は違う。自分で灯すものだ。お前さんはもうそれを持っている。ただ、光だと気づいていないだけだ」
セレスが茶碗の縁からグランを見た。
「グランさん。セレスにも、わかんない」
「わからんでいい。わかるべき時に、わかる。お前さんたちは歩いてきた。七千時間、歩いてきた。その足跡が消えていないなら、答えはとっくにそこにある」
「あしあと」セレスが自分の角を触った。「セレスのつきのひかりも、あしあと?」
「それは三つの光の一つだ。そうではなくて──お前さんたちの足跡そのものが、何かを残しているだろう」
トワは黙った。
一万時間の足跡。星巡りの靴が刻んできた銀色の光の足跡。見聞録に記録した全ての情報。踏破率。NPC友好度。プレイヤーとの交流。
それが、光なのか。
「グラン。俺はまだ分かっていない」
「分かっていなくていい。分かろうとして立ち止まるより、歩き続けろ。お前さんはそうやって答えを見つけてきた。今回も同じだ」
「歩け、か」
「歩け。お前さんがこの部屋に来る度に、わしは同じことしか言っておらんだろう。歩け。答えは歩いた先にある」
グランが茶を啜った。暖炉の火が揺れた。
「もう一つだけ教えておく。紡世者の刻文を見たな。『糸を返せ』」
「ああ……紡ぎ直しの大地の裂け目の近くにあった」
「あの刻文は、紡世の徒に向けたものではない」
「違うのか?」
「あれは、お前さんたちに向けた言葉だ」
トワの目が細くなった。
「人に向けて、紡世者が『糸を返せ』と言っている」
「紡世の徒が外側から引いている糸は、もともと人間の中にあったものだ。お前さんたちが歩き、戦い、探索した記録。それが糸になって世界を支えている。紡世の徒はそれを引き抜こうとしている。紡世者は、人に言っているんだ。お前たちの糸を、取り返せ、と」
「プレイヤー……いや、人の記録が、世界の糸……」
「これ以上はわしにも分からん。世界の内側にいる者にはわしも含めて、外側のことは見えん。だが、お前さんなら見える。旅人の見聞録は、もともとそういう道具だ」
グランが立ち上がった。壁の地図に手を当てた。十三の赤い点が、微かに脈動している。
「行ってこい。いつも通り、歩いて、見て、記録して、帰ってこい。お前さんがやるべきことは、最初の一歩から何も変わっていない」
「ああ、行ってくる」
「茶はいつでも入れてやる。精霊の分も、葉っぱの分もな」
セレスが角を揺らした。
「グランさん。セレス、かえってくる。おちゃ、のみにくる」
「待ってるぞ」
メブキが双葉を振った。
「はっぱ、おいしかった。また、たべる」
「ああ、また用意しておく」
扉を開けて裏路地に出た。扉が壁に溶け込んで消えた。
自分で灯すもの。受け取るものではないもの。もう持っているのに、光だと気づいていないもの。
リベルタの石畳を歩いた。星巡りの靴が、銀色の足跡を刻んでいく。
一万時間分の足跡。それが何なのか、まだ分からない。
だが、グランの言う通り、立ち止まっても答えは出ない。歩いた先にしか、答えはない。