作品タイトル不明
闇の根
アップデートから五日目。朝のログインと同時に、タマキからチャットが来た。
タマキ:「トワさん、ソルシアの浄化薬の効果が弱まっています。南部の侵蝕が再拡大しているという報告が、現地のNPCから入りました」
トワ:「再拡大か。封印の楔は全て抜いたはずだが……」
タマキ:「はい。楔を抜いた時点で侵蝕は止まっていました。それが、今週に入って急に戻り始めたそうです」
トワ:「時期が合うな」
タマキ:「灯火の章のアプデと同じ週、ですね」
糸のほつれが出現してから五日。同じ時期にソルシアの闇が再発している。偶然とは思えなかった。
ゼクスに連絡を入れた。
トワ:「ソルシアの闇が再拡大している。深淵の入口の裂け目と関係がある可能性がある。調査に行く」
ゼクス:「行く。合流地点はリベルタの裏路地でいいか」
トワ:「ああ、三十分後に」
◇
リベルタの裏路地。始まりの町の地下に、深淵への入口がある。
トワ、タマキ、ゼクスの三人で裏路地の石階段を降りた。地下通路を進み、深淵の封印が施されている区画に入る。
封印自体は健在だった。三つの力で開く裂け目は閉じたままだ。だが、封印の周囲の空気が、以前と違っていた。
「ルーナ。何か感じるか」
ルーナが影の中から顔を出した。
「……濃い。夜の力が濃くなってる。前に来た時とは比べものにならない。封印の内側から、何かが押し上げてきてるみたい」
「封印は破られていないのに、内側から圧力がかかっている」ゼクスが壁に手を触れた。「石が振動してる。微かだが、一定のリズムがある」
トワは見聞録を起動した。封印の表面を走査する。
【────── 見聞録:高精度スキャン結果 ──────】
対象名:深淵の封印
状態:封印維持中(破損なし)
異常検知:封印内部の圧力が通常値の3.2倍
追加情報:
圧力の上昇源は、深淵の最深部からの
エネルギー流入と推定されます。
流入元は現在のマップ範囲外に存在します。
【──────────────────────────】
「またこの表示だ。マップ範囲外」
「糸のほつれと同じ結論か」ゼクスが目を細めた。
「深淵の圧力も、世界の外側から来ているんだろう」
タマキが封印の縁に試験管を近づけた。封印と壁の隙間から漏れ出す微かな気体を採取する。素材鑑眼を起動した。
【スキル発動:素材鑑眼】
【対象:深淵封印周辺の漏出気体】
【成分照合中──】
【結果】
【主成分:瘴気粒子(ソルシア侵蝕地帯の瘴気と89%一致)】
【副成分:糸のほつれの微粒子と62%一致】
【未知成分:検出あり(照合不能)】
「トワさん。瘴気粒子と糸のほつれの微粒子、両方が含まれています」
「両方か」
「はい。瘴気の方はソルシアの侵蝕地帯で記録したものとほぼ同一です。そして、糸のほつれの微粒子との部分一致が六割以上。つまり、ソルシアの闇と糸のほつれは、成分レベルで繋がっています」
ゼクスが腕を組んだ。
「ソルシアの闇を引き起こしていたのは、ルミナリアの封印だと思っていた。楔を抜いて侵蝕は止まった。それが再発しているということは、封印とは別の根がある」
「封印は蓋だった。蓋の下にある闇の本体は、世界の外側から供給されていた。楔を抜いて蓋を外しても、供給元が動いている限り、闇はまた溜まる」
「なるほど。ルミナリアが封じ込めていたのは、外側からの闇の流入を遮断する意味もあったのか。結果的にソルシアを犠牲にした形で」
トワは頷いた。
◇
地下から出て、リベルタの広場に戻った。上空の糸のほつれが、五日前より少しだけ大きくなっている。
「セレス。上空の裂け目に月光を当ててくれ。前と同じように」
「うん。やる」
セレスの角から月光が伸びた。裂け目の縁に触れる。五日前は、月光で糸のほつれが一瞬だけ止まった。
今回は、止まらなかった。
「とまんない。まえは、すこし、とまったのに」
「引く力が強くなっている」
「うん。ひっぱるちから、まいにち、つよくなってる。セレスのつき、もう、とどかない」
ルーナが影から声を出した。
「……トワ。深淵の封印と、ソルシアの闇と、糸のほつれ。全部が同じ方向を向いてる。世界の外側から、何かが世界の中身を引き出そうとしてる」
「糸を引き、闇を送り込み、封印の内側に圧力をかけている。全て外側からの干渉だ」
メブキが頭の上で双葉をぴたりと止めた。
「くるくる。ね、さっきから、ゆれてる。おおきいゆれ。とおいとこから」
「ウルからの根連絡か」
「ううん。ウルじゃない。つちが、ゆれてる。せかいのつちが。ウルもきっと、きづいてる」
テンがブーツの上で四回明滅した。四回は、初めてだった。
トワはパーティチャットを全員に送った。
トワ:「調査結果を報告する。ソルシアの闇の再拡大と深淵の圧力上昇は、世界の外側からの干渉が原因だと分かった。糸のほつれと同じ方向。世界の外側に行かない限り、根本的な解決はない」
ゼクス:「外側に行く必要がある、という結論か」
トワ:「裂け目を調べるだけでは足りない。突入して、源を断つ必要がある」
ソラ:「中央の裂け目が幹なら、そこから入れる可能性が高いわね。ただ、今はまだ弾かれるわ。突入条件が別にあるはず」
ヴァルハラ:「条件の手がかりは」
トワ:「紡ぎ直しの大地の紡世文字。『糸を返せ』。あれが紡世者からのメッセージなら、紡世者がこちらに何かを伝えようとしている可能性がある。紡ぎ直しの大地をもう一度調べる」
ゼクスが短く返した。
ゼクス:「明日、紡ぎ直しの大地に行こう」
セレスがトワの肩で角を光らせた。光は弱い。月光が裂け目に届かなくなった分、セレスの角も少しだけくすんで見えた。
「セレス」
「だいじょうぶ。セレスのつき、よわくなったんじゃない。あいてが、つよくなった」
「だから、こちらも動く」
「トワがあるくなら、セレスもいく」
世界の外側に、全ての根がある。
糸を引き、闇を送り込み、世界を揺らしている何者かが、そこにいる。
まだ名前も姿も知らない。だが、行かなければならない場所は、はっきりと見えた。